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24、魔女狩り④


「辞めた?サフィールさんが、ですか?」


 冒険者組合の受付にて、イヴェッタは受付嬢にサフィールへの面会を請うが、返ってきたのは予想外の言葉だった。


 先日とは違う受付嬢はイヴェッタたちをちらり、と眺め、どんな関係の者たちだろうかと探る色を僅かに浮かべたが、それ以外は礼儀正しい受付嬢という態度を崩さない。


「はい。こちらにいらっしゃることはもうないかと」

「突然ですね。何かご事情が?今はどちらに?」

「個人情報ですのでお答えしかねます」


 不自然なことである。組合長補佐ほどの人間が、辞めます、はいどうぞ、と昨日今日であっさり消えてしまえるものなのか。


 不審に思ったが、イヴェッタは顏には世間知らずな娘の表情を浮かべ、きょとん、と小首を傾げる。


「困ったわぁ。わたくし、あの方とちょっとしたお約束をしていましたの。ねぇ、あなた、サフィールさんのお家をご存知ないかしら?」

「職員の所在につきましては、規則ですのでお教えすることはできません」

「えぇ、もちろん、そうよね」


 と、イヴェッタはカウンターの上に置かれている受付嬢の手をそっと握った。自分の掌には包み込める大きさの宝石が用意されている。周囲から見えないよう注意し、その宝石を受付嬢の手に握らせる。


「……」

「無理を言ってごめんなさい。諦めて帰ります。どこかで食事をしようかと思うのですが、この辺りでおすすめの場所はあるかしら?」


 そっと受付嬢は自分の手をカウンターの下に引っ込めた。視線を一度下に降ろし、手の中にある物の大きさや色を確認する。その瞳に、何か計算するような色を浮かべてから、受付嬢は先ほどと同じく規則正しい事務的な表情でそっけなく答える。


「それでしたら」


 と、ここから少し離れた区画にある場所の、裏通りに良い店があるとのことだった。


 イヴェッタはタイランにその“店”、というより、サフィールの家に向かうようにお願いをして、ひとまずダーウェ達と合流しようと移動した。しかし宿屋では、既にダーウェたちはそこを引き払ってどこかへ行ってしまったと告げられる。


「どこかへってどこです?」

「さぁ、知らないね。冒険者なんてのはそんなもんだろう?」

「商売の邪魔だよ、話は済んだなら出ていっておくれ」


 女将と主人はイヴェッタの問いに、面倒くさそうな顏で答えた。良い人たちだと思っていたが、今はイヴェッタたちと関わりたくないという態度を全面に出している。自分が何か失礼なことをしてしまったのだろうかとイヴェッタは申し訳なくなった。が、それと、ダーウェたちの行方がわからないことは別だ。


 イヴェッタが宿屋の夫婦を引きつけている間、イーサンがダーウェたちが引き払ったという二部屋を調べに行ってくれた。追い出されるようにして宿屋を出た所で合流する。


「何かわかりましたか」

「無理矢理連れ出されたか、あるいは、そもそも引き払ったのは二人ではないか、だな」


 イーサンは手に布で覆われた絵本を抱えていた。ゼルの絵本だった。あまり人の目に触れてはならないものだから、隠しておいた物。ゼルが自分の意思で宿を引き払ったのならこれを忘れていくわけがない。


