32、できれば、友達になりたかった
さて、イヴェッタ御一行はそれなりに都合の良い状況にはなっているものの、そもそも冒険者組合で魔物寄せの魔法道具を使用した阿呆は誰か。
話は少し前に遡る。
愛しき妹の手によって、とどめを刺されたと思わしきバルトル。マーカス商会自慢の息子。自信満々威風堂々、街の若い娘の憧れの一人。将来を期待されその通りに生きて来た、街で「あんなに気持ちの良い青年はいないよ!」と誰もが人格者と認めるその男、は、まだ生きていた。
「……っう」
「バルトル……話せますか?」
「……お前、サフィール?」
「……ふぅ。効いて良かったですよ。治癒魔法は、初めてですからね」
己は死んだはずだ、殺されたはずだと、バルトルがぼんやり思い出す。体中に痛みはある。血のにおい、に、湿った土のにおい。薄暗い、神殿にある不心得者を放り込んでおくための部屋だった。この場所に、サフィールが囚われていることに不思議はない。家族を殺した罪人にするために、バルトルが神殿の人間に捕まえさせた。
バルトルが目を開くと、サフィールはほっとしたような顔をした。眼鏡をかけた、いつもの通り、神経質そうな顔。潔癖なところがあった男がこんな小汚い場所でよく発狂しないものだと、そんなことをぼんやり思った。
「……お前が魔法を?魔力が、あったのか?」
体の傷が、僅かだが癒えている。言葉を発することが出来る程度には、治っている。呼吸が出来て、血が止まっている。治癒魔法だ。バルトルは驚く。
魔力を持つのは貴族の血を引く者だけだ。サフィールのような貧乏人が、バルトルが恵んでやらねば満足な教育も受けられなかったような底辺の人間が、何万人かに一人いるという、平民の中で魔力を持つ稀有な“特別な存在”なわけがない!
唖然とするバルトルに、サフィールは苦笑した。
「貴方は本当に、私に興味がなかったのですね。私の母が、貴族の御手付きとなり私を産んだのは……別段、隠していることでもなかったんだがな」
「……貴族?お前が……?」
「血を引いているというだけですよ。父親の名も知りませんし、母は……まぁ、今は、そんなことはどうでもいい。それより、いったい何があったんです?」
サフィールは突然誰かに殴られ、気付いたらここにいたという。
自分の家族が惨たらしく殺された事を知らないだろうサフィールは「何か厄介事でしょうか」と訝るが、危機感はそれほどなかったらしい。理不尽な目に遭う事に慣れていた。ので、誰かの気が済むまで、あるいは誤解が解けるまで大人しくしていようと考えていたところに、瀕死のバルトルが投げ込まれ慌てたという。
「治癒魔法は、先日知り合った女性に教えて頂きましてね。神々の名をきちんと唱えることが重要だと、そんな簡単なことでいいのかと驚きましたが、効いたようだ。あの女性の言葉を借りるとすれば、貴方の死を神々は望んでいない、ということでしょう」
サフィールは自分は魔法の訓練を受けていないが、それでもバルトルの命を繋げる程度の魔法が使えたことを「この街の奇跡の延長線だ」と判じたらしい。
「……お前は俺を疎んでいたはずだ。サフィール。俺が死ねば、組合長の座を得られるとは思わなかったのか?」
小悪党のサフィール。心根が卑しく、身の程知らず。バルトルを羨んで勝手に敵視していたのは誰もが知っている。バルトルは自分がサフィール如きに助けられたことに屈辱を感じていた。善意善行のつもりなんぞないだろうと、醜い性根を暴いてやるぞと問いかけると、サフィールは肩を竦める。
「貴方が死ねば困ることの方が多いですよ。確かに私は貴方を蹴落としたいと考えていますが、今はまだ、私自身の才覚で貴方に勝てません。この街に貴方は必要だし、それに、私は貴方があんな惨たらしい死に方をするような男だとは、思いませんよ。あんな……」
損得勘定をしたのだ、というサフィールに、バルトルは「なんだ、やっぱり浅ましいな」と心で侮蔑し、自らの状況を思い返す。
(あぁ、そうだ。俺は、こんなところで死ぬような男じゃない)
「サフィール。お前の家族が危ない」
「……なんです?」
「俺の家族、メロディナもだ。お前は神殿勢力の“尋ねる者”たちを知っているか?俺やお前がそれぞれ、聖女だと立てた女たち。あの連中は“嘘”だと判断した。俺たちは、裁かれる」
「……待ってください、バルトル。なぜ“尋ねる者”程の、神殿の……者が、こんな田舎町に?」
「それほどの奇跡が降ったからだろう」
「……それにしては、早すぎる」
サフィールは瞳の奥で何か思案しているようだった。バルトルは自分のしたことをサフィールのような卑しい奴が気付くとは思わなかったが、思考を続けさせるのは悪手だとわかっていた。
「ここでのんびりしている場合じゃないぞ!ここから出なけりゃ……何が起きるか!サフィール、お前の魔法か何かで出られないか?」
「私はちゃんと訓練を受けているわけではないと言いましたよ。それに、そんなに都合の良い魔法など、ありません」
ッチ。役立たずが。
バルトルは聞こえないよう心の中で詰った。貴族の血も大したことはない。
「大声で誰か呼ぶか。……頼りたくはないが、クレメンスの名を出せば、神官たちも少しは耳を傾けるかもしれん」
「それはどうでしょうね」
「何?」
「領主たちが、我々を“尋ねる者”に引き渡した可能性があります」
