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19、それはそれとして



「話の途中ですが、少し静かにして頂けますか」


 話し続けようとする黒うさぎの言葉を遮り、ギュスタヴィアがふと、口元に人差し指を当てた。そっとその長い耳を澄ませてから、ギュスタヴィアは進行方向からイヴェッタを隠すように前に立った。


「ギュス、」

「静かに」


 どうしたのかというのはすぐにわかった。イヴェッタたちが進もうとしている先に、何かいる。また魔物かと身構え、イヴェッタは黒うさぎを抱きしめる。神の使者だという話だが、巨大な力を感じない小動物、ぬいぐるみのような愛らしさだ。自分が守らなければと思う心は当然湧く。腕の中の黒うさぎは何やら不満だと抗議をしてきたが、冷ややかなギュスタヴィアの「黙っていろ」という視線に沈黙する。


「王弟殿下」


 少し先に、誰かいるようだ。


 集団だ。白い外套を纏う集団が、イヴェッタたちの行く手を阻むように立ち塞がっている。そのうち、一人が進み出てフードを取った。ギュスタヴィアと同じく長い耳、エルフ族らしい。蜂蜜色の髪に、深い緑の瞳。女性のエルフだ。手に細身の剣を持っているのは攻撃性を示すためではなく、必死な威嚇だろう。


「……」


 女性は全身で警戒しながら、慎重にギュスタヴィアの顔色を窺う。


「……これより先に進まれませぬよう」


 なぜとその声が問うている。この三百年、大人しくしていたのにどうしてと戸惑う色があった。女性が口を開けば、背後のエルフたちが杖や弓を構える。ギュスタヴィアの答え次第ですぐさま攻撃に移るという意思表示だった。


「言うことを聞くと思うか」

「っ、それは……」

「おい!シーフェニャ!何を怯んでる!こんなジジィさっさと殺ってしまえばいい!」

「脅威だっただのなんだの、国の老害どもが何か言ってるが、もう三百年も前だろ?魔法は進化してるんだ!」

「ジィさんどもが封印できたならおれらが殺せないわけないな!」


 女エルフ、シーフェニャが戸惑い一歩後退したので、背後のエルフたちがぐいっと、彼女を押しのけ前に進み出る。そのまま容赦なく精霊魔法を詠唱し、弓を放ち、剣を抜いて突き進んでくる。


 若い、エルフたちのようだった。王族であり巨大な魔力を持つギュスタヴィアは二千年以上生き、エルフの中でもさらに長命だが、通常のエルフというのは寿命は五百年から八百年程度。三百年前など前の時代だと息巻く者たちが、どうやらこの自殺志願の集団には多いようだ。


「魔王を討てば俺たちは英雄だ!」

「行くぞ!」


 と、何やら息巻いたアホ共が向かってくる。


 ギュスタヴィアはその場から動かなかった。避ける事は容易い。が、背後には妻がいた。現状ただ脅し契約しただけの関係であるが、ギュスタヴィアはまだ切り花である妻の存在を、同族に知らしめるつもりがなかった。


「愛しい妻よ、良いですか。私が良いというまで、目を伏せ耳を塞いでいてください」

「え、」

「自主的にしなくとも見えなくしますけどね」


 ギュスタヴィアはイヴェッタの瞼に口づけを落とし、両耳をぽん、と叩いた。これで何も見えないし、聞こえない。


 さて。


 己の封印が解かれたことを察知して本国が送りこんできただろう連中。兄王が本気で対処しようとしているのならもっとマシな連中が来たはず。様子見という程度の者たち。生かして置く必要がなく、そういう者どもに妻を晒して何か言葉を吐かせる気が、ギュスタヴィアにはなかった。


 ついっと、ギュスタヴィアは手を伸ばす。白く細い指を軽く振れば、迷宮遺跡の床から石の槍が無数に突き出て、向かってくるエルフの戦士たちを貫いた。当然こちらの攻撃を予測して防御魔法を展開していただろうが、ギュスタヴィアの前では無意味である。


「はっ、はは。無様だな」


 蛙が潰れるような音を立て、戦士たちが死んでいく。石の槍で串刺しにされ、槍に生命力を吸われてみるみる萎んでいく。吸われた生命力はギュスタヴィアの手元に集まり、小さな結晶が三つとれ。人間であれば百人から奪ってやっと爪の先程の結晶の欠片が出来るか、というものだ。


 賢い者はギュスタヴィアに挑みはしなかった。シーフェニャと共に動かずじっとして、震えている。中には尻もちをつき、失禁している者もいた。


 どうせ死ぬのだから、一度で済むように挑んでくるのが礼儀だろう。無駄に手間をかけさせる。ギュスタヴィアは黄金の瞳に冷たい色を浮かべ、同族たちを眺める。視線を受けて、ヒッと喉から悲鳴を上げ、魔法を撃ってくる者もいた。


