8、聖女様現るッ!
「あなたね!クレメンス様に色目を使うよそ者!」
さて、無事にイヴェッタの冒険者としての認定試験が始まる、という矢先。
バン、と応接間の扉が開かれ飛び込んできたのは真っ赤なフリルのドレスに黄金の髪の美少女。吊り上がった目は敵意に燃え、応接間の中にいる人物を右から左と獲物に狙いを定めるように眺め、イヴェッタのところで止まった。
「お、お待ちください聖女さま!」
「突然困りますッ!」
「組合長がいらっしゃるまでどうかお待ちくださいッ!」
バタバタと続いて部屋になだれ込んでくるのは、神官に冒険者組合の職員たち。
困惑と疲労が浮かんだ顔で黄金の髪の美少女を部屋から連れ出そうとするが、ぴしゃり、と美少女が「無礼者!天罰が下るわよ!」と言い放つと皆、恐れおののき跪いて命乞いをする。
どうかご容赦ください、聖女様、と必死に乞われて美少女は満足げに鼻を鳴らした。そして彼らを部屋から追い出すと、再びイヴェッタの方へツカツカと歩み寄る。
「紹介状もなく街に行き倒れた浮浪者なんでしょう?お金を恵んであげるからさっさと出ていって頂戴。わたくしの街はあなたみたいな…………あなた、みたいな……ッ、ちょっと顔が奇麗だからって調子に乗らないで!」
「えっと、すみません、顔が奇麗で?」
平手打ちでもしようとしたのか、イヴェッタの胸倉を掴んで顔を自分の方へ向けた美少女は、うっ、と言葉に詰まり、罵倒なのかなんなのか分からない言葉を吐いた。イヴェッタもとりあえず謝罪し、首を傾げる。
「~~!バカにしてるわね!?あたしは聖女なのよ!」
「それは、おめでとうございます。神様がお選びになられたのですね。この街にとっても大変喜ばしいことかと存じます」
「そうよ!だからクレメンス様のお嫁さんになるのはあたしなの!そう決まってるの!なのに……クレメンス様は、あたしが聖女なのに、お兄ちゃんはクレメンス様の親友なのに……パパはこの街で一番の商人なのに……!どうして、クレメンス様はお嫁さんにしてくれないのよッ!」
美少女は、どうやら街で噂の聖女様のようだった。悔し気に顔をゆがませて、唇を噛む姿は見る者の胸をぎゅっと痛くさせる。イヴェッタも気の毒に思い、気を落とさないようにと励ましの言葉を考え口にした。
「クレメンス様は……貴族の方ですから、いかに裕福であろうと平民の方との結婚は難しいですよ」
「自分が貴族だったからってバカにしてるの!?」
「いえ、そんなつもりは」
「だから聖女になったんじゃない!聖女だったら、生まれが平民でも関係ないって言ってたもの!」
「……それは、どういう事だ?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ美少女の言葉に、冷ややかな声がかかった。
サフィールは眼鏡を神経質そうに持ち上げ、ソファに座ったまま街の聖女を見つめる。
そこで初めて、美少女はこの部屋にいるのが自分と気に入らない女だけではないと思い出したようだ。
「げっ、陰険眼鏡ッ」
「うるさいじゃじゃ馬娘。あなたが聖女だなんだという話は聞きました。昨日の、この街に降った奇跡。あまりにも大きすぎる突然の祝福の出どころがどこか不安でしたが。神殿側から、この奇跡は信心深い娘、メロディナ、あなたが神々に聖女として認められた故の贈り物だと発表がありました。しかし、今のあなたの言葉はどういう意味でしょう」
「い、意味なんてそのままよ!あたしはクレメンス様と結婚したかったの!だから必死に神様に祈った。そうしたら、神様があたしを聖女にしてくれたの。それなら、生まれがどうあれ、貴族に嫁ぐことだってできるでしょう!」
つまりメロディナが貴族と結婚できるように神々がこの街の全ての住人を回復させ井戸を甦らせ街を修復したとでもいうのか。
そんなバカげたことがあるかとサフィールは一蹴にしたかった。神々の奇跡だぞ。ただの小娘のちっぽけな願い一つのおまけで降るようなものじゃない。
が、現状この街の権力、神殿勢と商家はメロディナを聖女として祭り上げる用意があるのだと冷静に判じている。
ちらり、とサフィールはイヴェッタを見た。
このままでは、自分は冒険者組合の組合長、メロディナの兄、バルトルに勝てない。妹が聖女で、父が大商人、親友が貴族でこの街の領主の息子だなんてできすぎたあの脳みそが筋肉で出来ているような男に、この自分が負ける人生などもうごめんだ。
「はたして本当に、奇跡をもたらしたのはあなたでしょうかね、メロディナ」
「な、なによぅ!何が言いたいのよ!あたしだって言ってるじゃない!みんなそうだって言ってるもの!」
「みんな。なるほど、しかし少なくとも、そのみんなに私は含まれていませんね」
「別にいいわよ!あんた友達いないし!」
「泣かすぞ小娘。私は、こちらのご令嬢こそ、この街に現れた、神々に愛されし聖女様であると確信しています」
他国の神殿だが、そもそも神殿に国境はない。他国の王都に構えられているほどの大神殿の大神官が身元を保証し、そしてその直筆の紹介状にはイヴェッタが神に言葉を届ける事のできる稀有な神官の才能を持っていることが記されていた。
本当にイヴェッタが聖女かどうかなど関係ない。
ただ、今は、対抗馬を出せる。イヴェッタは自分の「支援」を受け入れると言った。今後もこの街での生活に便宜をはかるようにとの意味を込めての大金だと、先程の包まれた「お礼」の額からサフィールはそう理解している。
それなら、神殿や商人たちが聖女を担ぎ上げてくるのなら、自分とて同じことをして何が悪い。
イヴェッタにも悪い話ではないはずだ。メロディナが「聖女はクレメンスの婚約者になれる」と叫んでくれたおかげで、イヴェッタが聖女だと周囲を説得できればこの街の次期領主夫人となれる。サフィールはクレメンスの妻となる女のこの街の後見人だ。
悪い話じゃない。
やってやれないことはない。
サフィールは眼鏡を軽く持ち上げ、挑むようにメロディナを見つめた。
いつも出勤前に書いているのですが、今日は時間切れで短めです、申し訳ありません





