執事がやって来ました。
「ジーク・フロイセンと言います。宜しくお願いします」
銀色の髪に紫の瞳の美しい男性が私の前で丁寧にお辞儀をして微笑んだ。
時を遡ること一月前____________________……
「あの、姫様…リリアン様…実は私、結婚することが決まりまして……」
ある日3時のお茶を第二王妃(アウルの母)であるリリアン様としていると、メルが突然そう言った。
「まあ!おめでとう!!メル!!」
「あ、ありがとうございます」
私は立ち上がってメルに抱きついた。
ずっと私のメイドをしていてくれたメルだったから、凄く嬉しかった。
リリアン様も羽のついた扇子を広げて切れ長の瞳を優しげに細めた。
「そうなの。おめでとうメル」
「ありがとうございます、リリアン様」
嬉しそうに頬を染めるメルにじんわりと私も心が温かくなるようだった。
「それで、その…………お話がありまして……」
「うん、何?」
「彼の実家が自営業なので、私も嫁入りと同時にそちらのお店をお手伝いすることになったんです…」
メルは哀しそうに俯いた。
つまり、メルは私のメイドを辞める事になったのだろう。
「……そう、とても残念だわ」
「あ、あの!私やっぱり結婚は止めて姫様の……!!」
メルは優しい子だからいつだって自分を犠牲にして私のことを思ってくれる。
でも、
「ありがとうメル。でも、わたくしのためにあなたの幸せを犠牲にしないで」
「姫様……」
「あなたの笑顔がとても好きなの。どんなところにいても、あなたが笑っていてくれたらそれだけでわたくしは嬉しいから」
メルはポロポロと涙を流した。
大好きなメルと離れるのはとても辛い。
だけど、私が彼女の幸せを奪うわけにはいかない。
「それならば、コーデリア様には替わりの者が必要ですね。わらわの遠縁に丁度良い子がいるのだけどどうかしら?」
私たちの姿を微笑ましげに見ていたリリアン様は紅茶を飲みながらそう呟いた。
「リリアン様、私がこんなことを言うのは無礼である事は承知しておりますが、どうか姫様につける侍女は特別有能な人にしてください!」
「メル……」
「姫様はとても繊細な方なのです。そこを考慮出来ないような者は後任にしたくなどありません」
力強く言ったメルにリリアン様はコクリと頷いた。
「特別、素晴らしい子だから大丈夫よ」
その一月後、メルは荷物を纏めて王宮を去っていった。
そして、今日私の前に現れた青年の隣にはリリアン様が立っている。
「あの……コーデリア殿下?」
いつまでも反応しない私にジークという青年は小首を傾げた。
「あ、えっと…わたくしは……てっきりメイドが来るものかと……」
「あら、わらわは一言もメイドなんて言っていませんよ」
愉快そうに笑うリリアン様はしてやったりと思っているみたいだ。
「リリアン様、私の事をお話にならなかったのですか」
ジロリとジークに睨まれたリリアンはそれに対して笑顔を向けた。
「だって話してしまったら面白くないではないの」
リリアン様は毎日代わり映えしない後宮に飽き飽きしていたようで、その憂いを晴らす道具として今回のジーク配属を思い付いたらしい。
リリアン様はおいくつになっても悪戯が好きなのよね……。
はぁと溜め息を吐いたジークはコーデリアに頭を下げた。
「申し訳ありません王女殿下。この人の悪戯に付き合わせてしまって……」
リリアン様は王妃であるのに『この人』なんて呼び方出来るなんて……二人は相当仲がいいのね。
「いえ、別にそんな……わたくしもリリアン様に確認をしませんでしたし…。それにわたくしはメイドでなくても構いません」
私を見つめる紫の瞳が綺麗で恥ずかしくなり少し顔を逸らした。
「あなたが嫌でなければ、わたくしの執事になってくださいませんか?」
チラリと視線だけ彼に向けるとぷっと吹き出した彼は私の言葉に眉を寄せて笑った。
「はい、こんな私で良ければいくらでもお使いください。」
これが私とジークの出会いだった。