10、黄金魚のロール蒸し
さて、とイヴェッタは喜々として魚を捌きにかかった。黄金の鱗はもろく、包丁の背で直ぐに剥がれる。これはこれで売ったらよいお金になってくれるだろう。
大きな魚は骨が太く切りにくいが、鍛冶の神に祈りを捧げて鍛えて貰ったイヴェッタの調理包丁は良く切れる。
大きな身をまずは三枚におろし、一センチの厚さと十センチほどの長さに小さく切り分けていく。本来ならカジキマグロなどを四枚におろして作るが大きな魚なので一枚一枚短冊でも作るような作業だ。
ゼルが料理を覚えたい、と言ってくれているのでその間にイヴェッタは玉ねぎや香草を四センチほどの長さに千切りにしてもらう。野菜は保存のきく玉ねぎはひとかかえ程荷物に入っていて、香草やノビルなどはその辺を探していると大体生えている。
なぜかゼルは「生えてないよ!?」と言っていたが、生えている。子供の頃からイヴェッタは花や薬草などを見つけるのが上手かった。
学園内でも課題で育てていたマンドラゴラを心無い同級生に台無しにされて、悲しんでいた時、ふと学園の芝生に目を落としたら野生のマンドラゴラが生えていた。とても質の良い野生のマンドラゴラだったので丁寧に引っこ抜いて教師に提出したら大変喜ばれた。
もしや、気付いていなかったけれど、これは中々冒険者として使える才能ではないだろうか。ダーウェたちは薬草採集などの依頼を受けているようだし、とイヴェッタはまた嬉しくなる。
上機嫌に鼻歌など歌っていると、ゼルが「えっ!?手元が光っ、え!!?」などと驚いているが、歌っていると神々が祝福の光を下さるのは珍しいことではない。
「私は水の神殿に仕える神官になる予定だったの。だからこういう風に、神官だったら祝福を頂くことがよくあるわ」
「祝福ってそういう感じにポンポン出てくるもの!?」
「光って綺麗なだけで何かあるわけじゃないわ。暗い所とかだと便利よね」
「なぁ~、そろそろ腹減ったんだけど~~」
「あっ、ごめんなさいダーウェ。そこの木のイチジクでも食べていてくれる?」
調理に参加する気のないダーウェは石を積んで竃や、食べるための場所作りをしてくれたので体力が減っている。ぐぅ、とお腹を鳴らす彼女が、子どものように思えたイヴェッタはくすり、と微笑んだ。大きな体を持つダーウェだが、そういえば歳はいくつなのだろう。素直で明るい彼女は姉としてゼルを守ろうと大人びた顔をすることはあるけれど、よく見ればまだ顔に幼さが残っているようにも思う。
「イチジク~?あ、ほんとうだ。運がいいな!」
「あったっけ!?さっき、こんなところにイチジクの木とかあったっけ!?」
「あるんだから、あったのよ。ゼル、次はねこのお魚の身に塩コショウと、チーズを乗せて千切りにした野菜をぐるっと巻き込んでしまうの」
短冊状の切り身はいくつもできたので、二人いても巻くのは大変だったがゼルは手際がよく、また器用だったので思ったより早く終わった。
あとはバターをたっぷり入れた鍋の中に魚のロールを入れて白ワインで蒸し焼きにする。
「大体7分から10分くらいね。本当なら仕上げに生クリームを入れて塩コショウで味を調えたソースを作るんだけど、生クリームはないから」
残念、と私が言うと、ゼルがバッ、と周囲を見渡した。
「どうしたの?」
「……いえ、生クリームが突然現れないかって……」
「もう、ゼルったら。そんなおかしなことが起こるわけないじゃない」
子どもらしい発想だと笑うと、ゼルは微妙そうな顔をした。
その間にパンを切って軽く表面を焼き、まな板や調理道具を洗っているとダーウェが「これ剥いてくれよ」とイチジクを持ってきた。
「さっき川の水で冷やしたから、イヴェッタでも食べやすいと思うよ」
ダーウェはそのまま皮を剥いて食べるが、お行儀のよいイヴェッタはちゃんと冷やしたものをお皿に盛って食べたいだろうと気を回してくれたらしい。
