7、冒険者組合にやってきた!
翌朝、イヴェッタたちは朝食を終えるとルゴの街にある冒険者組合を訪れた。イヴェッタの身分証を得るために冒険者組合に登録するのが目的である。
イーサンは少し調べる事があると言い、早朝に出て行った。
ルゴの街の中心地にある冒険者組合はイヴェッタの目から見るとこぢんまりとした三階建ての建物だった。ダーウェからすれば立派な建物だという。
一階は入り口から入ってすぐに大広間。ここで冒険者たちが集まり情報交換や、壁に貼り付けられている依頼を吟味し仲間内で相談し合う。真っ直ぐ行けば二階に続く階段があり、その両脇には受付が設置されていた。冒険者の階級で「上位」「下位」と分かれているらしい。
「……たくさん、人がいるのね」
「そりゃ、これだけ大きい組合だからなぁ。ゼル、イヴェッタ。あたしから離れるんじゃないよ。タイランのじーさんもね」
「おや、わたくしめもお守りくださるのですか」
「当然だろ?」
ガラの悪い連中もいる。子どものゼルや美しい容姿のイヴェッタは絡まれやすいだろう、タイランは男だが老人だ。自分が守らなければとダーウェは表情を強張らせる。初めて訪れる組合は、最初が肝心だ。
品定めするような周囲の視線を感じながら歩くダーウェとは対照的に、イヴェッタは興味津々と瞳を輝かせる。
冒険者がこんなにたくさん!
イヴェッタは騎士や貴族であれば見慣れている。磨き上げた甲冑に、宝石やレースをたっぷり使ったドレスに、礼服。花のような香りを漂わせる人種の中で育ってきた。が、今ここにいるのは騎士が扱う剣や槍とは違い、見た目の美しさには一切頓着せず常に使用されることだけに目を向けた武器を、誰もが持っていた。
イヴェッタはダーウェの斧のことも、ひそかに興味を持っていた。ダーウェは大柄な女性ではあるが、女の身であんなに大きな斧を振り回せるのかと憧れた。
冒険者組合には男性も女性も丁度1:1くらいの割合でおり、女冒険者の装備は華やかさや愛らしさがあった。イヴェッタはこれまでドレスにはちっとも関心を持たなかったのに、彼女達の装備は「素敵!」とうっとりした。あまり見ては無作法だと思ったが、きょろきょろ辺りを見渡すのがやめられない。
と、このように変わった一団をルゴの街の冒険者組合に集まった冒険者たちは、彼らは彼らでまた、奇異の目を向けていた。
入ってきたのは大柄な女と少年。その二人だけならそう珍しくはない。見るからに冒険者と言う風貌だ。村で食うに困って冒険者になって下位の雑用で食いつないでいる者たちだろうと彼らの常識で計れる。
だが、続けて入って来たのは身なりこそ旅装束だが、明らかに貴族だろう少女。白い肌と真っ直ぐに伸びた背筋。傍らに執事らしい老人を伴い、明らかに場違いの場所で緊張することなく堂々としている。これは何か依頼をしに来たのではないかと彼らは想像した。通常、貴族が冒険者組合に依頼を出すことは、あるにはあるが、滅多にない。それのどれもが高額な報酬となるのであやかりたい者は多かった。一緒にいる姉弟の冒険者にはもったいない。
「下位の仕事なら、そこの壁にあるのを確認して」
ダーウェが受付に行くと、受付嬢は上から下までダーウェを眺め事務的に言い放った。上位の冒険者であれば愛想よくするが、流れの雑用係に愛想を振りまいて得はないとわかりやすい受付嬢である。ダーウェはこういった反応に慣れていた。なのでカウンターに凭れながら肩を竦める。
