25、魔女狩り⑤
夕暮れのルゴの街は茜色に染まっていた。
街の中に見慣れぬ聖職者や騎士たちが見かけられていても、人々の基本的な生活は変わらない。
イヴェッタたちは裏通りにあるというサフィールの家を訪ねた。日当たりはあまり良くない、こじんまりとした小さな家だった。
夕食前という事もあり、周囲の家は賑わいがある。家の前に出て掃き掃除をする女性や、座りこんでカードゲームをしている者など過ごし方は様々だ。貴族の生活とは違う人々の暮らしがそこにはあり、イヴェッタには物珍しい。
「失礼します。サフィール殿、いらっしゃいませんか」
タイランがノックをし、訪問を告げるが返事はない。
「留守でしょうか……」
イヴェッタは首を傾げる。家族と住んでいると聞いたので誰かしらはいると思った。突然冒険者組合を辞めた理由。ダーウェとゼルの行方を何か知らないか聞きたかったのだが……。
「……………えぇ、留守。そのようですね。待っていても仕方ありません、ダーウェ殿たちを探しに行きましょう」
タイランは暫く沈黙していたが、切り替えるようにイヴェッタを大通りへ誘導しようとした。
「あれ?待って、何か……これってもしかして、血のにおい?」
その場を離れようとする一行を、シフが引き留めた。エルフ族は人間種より五感も優れている。屋内の異臭を敏感に嗅ぎ取った。シフは眉を顰め、じっと、再びにおいに集中する。やはり血のにおいがした。サフィールの家の扉をドンドン、と乱暴に叩くが返事はない。
「人間種の男!手伝ってよ!中で何か……!!」
「イーサン!シフを手伝ってあげてください!」
「……」
異変を感じたエルフの女性は躊躇わない。扉が駄目なら窓から、と木製の窓を叩くがびくともしない。イヴェッタに言われてイーサンが無言で扉の前に立ち、勢いよく蹴って扉を破壊した。
「お、おい!?あんたら何やってるんだ、そこはベッチェさんの家で……」
物音に近所の住人達が顔を出した。見慣れぬ集団が何をしているのかと不審がり、乱暴をしているのではないかと不安がる。そのうちの一人が、イーサンの行動を見とがめ掴みかかろうとしたが、蹴り破られた扉から家の中が見えた。
「……っ、ひ……っ、な、なんだ!?おい……ベッチェさん!?マーゼ!!ルイド!!モゼ!!」
最初に見えたのは、倒れている老婆。ただ倒れているのではない。体がぐちゃぐちゃに捩じられていた。近所の住人らしい男は叫び、家の中に駆け込む。他の住人達も家の周りに集まった。
「酷い、何これ……人間って、こんな風に死ぬの?」
唖然とするシフ。タイランは住人達に自分たちはサフィールに雇われた冒険者で、連絡がつかなくなったので自宅を訪ねた事、返事がなかったが家の中から血の匂いがしたので押し入ったことなどを説明していた。誤解や勝手な想像をされる前に、ということである。
家の中は凄惨たる有様だった。捩じられ血を絞るように殺されている老婆に、あちこちで引きずられ削られた子どもたち。サフィールの弟や妹だろう。家の中に無造作に転がる体は全て息を引き取っていて、その顔に苦悶の表情、恐怖を浮かべる以外告げてくることは何もない。
「……悪魔だ!悪魔の仕業だ!!」
誰かが叫んだ。家の外で、この惨状に慄いていた住民だ。
「年寄りや幼い子どもをこんな目に遭わせるなんて……!こんな恐ろしい殺し方、悪魔の仕業に違いない!」
「そうだ……おれたちはずっと家にいたが、物音なんかしなかったぞ!?誰かが押し入った音もなかった!!」
住人達は口々に叫び合う。
確かに、イーサンが扉を蹴り破るまで家の中は密室だった。そして、この路地は狭く民家が密集している。何か物音がすれば、そして叫び声が聞こえれば、誰かしら、何かしら、気付けたはずだ。
「…………」
イヴェッタは家の中をぐるりと見渡す。気の毒な死体たちに触れ、見て、首を傾げた。
「……」
「悪魔の仕業、ですか」
「ギュスタヴィア様」
