第1話 残り寿命は20000文字
親愛なる勇者様
退院されたようですね。
おめでとうございます。
さて、いきなりで申し訳ないのですが――――
ゴメンなさい!
やらかしました!
実はあなたを記憶持ちとして転生させることは神界の法律のあちらこちらに引っかかる話だったらしく、いま私めっちゃ怒られてます。
この仕事はじめてまだ三十年くらいしか経ってないんだから甘く見てほしいんですがね、ヘッ。
まー、そのこと自体の罰は私が怒られるだけで済んだんですけど、面倒な手続き関連をすっ飛ばしてたら寿命の設定がおかしいことになっちゃいまして――――
早い話、あなた『20000文字以内』に死にます。
この20000文字ってのは神時間と呼ばれるものでしてあなたの人生を物語とした場合に記載される文字の量です。
この神時間が厄介なのは通常の時間と違って進み方が一定でないということ。
たとえば「あれから50年が経った」といえば50年経過しますが、すごい緊迫感と雑念の中で麻雀してたら一晩のうちに10万文字余裕だったりします。
せっかく転生させたのにあんまりだ!
と知り合いの邪神に泣きついたところ解決方法を授かることに成功しました!
それは、
「寿命が尽きるまでに、つまり20000文字が経過する前に恋人を作る」
ということです。
理論はややこしいのですっ飛ばしますが、早い話、20000文字以内に恋人を作っていればあなたは死にません。
わかりやすくいうと恋人を作ることを20000文字に達するまでに行わなければならないということです。
くれぐれも20000文字経過したらどうなるか試そうとしないでくださいね!
試そうとしないでくださいね!
大事なことなので二度言いました!
いやー、それにしてもあなたの転生を忖度していたのがバレちまったのは想定外です。
記憶を受け継ぐだけであなたの勇者としての身体能力や魔術は一切引き継いでおらず、転生先も飛び降り自殺未遂かました気弱な中学生と目立った才能の持ち主でもないのに。
私が他の仕事そっちのけであなたの転生後の生活を監視したりしていたのがマズかったのかもしれませんけど……
うちの上司は目ざといですね。
邪神さんの下は自由そうで羨ましいです。
配置転換希望しようかなあ……
と、いうわけですが頑張ってください。
期待しています! 勇者様!
『いつもあなたのおそばに❤️』女神アシスタ
追伸
そっちで放送中のアニメ「アンドロイドはバズらない」ですが欠かさず視聴してください。
あなたの監視を通して私も観れますので。
原作既読組ですが先の展開が気になります。
アニメではマリアの背中の伏線を張っていないようですが大丈夫なのでしょうか?
◇◆◇
……話がうますぎると思ったんだ。
俺の人生に良いことなんてほとんど無かった。
あったかもしれないけど霞んで消えてしまうくらい不幸と悲劇に彩られた悪夢のような人生だった。
秩序ある科学文明じゃなく剣と魔法を象徴とする戦乱の終わらない混沌の世界。
どうしようもない貧富の格差を承認する階級社会。
あってないような法律や倫理観。
魔物や疫病による死と隣り合わせの生活。
そんな世界で二十五歳までの人生全てを捧げて魔王討伐に成功したにも関わらず、勇者として持て囃されたのもほんの一時で、同じ人間に迫害されかつての仲間に命を狙われてその子らにも「お前を殺すことこそ一族の悲願!」とか言って襲われる。
五〇手前で洞窟に閉じ込められた挙句、毒虫を喰ってしまいのたうち回って餓死する。
最後の一瞬まで心休まる時はなかった。
だからあのアシスタとかいう女神様が俺の魂を救済し、「平和な世界に転生させてあげる」と言ってくれた時、心の底から彼女を崇めた。
……その結果がこれか。
そもそもなんだよ神時間って……
俺は慣れ親しみのない自宅の玄関で女神様からの手紙を握りつぶしながらうなだれた。
だが……いつまでもへこたれているわけにはいかない。
逆境も理不尽も絶望も慣れっこだ。
なんてったってあの悲惨な前世を50年近く生き抜いたんだから。
まずは状況の整理だ。
俺がこの世界で初めて意識を持ったのは病院のベッドの上だった。
両足の単純骨折と頭を10針程縫う裂傷なんて軽傷であったにも関わらず、まるで重症患者を扱うように手厚く看護してくれていた。
だが、それはこの国では当たり前のことなのだ。
意識がしっかりしてくると次第にこの身体の前の持ち主の情報が記録文書のように蘇ってきた。
朽木運命というのが今の俺の名前。
珍しい……というかかなり恥ずかしい名前らしい。
母親が難産を終えた時の異常な興奮状態で名付けたというが、この名前が理由でからかわれたりすることも多かったので本人は気に入っていなかったようだ。
