34、愛されたいのはあなただけ
広場で抱き合う女2人を見て、ギュスタヴィアの心は冷え切っていた。
イヴェッタと、その友人だがなんだか知らない女。浅黒い肌に、客観的に見て女性らしさの欠片もない人間種の雌。つまらない薬と呪いを受けて精神が混乱していたのは、ギュスタヴィアの目からもわかった。
(面白くない)
と、湧き上がる心。冷え切っている筈の心に、ふつふつと湧き上がる熱はこれまで感じたことのない種類のものだ。
街の人間の敵意や憎悪を目の当たりに受けて、僅かに零れ落ちそうだった花弁が鱗になることはなく、イヴェッタは街の人間たちの行いを憎みながら、その身を自身の欲で汚さなかった。
耐えた、というより、赤毛の女への思慕の念が強かった。彼女を助けたいという思いは竜の欲とは正反対のものだ。
(面白くない)
再びギュスタヴィアは心の内で吐き捨てる。目の前では、イヴェッタが泣きじゃくりながら、赤毛の女に何か話している。それを赤毛の女が、何もかもわかりきった目で受け止め頷いている様子、それもまたギュスタヴィアには気に入らなかった。
「お、王弟殿下……ッ、あの……あのっ、無言で周囲に……落とすのッ、お止めいただけないでしょうか!?」
じぃっと二人を見つめ続けているギュスタヴィアに、シフの控えめな、しかし切実な声がかかる。
落とす、というのは何のことはない。ギュスタヴィアの苛立ちは氷の刃となって周囲の魔物を切り裂いていた。それだけならいいのだが、基本的に無差別な攻撃だ。人間種は魔物を恐れ家屋に避難しつつあるが、それでもまだ逃げまどう者はいる。そういう不運な者たちが肉片になってしまっていることは、シフとて気にするわけではないのだけれど、普通に自分も避け損ねる可能性があった。
「私が、なんだ」
「うわぁっ、無自覚ぅっ!? 怖っ」
そんなんだから国王様に埋められるんですよ、とはさすがにシフは言わないが、本日何度目かの感想は止められない。顔を引き攣らせ、なんとか笑みを浮かべると、シフは「ほ、ほら、あれ」とイヴェッタたちの方を指差した。
「あっち、あの、人間種の女性の方に、大型の魔物が向かっていますよ!」
「だからなんだ」
「自分の危険な時に、颯爽と助けに入ってくれる男性って素敵だなって、女の子は憧れると思います!」
「……」
「ひぃっ、ごめんなさい申し訳ありません余計な事を申しましたッ!」
あれ?違うの?あの切り花の少女がちっとも自分に構ってくれないから拗ね散らかしているんじゃないのか。シフは睨まれ、委縮しながらもハテ?と首を傾げる。
だがギュスタヴィアの氷の刃はシフの身に降りかかることはなかった。今まさに、恐ろしい魔物の牙に食い散らかされるというか弱い少女と、彼女を庇う大柄な女の前に即座に移動し、ギュスタヴィアは剣を振っていた。
「怒ってる……ん、だろうな……やっぱり」
大量の返り血がギュスタヴィアの身を汚す。髪に顔に、衣類に血を浴びる様子はどう見ても恐ろしい。本来返り血の一滴だって浴びず敵を千でも二千でも葬ることのできる戦闘帝がそのお姿。ご自身の中でのたうち回る感情に体がついていかないのか。
「……妻の友人、ということは私にとっても友のようなもの。怪我はありませんか?」
それでも表情は微笑みを浮かべていらっしゃるあたり大したものだ。礼儀正しい男という仮面を、なぜだか切り花の少女の前で被っていたけれど、この状況でも続けるつもりらしい。
シフは慌てて三人の方へ駆けだして、浄化魔法を使いギュスタヴィアの体を清める。いくら笑顔を浮かべていようと、人当たりの良い台詞を吐こうと、血塗れだと好印象を抱くのは難しい。
「……なんだい、この、胡散臭い兄ちゃんは」
遅かった。
既に、赤毛の女性の中でギュスタヴィアの評価は決まっていた。
ぐっ、とシフは自分の不甲斐無さを思う。見たところ、イヴェッタにとってこの赤毛の女性は大切な存在なのだ。そういう人の印象が悪いと、王弟殿下のお立場が良くなることはない。
自分がどうにかこうにか、上手くアシストしないと、と使命感に燃えるシフを放置し、ギュスタヴィアはにこやかに挨拶をする。
「イヴェッタの夫です」
「嘘つけ」
「本当ですよね、イヴェッタ」
「え?あぁ、えぇ。そうなの、ダーウェ。わたくし、こちらの方……ギュスタヴィア様とおっしゃるのだけれど、結婚したのよ」
「イヴェッタ……あんた、騙されてるんだよ。こいつの顔、見るからに女を騙しそうなスケコマシじゃんか」
すけこましとはなんだろうか。ギュスタヴィアもシフも互いに顔を見合わせた。人間種の方言か何かか。イヴェッタもわからないようで小首を傾げている。が、良くない単語であるのは三人とも理解できた。
「あの、ダーウェ。本当なのよ」
「あたしやゼルがいなかったからか……ごめんよ、イヴェッタ。やっぱり、あんたを1人にするんじゃなかった」
ぐいっと、ダーウェがイヴェッタを抱きしめようとしたが、その前にギュスタヴィアがイヴェッタの腰を引いて引き寄せた。