「人間種というのは想像力が豊かですね。天使や悪魔、でしたか。この世には多種多様な生き物種族が存在しているというのに、飽き足りず自分達の都合の良い存在をよくぞまぁ」
「……血の量が少ないと思いませんか?」
人を嗤うギュスタヴィアの反応は気にせず、イヴェッタは疑問を口にした。
「と、言いますと?」
「人の体って、血がたくさん出るものですわね。わたくしもほら、ギュスタヴィア様の棺にたっぷり出ましたもの。傷口の大きさや深さから、これ、もっとたくさん、出ていると思うのですけれど……わたくし、シフに言われるまで血の匂いに気付きませんでした」
家の中は確かに、惨たらしい。部屋中が血塗れ。しかし、むせかえる程の血の匂い、ではない。死体の損傷具合から考えて、もっとたくさん出ていておかしくないものを。
「魔法や魔術で殺されたのでは?」
外に音が漏れないようにする魔術、体を捻じる魔術、あれこれとギュスタヴィアは思いつく限りの心辺りを語った。こんな程度の状況にするのはさして難しいことではないと言う人外の男に、イヴェッタは困ったような表情を浮かべる。
「不思議を全て、魔法の仕業にしてしまえるほど……人の世界では魔法や魔術はあって当たり前、簡単なものではないのですよ」
「では、不思議は全て悪魔や神の仕業である、と考える方が道理ですか」
ギュスタヴィアの皮肉にイヴェッタは何も言い返さなかった。
住人達が呼んだのだろう。兵士達がやってきて、家の中の調査をすると言う。タイランは自分達が第一発見者ではあるが、住人達もその場を見ていたことを説明する。穏やかで品のある老人の丁寧な態度に、兵士達は納得した。
住民たちはその間も「悪魔の仕業だ!」と騒ぎ立てている。
本当にそうだろうか。
イヴェッタは訝る。ギュスタヴィアの言うように、魔法や魔術であればこの状況を作り出すことは簡単なのだろう。だがわざわざ魔法や魔術で、失礼だが、平民の、老婆や子供をこのように殺害するだろうか。
イヴェッタは本で昔、読んだ内容を思い出す。
死体の有様というものは、人間の感情を乱すことに最も有効だという。例えば戦場で、敵対する勢力が相手の死体を丁寧に扱い弔ったなら、殺された感情の怒りはもちろんあるけれど、それでも「立派な振る舞いだ」と、そう感じ入る心が芽生えるらしい。
逆も又しかり、戦場にて死体を嬲り粗雑に扱えば相手の怒りを買う、または……。
「この街には聖女様がいらっしゃる。また、聖王国より騎士の方々もいらっしゃっている!悪魔などが入り込める余地はない!」
悪魔だなんだと騒ぐ住民たちを、兵士の一人が一喝した。びくり、と周囲の空気が震える。悪魔だ、と喚いていた人々の瞳には恐怖と、そして困惑が浮かんでいた。
「し、しかし……だとしたら、これは……」
「サフィールだ」
「へ?」
「サフィールの死体がないだろう。やつは冒険者組合をクビになったと聞く。大方、ついに家族が邪魔になって、こんなことをしたに違いない」
兵士はサフィールの事を知っているらしい。冒険者組合の組合長補佐という職に就いているので、この街ではそれなりに有名だったのか。
「……そ、そうか……サフィールか……」
「そうだな、あいつ、いつも偉そうにしていた、嫌な奴だったな!」
「可哀想に、妹や弟が何をしたってんだ……」
「あんな嫌われものを面倒見てくれたばーさんをこんな目に遭わせやがって……」
住人達の間にある感情が、恐怖から怒りや罵倒へ変わって行くのをイヴェッタは感じた。悪魔、得体の知れない恐ろしい存在が自分たちの理解の及ばないことをした、というより分かりやすい答えが染みわたって行く。
サフィールを罵る住民たちの顔には、身内をこんな目にあわせたサフィールの非道、残酷さを非難しながらも、どこか安堵の色があった。憎しむ対象がはっきりしたからだ。得体のしれないものへの恐怖、不安がわかりやすく「なんてひどいことをあいつはしたんだ!」と、正しく叫べる声が出せることへの安堵だった。
「あの、それは、違うと思います」
