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6、正しいことをしようと思ったのです


「これ、違いますよね。金額。契約書に書いてある……金額の、三分の一も支払っていないようですけど」


 村の役場にて、イヴェッタはダーウェたちに同行した。二人が請け負った依頼は山道に生えている薬草の採集で、村は一定量を街に納めているのだという。税金の代わりというものだろう。山道には獣や、時期によっては魔物も出没する。冒険者を雇うことはそれほど珍しいことではないそうだ。


 姉弟は文字が読めず、契約書も役所の人間に読んでもらって説明を受ける。今回は依頼を達成したので、報酬を受け取るために署名をするだけでいいとのことでダーウェがほっとしていた。


 イヴェッタは冒険者のやりとりを初めて見ることができてとても興味津々といったところだったが、契約書をひょいっと、覗き見て顔を顰めた。


「うん?なんだい、あんた……こいつらの仲間か?」


 役所の窓口にいる中年男性はイヴェッタをじろり、と上から下まで品定めする様に眺めて、見下す視線でいい存在だと決めたようだった。


 イヴェッタは「その顔じゃ、まずい」とダーウェに言われて白い顔に泥を塗り、髪をわざとボサボサにした。自分の体に泥を付けるなど生まれて初めての経験のイヴェッタが「まぁ!」と喜んだので、ダーウェは「変なお嬢さまだ」と呆れたが、そのお陰で眺めた限りでは小汚い田舎の貧乏娘である。


「なんだよ、難癖付ける気か?言っとくがこれは、冒険者組合がちゃぁんと確認してる契約書で、内容に間違いはねぇんだよ」


 役人というからには丁寧な物腰であると思っていたが、冒険者を相手にしているので多少気の強い者があえて置かれているのかもしれない。役人は怒ったような表情を浮かべ、すごんで見せる。後ろにいる少年のゼルがひぃと悲鳴を上げた。


イヴェッタは泥の付いた顔のまま、柔らかく微笑んだ。 


「税である薬草を収集するための人件費ということで、冒険者と契約した場合は契約書を提出すると何割か補助金が頂けるようですね」

「だからなんだ?」


 それで、実際に支払った金額より水増しして記載してというのであれば冒険者組合が間に入っているため不正がばれるだろう。……ではなく、実際支払わなければならない金額を少なく渡しているという、小さな悪事だ。


 文字の読めない冒険者相手に限定して行っているのだろう。


 無学な相手だけ騙している。


 イヴェッタは契約書をつらつらと、上から下まで全て正しい発音で読んで見せた。


 そして金額のところで、今現在カウンターの上に支払われた金額との差異がいくらであるのかを計算して告げる。


 が、中年役人は怯まなかった。


「そっちの新顔、口から出まかせを言っちゃ困るぜ。おい。ここに書かれてる金額は、支払ってるこの金額に間違いねぇよな?」


 中年の役人は荒事から心配して近づいて来た青年、おそらく部下だろう相手に問いかける。青年は契約書を手に取って確認する様に沈黙すると「間違いありません」ときっぱり言った。


 イヴェッタが正しく文字が読めている、と証明する方法はない。この場にいる役人たちは、この不正をまさか全く知らないということはないだろう。となれば、イヴェッタたちの味方をしてくれる者はいない。


 中年役人と目が合った。


 黙ってろよ、と、そう言っている。


 もうこの時、役人のその顔にはイヴェッタを侮る色が浮かんでいない。読み書きと計算をした女。言葉遣いもどう聞いても田舎娘ではない。ならある程度、空気も読めるだろうと目で脅してきた。


 何も小金欲しさに無学な冒険者を騙しているわけではない。

 鄙びた村。小金も貯めれば村が飢えない蓄えになる。冒険者たちだって、騙されていたことに気付けば気分が悪くなるだろう。これまでのお互いの信頼を台無しにしていいのか。


 空気を読め。この茶番に付き合え、とイヴェッタは相手が自分に求めているのがわかり、黙った。


 ダーウェたちは元々支払われる金額を聞いていて、それは実際今目の前にある金額に間違いはない。それで納得して依頼を受けているし、ここへ来る道すがら、この村には何度か依頼を貰って自分達のようなそれほど強くない冒険者でも使ってくれていると話していた。


 ここで自分が「間違いでした」と言えばいい。ダーウェたちはイヴェッタを詰るだろう。彼らが親しくしている村に失礼な疑いをかけたと、イヴェッタを責めて、村人たちに謝罪する。村人たちは寛大に赦し、また依頼を頼むよ、と優しく姉弟たちに言ってくれるのだ。


 だがイヴェッタがここで自分の考えを貫けば、姉弟たちは信頼していた村に長く騙されていたことを知り、傷付き、そして二度とこの村からの依頼は貰えない。収入源が一つ無くなることがどれほど重大なことなのか、冒険者でないイヴェッタには想像することしかできないが、良くはないだろう。


 イヴェッタはどうするべきか、迷った。

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出ていけ、と言われたので出ていきます3
― 新着の感想 ―
[良い点] 誰もが認めたくなくて目を逸らすモノを的確に抉ってきますね。 ふふふ… 相変わらず作風が尖ってる… それでこそ枝豆様です。(歓喜) [気になる点] この、よくわからん序列があって「上の人間…
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