「ありがとう」
お礼を言うとダーウェも笑う。そして少し空腹感が紛れたのか、敷物の上に胡坐をかいて座り、漂う魚の良い匂いにわくわくと体を揺らす。
三人で少し話をしていると、蒸し時間はあっという間に過ぎた。鍋の蓋を開け、魚のロールを大皿に移すと鍋の中に残った汁を少し火にかける。魚の脂と白ワインは乳化して白くなり、そこに香草の香りも移っていとても美味しそう。味見をすると想像以上に素晴らしい出来だ。
「さぁ!食べましょう!」
「よぅし!ゼル、熱いからな。火傷しないように」
「姉さんこそ勢いよく食べて咽ないでよね」
わぁっと三人は昼食にありつく。一個が随分と大き目なのでイヴェッタは一つ食べパンを一欠けらで十分お腹いっぱいになった。そしてダーウェがよく冷やしてくれたイチジクを食べて姉弟を眺める。
「作ってるところからなんだかお上品な味かなって思ったけど、美味いねぇ!気に入った!」
「この野菜を細く切ったのがいいんだと思う。姉さん、ぼくが切ったんだよ」
「へぇ!アンタ頭が良いだけじゃなくて料理の方も才能があるんじゃないかい?」
ダーウェは豪快に、大きなロールをパクパクと二口で食べてしまう。作り過ぎたかと思ったけれど、二人はよく食べてくれた。
その間に洗い物をやってしまおうとしていると、ダーウェが手を振る。
「片付けはアタシがやるから。そのままでいいよ」
「でも、火の用意もしてもらったのに」
「いいよ。作って貰ってばっかりじゃこっちが悪い。こういうのは持ちつ持たれつってやつだよ」
「持ちつ持たれつ」
聞きなれない表現にイヴェッタは目を丸くした。が、悪い響きではない。
「それじゃあ、お願いしてもいい?私は食後のお茶を淹れるわね」
「うん、頼むよ。あたしはあれがいいな、ほら、昨日淹れてくれたなんか泥みたいな」
「珈琲ね」
ふわりとイヴェッタが笑うとダーウェがにんまり笑った。
「すっかりお嬢さま言葉が抜けてるし、笑う顏も作り物めいてなくてよくなったね」
「そうかしら」
「そうだよ。そっちのほうがグっといいね」
アーン、と大きな口を開けて魚を食べながらダーウェが言う。ゼルも「うん、そうだよ」と相槌を打ってくれた。
イヴェッタは少し、恥ずかしくなる。ぽっ、と熱くなる頬を両手で押さえて、しかし口元は吊り上がっていた。嬉しい。
……嬉しい?
心の中が温かくなる。今の自分が、イヴェッタはなんだかとても、ダーウェの言葉を借りるなら「いいね」と言える。
「リンゴがあったら……食後のデザートに、リンゴのケーキとか、作っちゃおうかしら……?」
「ないよ!!リンゴの木はなかった!!なかったよね!!」
ぽそり、と呟く。イチジクの木もあったのだし、リンゴの木もあるのではないかと思った。リンゴのケーキはイヴェッタの得意なお菓子だ。ダーウェとゼルに食べて貰いたいと思っていると、ゼルが「残念だけど!すっごく残念だけど!!」と言いながらリンゴの木がないことを教えてくれる。
「リンゴか~、そういえば暫く食べてないねぇ。でもあれはもっと北の方の果物だし、次の街で手に入ったら、そのけーきとかいうのを作っておくれよ!うん、次の街の楽しみができた!」
あっという間に魚料理は食べつくされていて。ダーウェは大皿に残ったソースをパンにたっぷりつけて最後までじっくり堪能してくれている。
なるほど、そういう「次の楽しみ」という考え方もあるのか。
確かに、それは素敵だ。
次の街にどんな食材があるのかイヴェッタも楽しみになった。
豆を挽き、珈琲の用意をしながら鼻歌を歌う。
「また……!また……!!光ってる……!」
ゼルがなぜか体を震わせているが、寒いのだろうか。温かい珈琲にたっぷりお砂糖を入れて出してあげようとイヴェッタは思った。