「……」
「……」
見つめ合う、というには聊か剣呑な視線が交わされる。
「さっきの、助けてくれたことには礼を言うけど。あんた、イヴェッタをずっと見てたんだろ。なんで、今までずっと放っておいた」
ダーウェは何も見た目だけで、突然現れた美貌のエルフを嫌ったわけではない。一撃で魔物を葬った男の実力を、正確にではなくともある程度把握は出来る。この男はこの場にいる誰よりも強いのだ。その男が、イヴェッタが自分を助けようと広場に上がり、街の連中に暴力を振るわれるのを、黙って見ていた。
先程は助けたかもしれないが、それより前に、こいつはイヴェッタを見捨てようとしたのではないか。そんな疑念が浮かぶゆえのことだった。
「……」
詰るように問われ、ギュスタヴィアは金の瞳を細める。問えば答えが返ってくると思っているのか。自分を過大評価している。
「だからなんです。それが、なんです?いつどこで、どう私が私の力を振るおうと勝手でしょう。あぁ、自分ができないことなのに、他人が“やらなかった”場合は詰る、それが人間種の礼儀ですか」
「あたしを馬鹿にして怒らせたいなら無駄だよ。あたしが怒ってるのは、あんたがイヴェッタを大切にする男じゃないからだ。あたしはあんたの前で、あたしのために怒ったりしない」
自分の弱点を指摘されて逆上する人間がいるのはダーウェも理解している。そういう人間の見苦しさをギュスタヴィアは哂いたいのだろうと、逆に指摘した。
シフとイヴェッタが間に入るべきか、と目くばせをし合った少し後に、街に影が落ちた。
「え、うっそ……!? 竜ッ!?黒竜!?」
大きな影。竜だ。街の上空に竜がいる。
ただでさえ、魔物に襲われた街に、竜。
シフは恐れおののいた。竜を殺すことがエルフの役目の一つとはいえ、黒竜。シフのような若いエルフでも知っている。傲慢から成った黒い竜は、遥か東の大陸の半分を焼き尽くし今でもその土地は草一つ生えない不毛の大地となっているらしい。
ここ二十年以上存在を観測されていなかった黒竜が、なんだって突然現れたのか。
「……あれが、竜」
イヴェッタも目を見開き、空を見上げる。
竜の咆哮は大地を震わせた。魔物が張り合うようにあちこちから声を上げる。
「怖いですか」
「ギュスタヴィア様?」
イヴェッタの腰を抱くギュスタヴィアが、身を屈めて顔を覗き込むようにして問いかけてきた。
「この街を襲う魔物や、あの竜。あなたの敵です。あれらを悉く葬れば、少しは私のことを気にかけてくださいますか」
「……?」
何を言っているのかと、イヴェッタは目を瞬かせる。
「……あなたは、私を愛すると言いました。だというのに、なんです。あの女を前に、なんです。あなたがあのような顔をするのは、私に対してであるべきでは?」
「……怒っていらっしゃるの?」
「不快です。あなたは言ったではありませんか。私を愛すると。あぁ、ですが……こうも言いましたね。私に愛させて見せる、と」
逆光でイヴェッタからギュスタヴィアの顔は見えなかった。声音は明るく、穏やかではある。が、腰を抱く片腕の力が僅かに、強い。
「ならばどうぞ喜んでください。私はあなたの行動で心がざわめきたって仕方がない。あなたの言葉の一つ一つが、なぜ全て私に向けられて吐かれないのか、不快です。あなたは私と同じ化け物であるというのに、周囲に嫌悪されるべき異端であるというのに、あんな平凡な女に心を砕くし、まるで普通の女のような顔をする。止めてください、不快です。あなたが普通の女のはずがないでしょう」
ギュスタヴィアの片手はイヴェッタの頬に添えられていた。爪が僅かに食い込む。そのまま首まで手がおりて絞められるのではないかとイヴェッタはぼんやり思ったが、その前に口を開く余裕はあった。
「少し、驚いています」
「……何をです?」
「わたくし、正直申しまして愛される自信はありましたけれど……恋して頂けるとは、思ってもいませんでした」
目をぱちり、と瞬かせてからイヴェッタは、自分の手でギュスタヴィアの手首を軽く掴み、頬から口元へ移動させると軽く唇を押しあてた。
「ダーウェは大切なお友達ですもの。どうか怒らないでくださいね、旦那様」
「……仕方ありませんね」
チョロいぞ!?
事の次第を見守っていたシフは驚愕した。
あっさり、きっぱり、退いた。
絶対この場でダーウェを八つ裂きにするか、イヴェッタを殺すかするだろうと思っていたギュスタヴィア王弟殿下が、きれいさっぱり、怒りを収めたのをシフは感じ取って慄く。
嘘だろ!?あんなに怒ってたじゃん!!嘘だろ!?
てっきりこの地を更地にして、次にエルフの国を焦土にしてあとは千年ふて寝でもしないと収まらないだろうとも思っていたので、シフは家族や使用人、友人をどう逃がそうか必死で考えていたのに……!
えぇええ!?とただひたすら驚き、突っ込みを入れたいが口に出す勇気はないシフは、とりあえず周囲の魔物を倒して、感情の発散をさせることにした。
よかったね、ギュっさん。