「登録に来たんだよ。知り合いが冒険者になるって言ってね。手続きはどうすればいい?」
「新規の登録は大銀貨30枚になるけど」
アンタの知り合いに払えるのかという目をする。登録費に大銀貨30枚(日本円で大ざっぱに30万円程度)半年ごとの更新で、更新料は階級ごとに異なる。まず金の説明をする辺りこの受付嬢は有能だろう。
『世界最強の冒険者におれはなる!』などと言って村を出て気負ってくる駆け出しや世間知らずは多い。冒険者組合は他人の夢を叶える支援をしている慈善事業ではない。まずはちゃんとある程度まとまった金を用意できるだけの計画性を持てという意味もあった。
「あー、そっか。そういうのがいるのか~」
受付嬢の前にいる大柄な女冒険者は「忘れてた」と頭をかく。それでもう後は帰って行くだろうと受付嬢は彼女の存在を無視しようとしたけれど、女冒険者はくるり、と後ろの方を向いて「知ってた?」と問う。
「はい。用意がありますので大丈夫です。あの、おつりありますか」
と、答えたのは涼やかな声だった。
旅装束の小柄な女性。まだ少女の部類だろう若い娘。白い手でコトン、とカウンターの前に置いたものに、受付嬢はびくり、と体を強張らせた。
「ひっ!?」
砂糖菓子でも差し出すかのような気安さで置かれたのは白金貨一枚。大銀貨1000枚分に値する大金だ。
「おつり……!?おつり!!?」
実はイヴェッタは、昨日の装飾品店では小銭(イヴェッタ基準)を持っていた。しかし風呂や宿屋の支払い(前払い)をして小銭が無くなってしまい、ここで初めて、神殿の大神官のお手伝いをして頂いたお小遣いを使用することになった。
「お、おつりですか!!?しょ、少々お待ちください……!」
受付嬢は慌てる。ダーウェが当然のように向かったのは下位の冒険者が使用する方の受付だ。そこの受付嬢は当然、日々自分が目にする報酬もそれほど高額ではない。白金貨など滅多に見る機会がなく、動揺した。
素早く引っ込んだ受付嬢が、次に戻ってきた時イヴェッタたちは二階の応接間に通された。そこでは飲み物が出され、当然のようにイヴェッタはソファに腰かける。
「……なんで登録するだけでこんな所に通されるんだ?」
自分の時は、もっとこう、ちゃっちゃか早かった気がする、とダーウェは首を傾げる。
「この街はそういう流儀なのでございましょう」
と、タイランはイヴェッタの後ろに控えながら涼しい顏で言う。タイランはダーウェを軽んじはしなかった。丁寧な言葉と態度を崩さない。
「っていうか、僕らまで……いいのかな」
ゼルは自分が子どもだからだろう。紅茶ではなく、柑橘類のジュースを前に出され飲んで良いものかと迷っていた。
イヴェッタといえば「紅茶は温かいうちに飲むべきですよ」と優雅にカップを持ち上げている。
丁度一杯分、紅茶を飲み切る頃に応接間の扉が開いた。やって来たのは黒髪に、神経質そうな眼鏡をかけた男性。組合長だろうか。どちらかといえば、経理をしている方が似合っていそうな青年は眉間に深い皺を寄せながら、一礼する。その後ろからもう一人、ローブ姿の魔術師風の男も入ってきた。
「ごきげんよう」
一礼を受けて、イヴェッタが微笑んだ。相手が言葉を発さずに頭だけ下げたので、こちらの発言を待ってるのだと空気を読む。
「ルゴの冒険者組合、組合長補佐をしておりますサフィールと申します。こちらは鑑定士のタルマ。この度は当組合に、ご依頼にいらっしゃったのではなく、ご登録ということでお間違いないでしょうか」
組合長補佐?