「えっ、ちょ……イヴェッタ、余計なこと……!」
しかしイヴェッタは、そこで黙っていればいいものを、ハイ、と手を挙げた。
住人達が納得、兵士たちに「サフィールを捕まえてくれ!」と叫び、それを兵士たちが承諾する、という茶番が行われるべきであった。それであれば住民たちは殺された家族を悼み、丁寧に弔い、兵士たちは犯人を捕まえる!と意気込むことが出来るものを、イヴェッタは「それは違います」とものの見事に盤をひっくり返そうとする。
シフが思わずイヴェッタの服を掴んでそれを止めた。ここで自分たちが口を挟んでいいことがないことくらい、エルフでもわかる。だというのに、イヴェッタは気にしない。
「違います。サフィールさんはご家族を殺してはいませんよ」
「は……?誰だ、あんた」
「イヴェッタです」
注目されてもイヴェッタは変わらず口元に微笑を浮かべていた。ごきげんよう、とスカートの裾を持ちあげて優雅に挨拶をしてくる様子に、兵士達や住民らは呆気にとられた。
「え、何?」
「なんだって?」
「ですから、サフィールさんじゃありません。殺された方のお顔には恐怖が浮かんでいました。戸惑いや疑問、ではありません」
家族に殺されたのなら、どうして、なんで、という疑問が必ず浮かんでいただろうとイヴェッタは言う。が、周囲は「え、何、表情って」と首を傾げる。
この言い方では駄目か、とイヴェッタは話を続けた。
「そして、血の量です。後程、調べて頂ければご理解くださると思いますが……殺され方から考えて、血の量が少ないです。これから考えられるのは、この家の中で殺されたのではない。または、殺してから体をねじ切ったかなどですね」
サフィールは男性だが、あまり力がありそうなタイプではない。
そして、老婆や子供たちが殺されているこの状況。最初に殺されたのが誰かわからないが、一人を殺している間に他の者たちがなぜ逃げられなかったのか。家は狭い。隠れるなり、外に飛び出すなり出来たはずだ。
単独犯では、この状況を作り出せないとイヴェッタは自分の考えを告げる。
「つまり、やっぱり……悪魔の仕業ってことか?」
「それはなんとも」
悪魔などいないとイヴェッタは考えているが、それはさすがに口に出さなかった。どうやら、世の中の人たちは天国や地獄、天使や悪魔がいると信じているらしいので、それをどうこう言うのは、さすがのイヴェッタもしない方がいいと判断がついた。
「……おい、アンタ、余計なことを言うんじゃない」
住民たちの間に再び恐怖が伝染する。言われてみれば確かに。あの貧弱な男にこんな大それたことができるのか。サフィールは丸太だって満足に切れないじゃないか、などと口々に言い合って、それならば、やはりこれは悪魔の仕業なのかと恐れ慄いた。
場を仕切っていた兵士がイヴェッタを睨みつける。もうサフィールを犯人だと告げても説得力がないことを理解している顔だった。
それを見てイヴェッタは、この兵士が本気でサフィールが犯人だと思っていたわけではないことを知る。兵士として惨状にそれなりに、一般人よりは耐性のある男の目からしても異常なこの現場。住民たちに要らぬ不安を与えるよりはという配慮を、このおかしな雰囲気の女が台無しにしてくれたと、怒っている顔だった。
「そうなりますと、サフィールさんが心配ですね。何か恐ろしいことに巻き込まれているんじゃありませんか?」
「は?」
「えぇ、きっと。そうに違いありませんね。何か、冒険者組合をお辞めになった理由……辞めさせられたのでしょうか?何か、恐ろしいことが起きているのではないでしょうか」
「恐ろしいこと、だと?」
「そうですわ。だって、こんな殺され方、普通じゃありませんもの。サフィールさん、何か大変なことを知ってしまったんじゃありませんか?それで、その口封じと考える方が自然です」
茶番。
イヴェッタはそこで初めて、あぁ、そうか、茶番。
自分が、作ってしまってもいいんじゃないか、とそう気付いた。