街に起きたことを、“奇跡だ”と、神殿が認めればこの街は聖地となり神殿から聖職者の支援が受けられる。病院を作ることも、治療薬を優先的に得ることも出来るだろう。利益を得るために、自分やバルトルが立てた聖女が「まがいもの」だと知られ、奇跡に傷がつくことを恐れたのではないか。
サフィールはバルトルに対抗したくてその辺のことを失念していたが、領主やその息子を信じられないと言う。
馬鹿か。クレメンスにそんな度胸や知恵があるものか。お前をここに閉じ込めたのは俺だと、言ってやれば一瞬はスカッとするが、まだサフィールは利用する必要がある。
バルトルが痛みに顔を顰めると、サフィールが手を翳した。治癒魔法。痛みが和らぐ。どうせならしっかり治せればいいものを、中途半端で役に立たない。
「まさか、貴方を助けることになるとは」
「……」
サフィールが苦笑する。
その笑みを見た途端、言葉を耳に入れた途端、バルトルは一瞬前の思考さえ頭から吹き飛び、サフィールの頭を殴り飛ばしていた。
*
「俺が……この俺が、お前程度に、助けられるわけがないだろ……!」
結論から言うと、バルトルは閉じ込められていた部屋から出る事が出来た。
大声で騒ぎ「誰か来てくれ!バルトルが死んでる!」と喚きたてると、面倒くさそうに何かぶつぶつ言いながら、ひ弱そうな神官が一人やってきた。見習いか何かだろう。
『そのオッサン死なれると困るんスけど~。あんた治せなかったの?』などと言う見習いは、バルトルが自分の服を着せた、血塗れのサフィールを見て頭を掻く。その後ろから、バルトルは羽交い絞めにして見習いの首を絞めると、見習いの神官服を奪い脱走した。
「あれ?バルトルさん?」
「組合長?」
冒険者組合、バルトルの城にたどり着くと、職員たちは血塗れのバルトルを見て驚いた。だが、冒険者組合では冒険者が魔物と戦い血塗れになることは、そう珍しくはなかった。組合長がそんな姿、ということは驚きだったが、血で驚く者はおらず「どうしたんです?そんなに慌てて」と、話しかけてくる。
「……何か、なかったか?」
「え?えぇっと、そうですね。あ、そう言えば、クレメンス様が広場の方で何か発表をなさるとか」
「きっとメロディナさんとの婚約発表だって、皆楽しみにしてるんですよ」
「バルトルさんおめでとうございます」
広場。
あの冒険者の姉を向かわせた場所に、クレメンスがいるのか?
「はは、はは!!」
バルトルは笑い出した。
そうか。それは、都合がいい。
怪我でもするか、いや、死んでくれないものか。
バルトルは頭の中が、既に正気ではなかった。
サフィールの言葉が、バルトルにとっては最大の侮辱だった。見下していた者に、自分が情けをかけられて、救われた。そして、サフィールがいなければ自分が死んでいたという事実!
もうメロディナをクレメンスの妻にすることは叶わない!
父は自分を切り捨てるだろう!そういう男だ!
「組合長!?何を……!?」
バルトルは組合の倉庫の一つ、厳重に保管がされている魔法道具を掴んだ。様子がおかしいと、ついてきた職員たちが悲鳴を上げる。
制止を振り払い、バルトルは次々に魔法道具を発動させていく。下位の冒険者が使うようなチャチなものではない。魔力がない物でも作動させられる、魔石を内蔵した魔法道具だ。本来、死んでもいいような、どうでもいい奴に持たせて発動させる。魔物を呼ぶ者。発動した者に魔物を誘う魔力がこびり付く。
「止めてくださいバルトルさん!!そんなことしたら、街が……!!」
受付嬢の悲鳴が上がった。秋口に入職したばかりの若い娘。冒険者に憧れているけれど、自分は力がないからと冒険者を支援する側になると、笑顔の可愛い娘だった。バルトルが笑いかけると顔を真っ赤にした娘が、バルトルを諫める。
こんな女如きが俺に意見するな!
必死にしがみついて来た受付嬢を殴る。男の拳は女の鼻の骨を簡単に砕いた。怯える目。バルトルは満足した。
他にもバルトルを止めようと飛びかかってくる職員がいたが、冒険者たちは一人もいない。それであるので、バルトルを止めることは誰にもできなかった。暴れて、次々に魔を呼び寄せる道具を開放していく。建物に火が付いた。叫び声、悲鳴。バルトルは可笑しくて、可笑しくて、たまらない。
「いいかクレメンス!わかったかクレメンス!俺はお前が最も大切にしているこの街を、台無しにしてやれるんだ!!俺はお前なんかどうってことないんだからな!」
バルトルは正気ではなかった。
サフィールの言葉が、引き金になった。貴族の血を引くサフィール。言葉遣いや、眼差しが、暗い部屋の中でどこかクレメンスと重なったのが、よくなかった。
バルトルはサフィールではなく、クレメンスに同情され、情けをかけられたのだと、そう。死にかけた者が、ちょっと傷が癒えた程度で失った血、痛み、熱による幻覚から逃れられるわけもない。
叫び、呻き、高らかに笑うバルトル。その頭は、次の瞬間、細い杭のようなものが無数に打ち付けられた。
「…………ゼルはどこだ?」
混乱する冒険者組合の建物の中に、足を踏み入れたのは広場から離れゼルを探しに来たイーサンである。
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承認欲求が満たされました。
ハマグリを購入したんですが、仮死状態で「お願い死なないで」と必死に生存を願い、手を尽くしました。甲斐あってか息を吹き返し、砂を吐いてくれています。お昼ごはんは酒蒸しです。
バルトルくんもハマグリですね。





