回想ノ二 牛若丸
桜が散る中で、少年がひとり残っている。
鞍馬寺の稚児であった。僧たちに連れられて花見に来たものの、興が醒め明日にしようとなり、この場を去っていった。
彼らをしてその場を去っていった理由は、少年の目の前にある。
見窄らしい袈裟を身にまとった山伏だった。
「ともに花を見ましょう」
少年はそう言った。山伏はその言葉に、少年の真摯さを感じた。同時に、鞍馬寺の華やかな者たちとの違いに、哀愁を抱く。
「なぜ、ここに残ったか」
山伏が問えば、少年の瞳は昏く輝く。煌々と燃える炎を思わせたが、それは人が暖をとり、暗闇を照らすものではない。
まどわせ、狂わせ、恐怖させる炎だった。
危うい、と思いながらも、山伏はその炎こそが何者かのすくになるように思えた。
「彼ら稚児は平家の生まれ。この花見とて、彼らの機嫌取りに過ぎません。しかし私は彼らとは違うようなのです」
平家でなければ人にあらず、などという戯言が発されたのはこのころだったか。
その中で、少年が仲間外れとされているのであれば、出生は明らかだった。
夕暮れの鐘が鳴った。斜陽の光が少年と山伏の顔を照らす。
「鞍馬寺にも花の名所はある」
何もここまで降りて来ずとも、よく桜を鑑賞できる場所はあるのだ。誰もが気味悪く思い近づかないだけで。
山伏は御所より北東にある鞍馬の山々の一角を指差した。
「人には立入ることができぬ場所だが、おぬしにその意思があるならば、踏み入れることも叶おう」
「あなたはいったい」
少年が問いかける。山伏はにやりと笑う。
「さて、人は私を天狗と呼ぶが」
桜の花びらが舞った。それは山伏を包んでいき、少年の目から隠す。
「私は、私は!」
少年が花の向こうへと叫んだ。その名を刻みつけるように。
「私の名は遮那王! いいや、牛若丸だ!」