2、正直今すぐ出ていって欲しい
「それで、ギュスタヴィアよ。よくぞ再びこの地に足を踏み入れたな」
エルザードの王宮、謁見の間。立ち並ぶのは急遽招集された貴族たち。一時間もしない内に全員が集まった。最愛王一人に魔王と対峙させはしないという忠誠心溢れる者が多かったからだが、中には「病気です」「子どもが生まれたので」だなんだと登城を拒否しようとした者もいた。しかし、顔を見せねばそれを理由に不興を買うかもしれないと思い直してやってきた。
どちらにせよ、自分たちの命はもう短いと悟っている。
玉座に鎮座するルカ・レナージュはその王冠に相応しい堂々たる態度であった。家門の当主たちはその姿に勇気付けられる。
あの恐るべき忌み子ギュスタヴィアを上手く扱い、魔の者たちとの境界線を守るよう命じる事の出来た偉大なるレナージュ様。この事態にあっても動揺することなく、あの化け物を見下ろしていらっしゃる。
対する忌み子、戦闘狂いの王弟殿下、ギュスタヴィアは沈黙していた。三百年前であればこの場に集まった者の「視線が煩い」と首を落とした性質の方が、随分と大人しい。
「……妻を娶った、というが……お前は仮にも我が弟。王弟である。連れてきたあれは人間種であろう。あのような下等な生き物を王室に入れるわけにはゆかぬ」
おぉ、さすがはレナージュ様!
あのギュスタヴィアを「弟」だとそのように扱われる寛大さ!
そして化け物を前に引かぬお姿の何と頼もしいことよ!
それにしても人間種を妻に?
なんだってそのような愚かな真似を……。
囁きが漏れるエルフたちに構うことなく、王とその弟の謁見は続く。
「とうにこの身は王室より除外されているものと理解しております。しかし、敬愛する兄上に、我が妻を紹介せずにいるなど、このギュスタヴィア、どうしてもできませぬ」
さすがはレナージュ様!
あの恐ろしいギュスタヴィアを完全に服従させておられる!
戦闘狂も偉大なる最愛王の前では犬のように従順になるのだ!
跪きはしないものの、高圧的な様子がなくなったギュスタヴィアに、貴族たちは安堵する。きっと三百年封じられ改心したのだ。さすがのギュスタヴィアも懲りたのだと、そのように。安心したかったゆえに、彼らは安直な答えに縋りついた。
*
しかし、玉座のレナージュはこれっぽっちも、小人の爪の先程も、そんな淡い期待は抱けない!
(次の瞬間諸侯の首が飛ぶんじゃないか)
(謁見の間で全員血祭にされるんじゃないか)
(やめろなんで皆そんなに俺の事持ち上げるんだよ!)
(今もびびり散らして仕方ないわ!)
(もう嫌だー!帰りたい!!あっ、家ここだったー!!)
内心はウェーン、と情けなく泣き散らしている。
(第一、妻!?妻ってなんだ!?新しい武器の事か!?俺の知る言葉の通り伴侶のことじゃないだろ絶対!なんの比喩!?)
連れてきた女性がいるのは、確かに見た。
黒い髪に、瞳は閉じていてわからないが、人間種にしては美しい娘だ。しかし人間種。エルフからすれば一瞬で死に、しかもあの妬む神の為に生きているような愚か者共。
そんなものを伴侶にするような愚行は、さすがのギュスタヴィアも行わないだろう。
まだ一緒に引っ付いていたケテル伯シーフェニャがそうだ、と言われた方がわかる。
「あ~……陛下。その、ちょっと……いいですか?」
なんとか一人の死者も出さずに謁見は終了した。生還出来たことに抱き合い涙しながら喜び合う諸侯を残し、退出したレナージュの前にロッシェが現れる。
ケテル伯と、連れてきた人間種の世話を任せたはずだが、何かあったのか。
「……いや、その……ちょっと……なんといいますか……」
「どうした?」
「……マジかも知れないわー。王弟殿下の「妻」発言」
「は?」
「いや、うん、まぁ、それは別にいいんですけど、それよりヤバめな事が……」
「別にそれもよくないぞ。人間種なんぞ、」
「切り花です。あの娘」
誇り高きエルフが人間種を愛玩するならまだしも、と言おうとしたレナージュの言葉を、珍しくロッシェが遮った。
「は?」
そして、告げられた言葉に、レナージュは真顔になる。
「……切り花です。マジもんの。それも、三神が一柱、冥王の花」
「……は?」
「今は、なんか知りませんけど……“寛容”で抑えられてて、孵化する気配がないんですけど……憤怒の竜ですよアレ」
「………は?」
告げられていく言葉に頭の整理が追いつかない。
……は?
頭の中ですら、そんな単純な単語しか出て来ず、レナージュはぐらり、と眩暈を覚えた。
「わぁー!陛下!しっかり!」
また失神しそうになるレナージュをロッシェが支える。が、ロッシェ自身この事態に混乱はしているのだろう。普段へらへらとした顔だが、今は余裕がない。
「も、もう嫌だ……家に帰る……あっ、俺の家ここだ~!」
「おい陛下マジでしっかりしろ!?」
親友の腕に抱かれそのまま死ねたらどんなに楽かッ!
色んなものを放棄したかったレナージュだが、エルザードの国王は自分である。ぐっと、腹に力を入れ、なんとか踏みとどまった。
こほん、と咳ばらいをし、乱れた服を整える。
「ロッシェ!」
「は!」
「その切り花の元へ案内せよ!」
もしかしたら万に一つ勘違いかもしれない!!
そんな期待を抱き、レナージュは重苦しい外套を翻した。