 絵本を受け取ったイヴェッタは、ぎゅっと絵本を抱きしめた。


「つまり、誰かがダーウェやゼルを、浚ったということでしょうか」

「その可能性はある。親父の方で何かわかるだろうが……」

「既に殺されているのではありませんか」


 あれこれ考えるイヴェッタとイーサンに、蚊帳の外になって退屈だったのかギュスタヴィアがのんびりと答えた。


「話をまとめるに、元々貴女を始末しようと手筈が整えられていたのでしょう。それであれば、貴女の仲間も、生かしておいては面倒ではありませんか」

「……ギュスタヴィア様」

「私ならそうしますよ。えぇ、そうしますね」


 邪魔なので殺しておいた方が面倒がない。ギュスタヴィアは微笑んだ。その後ろではシフが力強く頷いている。同胞を皆殺しにされたことを今更ながらに思い出したらしい。


「ギュスタヴィア様。わたくしを怒らせようとしても無駄ですよ」


 イヴェッタがダーウェたちを案じているのを理解していて、そして酷い言葉を投げれば怒ると思ったのだろうか。イヴェッタは静かに告げ、イーサンの服の裾を掴んだ。


 ダーウェたちがどこにいるのか、怪我などしていないか。考えて不安にならないわけではない。こんな気持ちは初めてだ。これまで、両親は常に穏やかで、何か問題に巻き込まれるような生き方をする人たちではなかった。兄2人も魔物の討伐に参加してはいるが、強く、また兄たちはイヴェッタに「俺たちは心配されるより、する側なんだ」といつも言っていたので、無事を祈ることはあれど、こんなに、不安で心配で、心臓が落ち着かなくなることはなかった。


 二人に何かあったら、どうしよう。


「イーサン」

「イヴェッタお嬢さま」

「それ、不快です」


 不安げな顔をイーサンに向けると、ギュスタヴィアは口元に微笑を浮かべたまま「それ」と指摘する。


「なぜその男なのです。イヴェッタ、貴女の夫はこの私でしょう。頼るべきは私では?」

「……と、おっしゃいますと?」


 怒らせようとしてきた男が何を言っているのだろうか。さすがはギュスタヴィア様は人とは違う感性をお持ちでいらっしゃる。


「簡単です。この地を更地にすれば、そのお仲間の死骸を探しやすくなりますよ」

「まだ二人が生きている可能性もありますし、二人を探すための犠牲が多いのはちょっと……」

「どうせ人間種などすぐに死ぬ生き物です。ちょっとくらい早まったところで、誤差でしょう」


 誤差。


 言い切るギュスタヴィアにイヴェッタは微笑みを浮かべたまま固まった。後ろではシフが「この方はやりますよ!本気でやりますよ!!」と説明してくれた。





「ほ、本当に……嘘じゃ、ないわ……ッ、あたしは嘘なんかついてないもん!!」


 薄暗い神殿の一室で、メロディナは必死に、何度も叫んだ言葉を繰り返す。周りにはこと切れた使用人たちが転がっていた。メロディナと仲のよかった使用人たちだ。いつもメロディナの機嫌を気にしてくれて、なんでもいう事を聞いてくれる大切な人たちが、顏を醜く引きつらせ絶命している。


 裕福な商家の娘として生まれたメロディナは、常に大切に扱われてきた。


 それがなぜ、こんなかび臭い部屋で、こんな扱いを受けなければならないのか!


「あ、あんた……ッ、あたしにこんなことして、いいと思ってるの!?あたしのパパはこの街で一番の商人で、お兄ちゃんは、」

「冒険者組合の組合長バルトル、それがどうかしたのか」

「わかってるんなら早く放しなさいよ!!」


 メロディナは怒鳴った。部屋の隅に立っている男。片足を引きずり、赤い神官服を着た顏の半分溶けている醜い男。メロディナはこれまで、こんな醜い生き物を見たことがない。お嬢さまである彼女の側にはつねに清潔で礼儀正しい使用人や、優しい家族、その知人がいた。街の隅で乞食や浮浪児を見かけることはあったけれど、それらは人間ではないのだから気にする必要がなかった。


 部屋には醜い男の他に、同じく赤い服を着た神官たちがいる。メロディナの大切な使用人たちを殺したのは周りの神官たちだ。


「皆が何をしたっていうのよ!この人殺し!」

「おかしなことを言う。彼らを殺したのは、お前自身だろう」

「はぁ!?あんた、何言ってるの!?」

「この者たちは即死ではない。聖女であるというお前であれば、彼らを救えた」


 この醜い男は、部下に命じてメロディナの使用人たちをこの部屋に連れてくると、一人一人、苦しめるように刺し、斬り、燃やした。


 そしてメロディナに「聖女であるのなら彼らを救え」と冷酷に言い放ち、助けを求める悲鳴や怒号を一切無視した。


「お前は聖女なのであろう。ルゴの街に降った奇跡を齎したのは自分だと、そう、触れ回っているではないか」

「そうよ!あたしが神さまに祈ったから、この街が救われたの!本当の事だもの!!」

「ではなぜその者たちを救わなかった?街の見知らぬ者たちを救いながら、親しい彼らをなぜ見捨てた?」


 歪んだ顏の男はじっとメロディナは見つめる。何度も何度も、チャンスを与えたではないかと男は本気で思っているらしかった。何度も、刺して切って燃やして、何人も。死んだので次をと連れて来て、一度でもメロディナが誰かの傷を癒せればよかったのだ。


