表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/104

17、黒うさぎ


「愛しい人よ、あなたの手料理を口にできると言うことは大変幸福なことだと思いますが、それは、一般的に、えぇ、あくまで一般的に、人間種の間の常識で考えて、それは食材でしょうか」

「食べられるものなら食材だと思いますわ。ギュスタヴィア様」


 あくまで控えめに問うという姿勢は崩さず、慎重に確認するギュスタヴィアに、新妻となったイヴェッタは微笑んで頷いた。


 つい今しがた、ギュスタヴィアが仕留めたばかりの低位の魔物、俗に言うスライムをまな板代わりの木の上に乗せるイヴェッタは、これを食べようとしている自分に何の疑問もない。


「わたくしの尊敬する偉大な冒険家の方も、書いていらっしゃいます。浄化魔法を使えれば、なんでも食材だ、と」

「なんですその迷惑な人間種は」

「わたくしの愛読書なのですよ。よろしければお貸し致しますね」


 宿屋の荷物の中にある本のことを思い出しながらイヴェッタは答える。


 スライム。魔物の中で、冒険者が最初に遭遇・戦闘する代表格と言われているとてもポピュラーな存在だ。この魔物が出てくるということは、そろそろ上層部に近いのだろうとも考えられる。


 ここまでの道でギュスタヴィアが簡単にあっさりと葬ってしまった魔物たちはどれも巨大で、とくに大きな刃物は遺品でも回収できなかったため調理を諦めざる得なかったが、スライムならなんとかなるはずだとイヴェッタは気持ちを切り替えた。


「妻として、やはり、旦那様に手料理を振る舞いたいと思う心をどうかお笑いにならないでくださいましね」

「そうですね、食材が魔物でなければ私も何も思うことはありませんでしたよ」


 そもそも、ギュスタヴィアはエルフであるのでそれほど食事は必要ではない。300年封印されていた状態は酷い飢餓を齎すものでもなく、つい先ほど(ギュスタヴィア感覚)茶と乾燥させた果物を口にしたばかりなのであと数日何も口にせずとも問題はないのだ。


 が、イヴェッタは「折角ですから」と妙に楽しそうに嬉しそうに、魔物を鷲掴みにし、魔物の調理方法を考え始めた。


「旦那様、御存知ですか。スライムという魔物は見た目から水分が多いゼリー状の生物で食べるところなどないと思われがちなのですが、魔術をよく通し、魔力や他の物質に影響される面白い食材なんです」


 食材、と言い切るイヴェッタ。


「生息地域や捕食したものによって成分が色々異なるので、薬草を与え続けるとスライムの魔力と合わさって、少ない材料で質の良い回復薬を作ることができそうです」


 まぁ、しかし、実際のところ、スライムは雑魚だと思われがちだが、新人や素人からすれば十分脅威だ。


 刃物や打撃は一切通じず、魔力は通すが、通す、というのは耐えてしまえるということで致命傷を与えられるわけではない。スライムの弱点となるのは雷属性か氷属性の魔法・魔術でそれが扱えれば初級魔法でも倒すことが出来るけれど、魔力を持たない平民は魔法付与された高価な魔道具を使用し戦わねばならない。


 冒険者や素人が侮る魔物、駆け出し冒険者の死因上位は、ゴブリンだがスライムも並んで脅威であると愛読書の一冊『迷宮を舐めプしたら身ぐるみ剥がれました』には書いてあった。


「わたくし一人では仕留められませんでしたので、ギュスタヴィア様がいてくださってよかったです」


 さすが旦那様は頼りになりますね、と愛らしい顏で微笑むイヴェッタ。ギュスタヴィアも微笑んだ。


「刃物で切れない魔物を咀嚼できるとは思いませんが」


 指摘すると、イヴェッタは「そういえば」という顏をしたが、直ぐに「たいへんお強いギュスタヴィア様でいらっしゃいますもの。きっと大丈夫ですわ」などという全くもって無責任極まりない信頼を寄せて来た。




 


「あまり茶番を続けるのもなんですから、少し真面目な話をしましょうか」


 結局、ギュスタヴィアはスライムを食べてくれることはなかった。断固拒否という姿勢を崩さず、イヴェッタも嫌がらせがしたいわけではないので小一時間程の説得で諦め、二人は再び歩き出す。