 当然、そんなか弱いものがギュスタヴィアに届くわけもない。


「ぁ、ぇ、なんで……!なんで、当たらないんだ!今のは第六魔法だぞ!!三百年前はまだなかった上位魔法だ!!」

「防御魔法を貫く物理攻撃なんて聞いた事ないぞ!!?」

「こんなの反則だろ!」


 戦闘に反則もなにもなく、常識も意味がない。


 エルフ族の使用する精霊魔法の形態について、そもそもギュスタヴィアは生まれてから独学で特に弟子も取らず、誰かに師事したこともない。三百年前は生まれていないかあるいは赤子だった者どもが自分の魔法について知らないのはただの怠慢だと切り捨てる。


「ギュス、タヴィア、さま」

「……おや」


 ぐいっと、服の裾を掴まれる。


 イヴェッタが、目が見えず耳も聞こえない状況でありながら、手探りでギュスタヴィアを探し、制止するように服を掴んだ。


 何も見えていないはずだ。ギュスタヴィアはイヴェッタの目の前に手を掲げ、確認してみる。やはり反応はなく、ギュスタヴィアの術は問題なく効いている。


「お、おやめ、ください。どうか、殺さないで」

「……」

「お願い、します」


 耳が聞こえないため、どの程度の音で自分が喋っているのかわからないイヴェッタはたどたどしい。大声で怒鳴りつけるようにしては無礼、が、か細くとも意味がないと慎重になっている。


 殺すな。


 などと。


 愚かなことをとギュスタヴィアは思った。エルフが、切り花を悉く葬る種族であることは話したはずだ。黙って聞こえず見えないまま大人しくしていれば何もかも終わるのに、この小娘はなぜでしゃばるのか。


 そもそも、突然何も見えず聞こえぬ状態になったら、恐ろしいはずだ。ただじっとして、再び見えるようになるのを待つしかできない状況で、なぜ他の命の心配をするのか。


「……その方、その、人間種……あれ?え、なんで……それ、まさか、神々の……」


 シーフェニャがぽつり、と声を上げる。


 その瞬間、ギュスタヴィアの心に湧いた感情は焦りだった。


 しまった、と、らしくもなく、いや、生まれて初めて焦った。焦り、すぐさま残りのエルフたちを殺そうと、反射的に腕が上がる。風の魔法で切り裂いてしまおうと、ただ素早く殺すことだけを考えて振り上げた腕は、イヴェッタが全身で抑え込んだ。


「!!この、愚か者が!!」


 咄嗟に威力は弱めた。が、風の魔法が容赦なくイヴェッタの細い体を引き裂く。ギュスタヴィアは叫び声を上げた。イヴェッタは呻き声一つ上げず、ギュスタヴィアの腕を掴んだまま、崩れ落ちる。


 その細い体が石畳の上に落ちるのが、ギュスタヴィアは嫌だった。堪らず、掴まれた腕を引き上げようとして、イヴェッタの体が千切れかける。骨の見える体。ぴたり、と、動けなくなった。


 全身に襲い来る感情がなんというものであるのかギュスタヴィアはわからなかった。ただ、一瞬で体が凍えるように寒くなり、身動きが取れず、体が石になったかのよう。頭が真っ白になり、しかし、何かしなければならないと焦る想いばかりが自分の頭の中をぐるぐると駆け回る。


「イヴェッ、」


 何故、声がかすれるのか。


 崩れ落ちたイヴェッタは、か細くあるが呼吸をしている。神々の切り花はこの程度で死ぬことはない。





 シーフェニャは、咄嗟に前に進み出た。放心したように動かない、恐ろしい男を押しのけて、切り裂かれた人間種の娘の体に触れる。


 死んでしまう、と思った。なぜかまだ呼吸をし、心臓も動いているけれど、このまま放っておいて良いわけがないとシーフェニャは回復魔法を唱え始める。


 シーフェニャはまだ百年程しか生きていない、若いエルフだ。人間種でいえば十六歳から十八歳程度。妖精の国の伯爵家の娘、ではなく、伯爵家当主である。つい五年前に当主であった母が高齢であるのに子を産み、そのまま亡くなった。生まれた子は男の子であったが、成人するまでまだ先だったため、シーフェニャが当主となった。


 この部隊は死ぬために編制されたのだということをシーフェニャは理解している。貴族の三男以下や、素行に問題のある者たちばかりだった。境界線を守る戦いには参加させられない程度の強さで、しかし、弱くもない者たち。様子見、あるいは、寝起きでむしゃくしゃしているだろう王弟殿下の憂さ晴らしだ。


 シーフェニャが入っている理由は、自分が死ねば弟が跡を継ぐ。叔父が後見人となるのだろう。


 しかし、目の前で見た王弟殿下、『心悪しき戦闘帝ギュスタヴィア』と謳われる恐ろしいエルフはこれまでシーフェニャが見たこともないほど美しかった。当然、エルフ族というのは他の種族と比べて見目麗しいと称される種族だ。シーフェニャ自身は自分の美醜についてはわからないが、周りのエルフたちは「美しい」と思う。


 そんな中で生きて来たが、ギュスタヴィアというエルフはその雪のように白い肌に、月の光を閉じ込めたような銀の髪、腕の良い彫刻師が人生をかけて彫ったとてここまで完成された造形にはならないだろう美貌、均整のとれた長い手足、全てが完璧だった。