 そうしなかったのはお前だ。

 そうできなかったのはお前だ。


 男は目で言い放ち、メロディナを侮蔑する。


「そんなの知らないわよ!たくさん、街中の人たちを助けてあげたから、力を使いきっちゃったのよ!だってそうでしょう!あんなにたくさん、あたしは救ったのよ!あんただって街を見たでしょう!奇跡はあるじゃない!」

「奇跡は事実だが、我々ラングツェラトゥはそれを『自らのものだ』と、神の偉業を私物化する者を許しはしない」


 この街の神殿が、メロディナを聖女だと認めたとラングツェラトゥのこの男、名をフラウ・ノートル卿は報告を受け、そして光の大神殿、大神官より聖女認定のために即座に派遣された。


 奇跡が降ったことは事実だ。それは疑う所などない。が、その奇跡を齎したのは自分だと言い放つこの娘を、ノートル卿は疑った。


 聖女などというものはただのおとぎ話である。そのように都合の良い存在がいるわけがない。


 女と言うものは魔女か、子のために生きる母のどちらかしか存在しないものだ。


 それでも、ルゴの街に降った奇跡はこれまでに例を見ないほどのものであるから、聖女がいるのかもしれない。僅かな可能性、期待がノートルにはあった。


 しかし神殿が自信満々に連れて来た娘は、我がままで粗雑、甘やかされて育った馬鹿な小娘だった。


 万が一、聖女であるのなら奇跡を見せろとチャンスを与えても、喚き散らすばかり。


 それでも自分は聖女であると厚かましくも言い続ける。


「待て!妹を放せ!!これが、妹が聖女である証だ!!」


 聖女の名を騙る魔女であったと、そう大神官様にはご報告申し上げねばならない。


 ノートルがそう判じかけた時、部屋に転がり込むように入ってきた男がいた。


「お兄ちゃん!」

「メロディナ……!すまない、遅くなって……!」

「遅いわよ!何してたの!?なんですぐに助けにきてくれなかったのよ!!見てよ!こんなに服が汚れたのよ!!」


 バルトルという、この小娘の兄だ。冒険者組合の組合長。裕福な商家の長男。妹と違い、頭は悪くなさそうだが、何を持ってきたのだろうか。


 ノートルは侵入者を捕らえようとしている部下たちに視線をやって制し、バルトルに向かい合う。


「なんでしょう」

「これを……見てくれ!妹が、両親のために祈って、この髪飾りとブローチに神々の祝福を齎したんだ!」

「……」


 真珠の髪飾りとブローチを、差し出してくる。ここまで走って来たのか、息を切らし必死な形相、というのは演技だろう。なりふり構わず走ってきたのなら、足元も汚れているはずだがそれはない。馬車で神殿まで乗り付けて、それからこの部屋までは走ってきたのだ。


 ノートルはそれを冷静な目で眺めた。


「この玩具がなんだというのです」


 真珠、は、偽物だろう。露店でよく売っている、子供だましの装飾品。


「よく見てくれ!神官ならわかるだろう!?これに沢山の神の祝福が……」

「こんな玩具に神の偉大なるお力が宿るなどと……妹と同じく、あまりに愚かな……」

「本当なんだ!見てくれ!そっちのアンタでもいい!わかるだろう!?これは……」


 ノートルは神官であるので、神の力を見ることは当然出来る。が、この男の言うような力はこんな玩具には一切宿っていない。


 一瞬、賄賂か何かで妹の命だけでも助けてくれと取引に来たのかと思ったが、偽物の真珠をこちらが見抜けないと思ったのか。


「ちゃんと調べてくれ!さっきまで本当に……宿っていたんだ!」


 喚き散らすバルトルに、ノートルは溜息をついた。掌から装飾品を落とし、足で踏む。


 バギッ、と軽い音を立てて簡単に、あっさりと、それらは砕けた。


「もし、本当に特別な力が宿っていたのなら、このように簡単に壊れるものでしょうか」


 あまりにも、バカげている。


 ノートルは砕けた破片を必死にかき集めるバルトルを見下ろし、目を細めた。

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出ていけ、と言われたので出ていきます3
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