23、魔女狩り③
「人間種の街というのは、どうにも乱雑でいけませんね」
ルゴの街にやってきたギュスタヴィアは、黄金のように美しい瞳で周囲を一瞥し、これ以上映す価値無しとでもいうように目を閉じた。
「素敵な街ですよ。皆、良い人たちばかりで、親切にしてくださいました」
300年ぶりに外の世界に出るエルフの男は当然、この街で通用する身分証を所持していない。人間と関わる予定のなかったシフも同様で、二人はアルドとイルミレアの身分証を譲り受け幻視の魔法で門を通過した。
今はエルフの外見的特徴である長い耳をフードで隠しているだけで、変装らしい変装はしていない。
「へぇー!へぇー!人間ってば面白いこと考えるのねー!わぁ!石で家が作れてるー!あれって貴族の家じゃないんでしょ!?なのに石で作れてるなんていーなー!」
エルフの中ではまだ年若いシフは人間の街が珍しい。きょろきょろと辺りを見渡し、瞳を好奇心でいっぱいに輝かせた。
イヴェッタは是非ともこの明るいエルフの少女と親しくなってみたかった。自分もまだ不慣れではあるが、街を案内できたらとても素敵だろうと想像する。が、今はまずは冒険者組合に行き、サフィールに遺跡で起きたことや、イルミレアが妨害をしてきたことを話すのが先だ。
ダーウェやゼルにもシフとギュスタヴィアを紹介したかった。ゼルはきっとエルフに興味津々だろう。女三人になったので、ダーウェを誘って大衆浴場に行ってみるのもいいかもしれない。
これから楽しいことがたくさん起きるだろう。イヴェッタは街を進み、ふと、視界の端に何か……見覚えのある不吉な物を発見した。
「……」
「……どうしました?」
「……」
はたり、と立ち止まり顔を青くするイヴェッタを、ギュスタヴィアが気付き声をかける。
赤い神官服に、鎚と雷の紋章。
目元を黒い布で覆い隠した騎士たちが、街の至る所に立っている。
イヴェッタたちがこの街に来た時にはいなかった。
”尋ねる者”
神殿に国境はなく、その成り立ちから軍を持たぬ聖王国、とされているがそれはあくまで建前のこと。当然、一つの勢力である以上、軍事力は擁している。
そのうちの一つが、尋ねる者と呼ばれる集団。彼らは神殿の教えや、教義を人々が間違えていないか、反する行い、思想を持っていないか調査し、必要であれば裁く権利を持つ者たちである。
イヴェッタはこれまで、ルイーダ国の水の大神殿で小さなお手伝いをさせて頂いたことがあり、遠目からその紋章を目にすることはあった。が、大神官様より「関わらない方がいい」と珍しく強い言葉で警告されてきた。
彼らは何より正しい存在ではあるけれど、場合によっては苛烈冷酷極まりなく、行き過ぎた行いから人々の恐怖の対象になる存在である、と。
「……」
イヴェッタは自分の連れを振り返った。
・タイラン → 異邦人、特に神の教えを信じてはいない。
・イーサン → 同じく。
・ギュスタヴィア → 神に立てつく意思を隠さない。エルフ。
・シフ → 今のところ大丈夫だろうが、エルフなので人間と常識が違う。
・自分 → 他国で王族の怒りを買って国外追放処分。
「…………」
世間知らずなイヴェッタでもわかる。この集団はまずい。とてもまずい。ラングツェラトゥに目を付けられていい要素があまりもない。
問題が起きる前に、早く冒険者組合に行かなければ。
焦るイヴェッタは小走りになり、丁度通り過ぎるはずだった建物、小間物屋の中から出て来た人物とぶつかる。
「あっ、すいません!」
「失礼」
どん、とぶつかり合う音。勢いがあって、よろけたのはイヴェッタの方だった。体がよろけるのを、ぶつかってしまった人物が咄嗟に支える。
「お怪我は」
低い声だ。くぐもっている。潰れた喉で無理矢理声を発しているような、人によっては耳障りと顔を顰めかねない音。イヴェッタの体を支えた腕は人の肉の硬さではなかった。
「ありません、ぶつかってしまったのはわたくしの方ですのに……ご親切に、ありがとうございます」
「……」
赤い神官服の、聖職者だった。ラングツェラトゥ。関わらない方がいいと判断した者に、即座に遭遇してしまうのは自分の運が悪いのか。イヴェッタは助けてくれた男性に微笑みかける。
……顏が半分、潰れている男性だった。潰れている、というより、火傷だろうか?傷にはあまり詳しくない。イヴェッタを支えた手は義手。精巧な動きが出来ているようなので、腕の良い魔法具か何かだろう。
「血が、」
ぽたり、と床に血が垂れた。イヴェッタのものではない。男のものだろう。見れば額から血が出ていた。自分がぶつかった所為だろうか。
「よろしければ、こちらを」
イヴェッタはハンカチを渡した。女物で白いレースの付いた物は嫌がられるだろうかと不安になったが、男は受け取り、短く礼を言った。
そして男はそのままフイッと歩き出す。後ろから騎士たちが続いた。