 しかし、美しいと思う心と同じくらいに、恐怖を覚える。美しすぎて恐ろしい、というのもあるにはあった。おおよそ、命ある者らしからぬ極まった美貌は他者の心を凍らせる。ギュスタヴィアにはそれに加えて、強い魔力があった。


 死ぬために派遣されたとわかっていても、恐ろしい。どう殺されるのか、想像するのも恐ろしい。先走った同胞たちが、無残に残酷に石の槍で貫かれ息絶える中、シーフェニャはただ震えることしかできなかった。


 が、一瞬。


 恐ろしき魔王の背後から、有り得ないことに、人間種の娘が姿を現した。視線は彷徨っている、見えないのか。軽く手を動かし、ギュスタヴィアの服を掴む。何か、懇願している様子。


 その娘。まさか、とシーフェニャは目を見開いた。


 神々の切り花だ。


 エルフ族にとって、発見し次第殺す。魔法を使えるようになったエルフであれば誰でも最初に教わる事だ。


 なぜ神々の切り花がギュスタヴィアと共にいるのか。その疑問。いや、切り花は殺さなければと、即座に判じ、しかし、ギュスタヴィアが腕を振り上げた。


 あ、死ぬ。


 自分は死んだとシーフェニャは思った。が、痛みがない。何の衝撃もない。見れば、切り花の娘が、先ほど自分が殺そうとした者が、風の魔法でその身を切り裂かれている。


 シーフェニャは咄嗟に飛び出した。


 人間種の娘が崩れ落ちた瞬間、おぞましきギュスタヴィアの顏が驚愕に見開かれ、そして動けなくなっていた。


 状況はよくわからない。が、この娘をここで死なせてはならないのだと本能的に察した。


「シーフェニャ!何をしている!!」

「その娘はッ!」


 回復魔法をかけるシーフェニャを、同胞たちが引き離そうとする。髪を掴まれ、体を引っ張られたが、シーフェニャは止まらなかった。シーフェニャは伯爵家当主だったがエルフというのに弓も使えず、剣や槍も駄目だった。攻撃魔法や防御も上手くなく、そのため叔父は赤子であるのにシーフェニャよりはるかに強い魔力を持っている弟を当主にしたがったのだ。


 が、唯一、回復魔法だけは扱える。とりわけ優秀と言うほどではない。エルフより遥かに弱い人間種の中の「上級者」程度の力しかないが、今この状況で「だから何もしない」という選択をする理由にはならない。


「ギャッ!」

「ガッ!!」


 シーフェニャが止まらないので、剣を振り上げたエルフたちは首を吹き飛ばされて絶命した。


「治せるか」

「っ、お、王弟殿下……ッ」

「呪文を止めるな。治せると頷け。さもなくば貴様も殺す」


 シーフェニャは勢いよく首を縦に振った。殺されたくない気持ちは変わらない。ゴロゴロと同胞の首が転がっている。同情する気持ちはあるが、この部隊の連中は皆、シーフェニャに対して紳士的ではなかった。家門が低いから「黙って言う事を聞け」と数人で暗がりに引きずり込まれたのも一度や二度ではない。


 王弟殿下は、確か、回復系の魔法が使えないのだ。


 今は亡き祖母が昔話してくれたことを、ぼんやりと思い出す。恐るべきギュスタヴィア殿下。生まれた時から驚異的な魔力を持ち、その代償として心を持たなかったと言われている。父親である先代エルフの王はギュスタヴィアが他の者がいなければ生きていけないように、とエルフにとって弓と同じくらい「使えて当り前」である回復魔法を奪った。


 魔との境界線、その最前線で常に戦わせ、怪我を負っても自分で回復することはできない。誰かがいなければ生きていけないようにして、心を芽生えさせようと試みたのだと祖母は語った。


 結局、ギュスタヴィア殿下が傷を負うようなことが殆どなかったため、無意味だったけれどとも言ったが、それが本当なら、このまま放っておけば、この人間種の娘は死ぬのだ。


 ぎゅっと、シーフェニャは人間種の娘の手を握る。暖かく、柔らかい。


 これが、神々の切り花なのか。


 まだ若いシーフェニャは当然だが初めて見る存在だ。もっと毒々しい姿をしているのだと思っていた。竜になるというから、もっと大きな体だと思ったが、こんなにか弱い生き物が世界を滅ぼせるのかと疑わしくなる。


(……動揺、されていた)


 この娘を死なせてはならないとシーフェニャは判じた。


 あり得ないことだが。昔話に出てくる悪い存在であり、我らが親愛なるエルフの王が今も脅威として考えていらっしゃる存在は、この娘が倒れた瞬間、その目に確かに「恐怖」を宿していた。


 シーフェニャは自分を死地に送った者たちを恨んではいるが、死んでほしいとは思っていない。このままギュスタヴィア殿下に国を滅ぼされたくなどない。


 その為に、この娘は必要だと、そう感じた。

【後編】がネタバレ過ぎるな、と思って悩んで、後程、になりました。

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出ていけ、と言われたので出ていきます3
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[一言] あららららららら! 大変、、、、! 愛させてみせる最中なのに! いや、もう。 愛していそうだけども!
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