 歩きながら、辺りは壁面に古代文字が刻まれた通路に出た。魔物の気配も暫くはないだろうとギュスタヴィアが言う。


「真面目な話」

「こうして行動を共にして、いくつかの疑問があります。私の質問に答えて頂ければ、貴方の質問にも答えましょう」


 それは良い提案だった。イヴェッタもギュスタヴィアに聞いてみたいことは山のようにある。頷くと、ギュスタヴィアはまず自分からいいだろうかと問うてきたので、イヴェッタは承諾する。


「ではまず、貴女の“引き金”の話から」

「引き金、ですか」

「はい。貴女自身は知らぬまま私だけが知って面白おかしく観戦しようとも思っていましたが、どうも、奇妙ですので」


 引き金、というのは、イヴェッタが気にしている「竜の鱗が出る条件」のことだろう。


「“切り花”というものは、並大抵のことでは死にません。が、死に至る条件があり、それは七つのタイプにわかれているとされます。「暴食」「淫蕩」「悲嘆」「憤怒」「怠惰」「嫉妬」「傲慢」このうちの一つの欲を強く持ち、神々の力を引き出した場合、鱗が生える筈です」


 ギュスタヴィアの知る限り、四体の竜は暴食、淫蕩、怠惰、嫉妬を司っていたので、残りは「憤怒・悲嘆・傲慢」の三つだ。イヴェッタは現在確認されている竜は六体だと言う。そうなると、残りは一席。


「貴女があまりに傍若無人なので、傲慢を当て嵌められているのかと思いましたが、開き直って神々の力をちょっと便利な道具扱いしても鱗が増えた様子が見られません。と、なれば「悲嘆・憤怒」のどちらかですが……それでは私の質問です。『過去の記憶を遡り、貴女が悲しみ、あるいは怒った時に誰か死にましたか』」

「まぁ、とっても、不躾ですのね」

「これは失礼。嫌いになりましたか」

「いいえ、今更ですもの」


 いつものようにイヴェッタは変わらぬ美しい笑みを浮かべた。


「ですが、ギュスタヴィア様。怒りと悲しみという感情は、わたくし同じだと思いますのよ」

「同じ、ですか」

「はい。悲しい、というのは自分が傷つけられるほど心が無防備になっていたからで、自分の心を傷つけられたら、怒りますよね」


 たとえば、酷い、と思う感情は自分が被害者であった場合と、自分ではない「誰か」が傷付けられた・蔑ろにしたと知った時、悲劇に見舞われたなど他人に対して思う感情がある。


 酷い、と悲しみ、そして、憤る。


「わたくし、ギュスタヴィア様が兄君様にこのような所に封じられたこと、兄君様のご事情もあるとは思いますけれど、正直申し上げて……酷い、と思っています」


 イヴェッタは、ギュスタヴィアを愛そうと受け入れることにした。そうして覚悟を決めると、やはりギュスタヴィアは兄を親愛していたとしか思えず、それが相手に届かず無残に心を砕かれたように感じる。


 どうして、と思う心があり、悲しく、そしてなぜ、と憤る心が沸く。


「私などに同情するのですか」


 これはこれは光栄ですねとギュスタヴィアが自嘲じみた笑みを浮かべた。お優しいことで、と続けられるだろう言葉を遮り、イヴェッタはギュスタヴィアの手を取る。血など通っていないのではないかと思うほどに冷たい手を握ると、ギュスタヴィアはじっとイヴェッタを凝視した。


「ご無念であっただろうと、そう、思いました」

「私の話などどうでもいい。質問の答えは、なんです」

「あります。過去に一度、わたくしが泣いて、怒って、人が二人、わたくしの目の前で亡くなりました」

 