登録にわざわざ組合のトップクラスの人間が来るものなのだろうか。丁寧な組合だとイヴェッタは感心した。
「はい。そのつもりです」
「こちらはルイーダ国、水の神殿の大神官様より頂いた紹介状でございます。どうぞご確認ください」
イヴェッタは身分証のための紹介状の必要をすっかり忘れていたが、そんなこともあろうかとタイランは手配してくれていたらしい。国の縛りのない神殿勢力の大神官からの直筆の手紙に、サフィールが顔を引きつらせた。
「……失礼ですが、貴族の方、でいらっしゃいますな?」
「今は違いますわ」
「なるほど。そういうことですか」
何がそういうことなのかわからないが、サフィールは「わかっています」というような顏で頷いた。
「冒険者としての登録には先ほど受付の方で説明させて頂いた登録料の他に、認定試験があります」
「認定試験」
「当組合では、近くの遺跡調査ですね。冒険者としてある程度の基準を満たす実力を持っているかどうかを計ることが目的です」
遺跡まで行って帰ってこれる計画性と体力があること。遺跡周辺には下位の魔物がいるので、それらを相手できる実力があること。
「それほど難しい内容ではありませんが……たおやかな女性には、少々厳しいかと」
サフィールはイヴェッタの白く細い手を見て眼鏡をくいっと直した。
「ですので、これはあくまで……私の個人的な提案ではありますが……」
内心、ついに自分にもツキが回ってきた、とほくそ笑んでいる。
何を隠そうこの男。小悪党である。ルゴの街の冒険者組合の組合長は、豪快で器の大きい人格者。誰からも好かれその地位を望まれ憧れる存在だが、サフィールは大嫌いだった。目の上のたん瘤。同い年というのが尚更気に入らない。幼馴染でもあった。
その気に入らない腐れ縁の男、大商人の息子で、組合長に出世しただけでは飽き足らず、その妹がなんでも聖女としてこの度、この街に奇跡を齎した。お陰で自分は一生あの男の影に隠れて正当に評価されないのだと、サフィールは昨晩首を吊ろうかと思ったけれど、こうしてツキが回ってきた!
相手は何か訳ありの貴族の娘だろう。冒険者を夢見て世間知らずが家出か何かしたか。お付きの執事に、下位の冒険者姉弟は世間知らずな娘に同情するか何かして付いているのだろう。
白金貨をポン、と出せる財力とその価値を把握していないガバガバな金銭感覚。貴族の後ろ盾に、それにどうやら神殿とも縁があるらしい。
サフィールは平民で貧しい生まれ。勉強を満足に出来る環境などなかったが、人の好い幼馴染が使い古した教科書を貰って独学でここまで来た。何の後ろ盾もないが、ここでやっと、と、サフィールは野心に燃えている。
「特別な方には、特別に便宜を図ることが可能です」
「便宜」
「はい。通常、単独で試験に挑んで頂き、我が組合からは審査のため二人の人間を同行させるのですが、その際、ちょっとしたお手伝いをさせていただきます」
その二人に護衛をさせ、試験を合格できるように手伝わせる。ただ金を貰って裏口合格させるのは簡単だが、訳あり貴族の娘は自分で冒険者になりたいと志したのなら「冒険がしたい!」などと乳臭いことでも考えているのだろう。それならその冒険心を満足させてやりつつ恩を売る。
「もちろん無料というわけではありません。登録料の他に、支援費としていくらかいただきますが……」
いくらくらいが妥当だろうか、とサフィールは緊張する。大銀貨5枚くらい追加しても大丈夫か。それとも10枚……それは欲張り過ぎか。さじ加減がわからず言葉を濁すと、目の前の美貌の少女はすぅっと目を細めた。
「それは、不正ではありませんか?」
イヴェッタは、そう言おうとして黙った。
これは、もしや……久しぶりの茶番、なのではないだろうか!?
冒険者組合の組合長補佐という素晴らしい身分についている方が、このような不正の提案をしてくるわけがない。見たところとても真面目で勤勉そうな青年だ。イヴェッタはかつての学園生活を思い返した。生徒会にこういうタイプの方がいた。真面目で曲がったことが大嫌い。イヴェッタが王子の婚約者として社交的に振る舞わず、周囲と距離を置き、また王子に寄り添うことをしないでいることを、よく責めてきた。そういえばあの卒業式の後の婚約破棄騒動の時に王子の側にいたな、と思い返す。神経質そうだったので、今後ハゲたりしないか心配だ。
まぁ、それは今はさておき。
さて、この目の前の状況に戻ろう。
組合長補佐ともあろう御方が、不正を勧めるわけがない。と、いうことは、これは面接なのではないだろうか!もしや、これは既に試験が始まっているのではないだろうか!