俺は悪くないと思うがね。
前世の幼少時は名前がなくて数字で呼ばれてたからな。
さて、このニッポンという国の平凡な家庭で一人息子としてすくすく14歳まで育ったサダメがどうして入院する羽目になったのかというと学校の屋上から落っこちたためだ。
クラスメイトとふざけあっている時の事故……という扱いになってはいるがこのサダメの身体に残された記憶を読める俺だけは知っている。
サダメは自ら命を断とうとした。
加害者は同じ中学校の同級生の男子グループ。
髪の毛を染めたり、タバコを吸ったり、バイクを乗り回したり、不良と呼ばれる輩だ。
彼らは学生という身分でありながら勉学に勤しむことなく、教師には反発し、授業は寝るかサボるかしかしていないのに何故か学校にはちゃんと来ていた。
そして学校にいる間の娯楽としてこのサダメにありとあらゆる危害を加えていた。
件の屋上落下事故の原因となった遊びもその一つ。
まず、屋上を囲む柵の外に出る。
地面に向かって後ろ向きに倒れながら拍手をする。
バランスを崩して地面に落下してしまう前に拍手するのを止めて柵を掴んで身体を引き止める。
こういう遊びだ。
一昔前の映画であった度胸試しらしいが、サダメは一人でこれをやらされていた。
そして一定の回数をクリアしないと罰ゲームと生じて様々な苦痛を味合わせられるのだ。
肉体的にも精神的にも追い詰められていたサダメはなにもかもがバカバカしく、どうでもよくなってしまっていたのだろう。
柵を掴もうと手を伸ばすことなく、宙に身を投げ出したのだ。
彼の通う中学校の校舎は五階建て。
打ち所が悪くなければギリギリ助かる高さだったのが幸いした。
その事故が起こったのが6月の下旬。
結局1ヶ月の入院となり、ちょうど1学期の終業式を迎えたタイミングで俺は自宅に戻った。
14歳の子どもが、しかもこの異常なほど平和な時代の豊かな国で何不自由ない暮らしのできる者が自殺だなんて馬鹿げている。
前の人生をハードモードで過ごした俺からすれば勿体なくて仕方がない。
だからサダメの取った行動については、同情なんてしないしお前がいらないなら俺がお前の身体を使って人生を謳歌してやる、って心持ちだ。
だが……サダメの気持ちが全くわからないわけでもない。
平和な時代の豊かな国だからこそ、不幸に落ちていく我が身を呪う気持ちも強くなる。
地を這う虫のような暮らしをしているとお日様を浴びながら楽しそうに生きられる人たちを見るたび自分の惨めさを痛感させられるのだ。
だから俺は入院中から決めていた。
この身体を使って人生を謳歌するにあたってまずやっておくべきこと。
それは――――サダメに行われているイジメの解消。
サダメは今中学3年生。
夏休み明けから数えると卒業まで半年ちょっとしかない。
だが、その間にサダメが失った尊厳とやらを取り返してやるのだ。
それができなければ俺にこの身体を使う資格はない。
前世において勇者としての功績があったからこの世に転生させてもらえたのだ。
そんな俺が一人の子どもの魂を救わずのうのうと生きるわけにはいかない。
まー……あの女神様の落ち度で残された時間は限られているみたいだが、恋愛なんて後回しだ!
そもそもいじめられっ子の状態で彼女なんてできるか!
この時代の文化風習は知識として頭に入っているから今の俺が底辺と呼ばれる状態にいることも分かる。
どちらにせよ、今の状況を脱却しなければ先なんてない。
自室の扉を開けた。
デスク、ベッド、衣類タンス、自分専用のパソコン、マンガの詰まった本棚……
一ヶ月以上も帰っていなかったのに整然と整理され、埃がほとんど見つからないほど掃除されている。
おそらく、母親がやってくれたのだろう。
学校でのイジメのストレスから彼女には八つ当たりばかりしていたのに……
清潔なデスクに手を置いて呟く。
「毎度、母親運は悪くないんだよな」
前世の母は俺が五歳の頃に亡くなった。
村を襲った魔物の襲撃から俺を庇うようにして。
……いかん、感傷に浸っている場合ではないな。
「よしっ! やるぞ!
まずは夏休みの四十日間で徹底的にこの身体をレベルアップさせてやる!」
今度の人生こそは幸せに生きる!
たとえ女神様の手違いで呪いみたいなものに縛られていたとしてもだ!
女神アシスタ
『現在の神時間の経過は3,616文字!
残り16,384文字です!
身体の持ち主の無念を晴らそうだなんてさすが勇者様ですね!
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では、また今日の夕方ごろお会いしましょう!』