 人間の目のないこの場所で、イヴェッタはこれまで誰にも言わなかった話を、しようと決めた。


「お待ちください、お待ちくださいませ、姫君さま、やぁっと、見つけましたぞ、姫君さまっ!」


 が、しかし、イヴェッタが己の心の中にしまい込んだ秘匿を詳らかにしようとするその前に、二人の足元をひょこひょこっと、何か、小さいものが歩き回る。


「お待ちくださいませ、お待ちくださいませ」

「なんです、これ」

「まぁ、可愛らしい。うさぎ、でしょうか」


 真っ白いシャツに紺色のベスト、白いズボンに小さな靴まで履いた、二足歩行している兎である。


 可愛らしい、とイヴェッタは微笑ましく思ったが、ギュスタヴィアは足元をちょこまかするその小動物を蹴り飛ばした。


「行きましょう、イヴェッタ」

「え、え……?あの、ですが」

「人語を解し人のように振る舞うものがまともなわけがありません。魔物でしょう。行きますよ」


 容赦なく、離れた後方の壁まで蹴り飛ばし、「ぶげらっ」と断末魔のようなものが聞こえた。再び歩き出そうとするギュスタヴィアは戸惑うイヴェッタの腰を抱いて歩き出すので、イヴェッタも立ち止まってはいられない。魔物、とギュスタヴィアが言うのなら、そうなのだろう。見目愛らしくして油断を誘う類のものかもしれない。


「お待ちくださいませ、姫君様におかれましてはご機嫌うるわしゅう。僕、この度、再度、後見の神が変わりましたことをお知らせに参りました。大変お探しいたしました。なぜルイーダ国にいらっしゃらなかったのです??お引越しですか?困ります、困ります、手続きをきちんとしてくださいませ!」


 が、再び黒うさぎが足元にじゃれつく。


「人の子の時間にして、十二年。愛の女神アロフヴィーナ様が姫君の臨時の後見をされておりました。しかしこの度、ルイーダ国第八代国王ヴィスタの本来の寿命が尽きましたので、再び、冥王様が後見に就かれます。おめでとうございます。お喜び申し上げます」


 じゃれつく黒うさぎは、イヴェッタに何か差し出そうと一生懸命背伸びをした。その仕草が愛らしかったので、イヴェッタは思わずしゃがんでそれを受け取る。


「まぁ、素敵な……指輪?」

「かしなさい」

「あ、ギュスタヴィア様」


 受け取ったそれは、銀色に輝く小さな指輪だった。青い宝石が付いている。ギュスタヴィアはそれをイヴェッタから取り上げると、掌で握りつぶした。


「次はお前がこうなる番だぞ」


 と、気の毒な小動物を脅す事も忘れない。


「まぁ、ギュスタヴィア様……こんなに小さな子に、大人げありませんよ」

「小さな子、ではありません」

「神様のお使いのようですし、乱暴はいけません」

「悪魔と神の違いなどありませんので、これは部類魔物で問題ないでしょう」

「問題しかありませんね」


 イヴェッタは怯える黒うさぎを抱き上げて、よしよし、と背中を擦る。


「後見の神、というのはわたくし、よくわかりませんでしたが……どういう意味かお話くださいますか?」


 黒うさぎは暫く怯えていたが、イヴェッタが丁寧にお願いすると、ギュスタヴィアを警戒しつつ、口を開いた。


「十二年前、ルイーダ国の王族が命を捧げて冥王様にお願いをなさったのでございます。姫君さまの周囲に死がこびり付いては不幸になると、姫君さまの後見を、死の権限がない他の神に、ご自身の残りの寿命分、交代してくださいと、願ったのでございます」




いつもありがとうございます。


全然関係ありませんが、コロナワクチン二度目の接種で高熱が出たタイプです。

(25日摂取→26~27日まで高熱)

これから接種される方、水分と睡眠は十分にとって臨んで頂きたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★書籍版公式ページはこちら!! 書籍、電子書籍と共に11月10日発売! コミックシーモアにてコミカライズ11月25日配信スタート!!

出ていけ、と言われたので出ていきます3
― 新着の感想 ―
[良い点] ・小一時間の説得。 ・なるほど後見交代。 [一言] 次話はタイトルからしてわくわくです。
[良い点] 試練の刻、愛が試される。 スライム料理か…。 彼女の信頼に答える第二次スライム料理戦を心待ちにしております。(試食者は交代可) 読んで楽しませていただいています。 ありがとうございます。
[良い点] ダ○ジョン飯方向へ迷走しなくて良かった! 「旦那様、御存知ですか。スライムという魔物は水分が多いゼリー状の生物で、鍋に入れて逃げられないように蓋をして火にかければ、簡単に締められるんです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