(まぁ、素敵!)
イヴェッタはわくわくした。冒険者というのは依頼を受ける際に、依頼主と話をすることもあるらしい。ということは、難しい対応や相手の言葉の裏を読む能力も必要なのだろう。
試されている。
イヴェッタはぎゅっと、掌を膝の上で握りしめ、微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます。不安がありましたので、そのようにご配慮いただけますと助かります。お礼はこちらでよろしいでしょうか」
そっと、タイランに目くばせをすると心得た執事は懐から布で包んだものを取り出し、テーブルの上に乗せる。
こういう時の相場がわからないが、タイランはうまくやってくれるに違いない。
イヴェッタはこれが、組合からの試験で、そして依頼だと考えた!
自分のような素人を遺跡に向かわせて死んだら死体回収が大変なのだろう。なので護衛を付けてくれると言う。
その護衛はきっとチュートリアル的なことをしてくれるのだろう。一緒に行動して、冒険者としての心得や基礎的なことを教えるための、教官を派遣する、と言ってくれているのだ。
イヴェッタは暗に人件費を払えと言われたのだと考えた。人と二人、それも護衛が出来る腕を持つ者をイヴェッタのために確保してくれるのだ。感謝してもし足りない。
これは不正ではなく、組合として面倒を避けるため。組合に迷惑をかけない配慮ができるか、という試験だ!
「…………え」
布に包まれたものを確認したサフィールが目を見開き、そして硬直した。「ヒッ」と軽く喉から悲鳴のようなものを上げ、バッ、とイヴェッタの顔を見「正気か」とでもいうような目を向けてくるが、それはまぁ、気のせいだろう。
「さて、それじゃあ、わしのほうでさっさと鑑定しちまいましょうかねぇ」
硬直するサフィールを放って、タルマという魔術師風の男が声をかけて来た。中年の、中肉中背な男は水晶玉を取り出してテーブルの上に置く。
冒険者に成る者の能力を鑑定して、冒険者登録の際に一緒に記載するのだという。
「まぁ、あくまで体力とかの大ざっぱなものとか、あとはお貴族様なら魔力値と、家門を守護する神さまの加護とか、珍しいものも見れるかもしれないねぇ」
ちょっと期待していると、とタルマは笑った。
イヴェッタは水晶玉に手を翳して、少し目を閉じるように、と言われる。その通りにしようと、水晶玉の方に手を伸ばし、パリンッ、と水晶玉が砕けた。
「あら、ごめんなさい!」
わざとじゃないのよ、と言おうとして、イヴェッタはタルマの異変に気付く。
「あの……」
「わ、わしは……ッ」
カッ、と目を見開き、立ち上がって震え、タルマはテーブルの上に乗りあがって両手を胸の前で組んだ。
「何も見ておりませぬ何も見ておりませぬ何も見なかったえぇええわしは何一つ気付いておりませぬ見ておりませぬあぁあどうか神よお見逃し下さいませわしは何も見ておりませぬぅううぅううあぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
ダンッ、とタルマが部屋から飛び出した。
「お、おい、タルマ!?」
硬直していたサフィールも、部下の異変に気づき名を呼ぶ。が、タルマは帰ってこなかった。バタバタと階段を転げ落ちる音がし、それは遠ざかって行った。
「……まぁ、ヤツも歳なので……」
「そ、そうですか……心配ですね」
お大事に、とイヴェッタはあたりさわりのないことを言い、サフィールはイヴェッタの基礎能力はこちらで平均的なものを記載しておくので心配ない、と言ってくれた。





