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第四話 オカルト研究会

 文化棟は大学のサークルが集まる場所であった。一万近くの学生を集める北海道学園大学にある文化系サークルのうち、五○にも及ぶサークルがこの文化棟に拠点を構えている。

 磯野が所属しているオカルト研究会は、そのうちの三階中央に位置している。


「お疲れ様でーす! ……なんだ、磯野か」


 いつものようにソファに腰掛けていると、勢いよく扉が開けられた。そこから現れたのは、磯野と同じくオカルト研究会の部員である怜だった。

 黙っていればそれなりに可愛いが、内面と外面とのギャップ、さらにいえば、外ヅラと内輪の落差がヒマラヤほどある彼女は、磯野にとって敵とも言える存在であった。


「なんだとはご挨拶だな」

「他のみんなは?」


 磯野の言葉には答えず、怜は言った。さほど広くない部室であり、隠れられるスペースなどどこにもないにも関わらずきょろきょろしている。


「柳井さんは学生部に行ってる。千尋は家で急な用事があるらしくて、榛名はSF研でオフセだと」

「で、女子高生組は夏期講習か。やーい、磯野ぼっちー」

「うるせえ」


 誰もいないことは確かに想定外であったが、八月の猛暑から逃れられる場所として部室は最適だった。ひとりでのんびり過ごすのも悪くないと思えるほどに。

 磯野はそこで怜の後ろにいる人物に気づく。

 背丈は怜と同じ程度だろうが、高校の制服を着ている。しかし、ワイシャツにズボンだけではどこの学校かは判別はできない。少なくとも磯野の母校や、大学近隣の高校ではなさそうだった。

 おそるおそる出てきたその高校生は、磯野を見るとぺこりと頭を下げる。

 あまりコミュニケーションが得意な方ではなさそうだが、礼儀正しい印象を磯野は抱く。そして顔立ちは整っており、特に年上からの受けは良さそうだ。

 そこまで考えると、磯野は口に手を当てる。


「まさか怜、あまりに男に縁がないからって、ついに高校生に手を出したのか……」

「んなわけあるか! それに、高一ならセーフでしょ!」

「アウトだよ! ゲームセットだよ!」


 などと言い合うと、高校生は困ったような顔を浮かべている。

 初対面ながら、身内のノリが全開だったのはさすがに印象が悪いかもしれない、と磯野は姿勢を正して、高校生に挨拶をする。


「ああ、悪い。オカルト研究会の部員の磯野だ」

「葉沼吉暉です。ええと、今日はその、見学に来たんですけど」

「見学って……ああ」


 ようやく、磯野は夜中にSNSのグループに入っていたメッセージを思い出した。昼過ぎにアルバイト先の学生を連れてくると怜が言っていたが、それが吉暉のことであるとここで理解する。


「すまん、怜はいつもこんな感じなんだよ」

「一言多いっての」


 怜はそう言いながら、磯野をソファから追い払った。客人が来るといつもこの調子であるので、磯野も慣れた様子で脇にあるサークルチェアに座った。


「バイト先って、日本民俗の研究だかのNPOだろ? 高校生もやってるんだな」

「知り合いのツテで、手伝ってまして」


 怜に代わって吉暉が答える。受け答えはしっかりできるから大丈夫だな、などと年上ぶったことを考える。

 オカルトというのは、その性質からして、あまり明るみに出せるものではない。オカルト研究会のメンバーは映画などの創作物や、入部してからの活動で好むようになっていく者が多かったが、他のオカルト関係の部活動は時に妖しい雰囲気になってしまうことがあると磯野は聞いていた。

 そうこうしているうちにもうひとり、オカルト研究会の部室へと入ってくる人物がいた。


「千代田、もう来てたか。すまんな、遅れてしまって」


 そう言いながら入ってきたのは、ぼさぼさの髪にメガネというスタイルで現れた人物であった。頭を掻きながら登場したが、吉暉の姿を見ると眉をひそめる。

 だがすぐに微笑を浮かべると、吉暉の前に立った。合わせて吉暉も立ち上がる。


「オカルト研究会の会長をやってる柳井だ」


 そう言って、柳井は左手を差し出す。「葉沼です」と名乗りながら、吉暉はその手を受け取り握手をした。


「千代田から話は聞いているよ。あのバイト先なら、オカルトの分野も興味深いだろう」


 知ったように言う柳井であったが、磯野の目から見てその様子はあまり喜ばしくなさそうだった。


「学生部で何かあったんですか?」

「ん……ちょっとオカルト部がな」


 オカルト部、というのはこの大学にある、もうひとつのオカルトサークルだった。そちらの方が規模は大きく、サークル旅行を兼ねた怪談現場への訪問などを行うことが人気であったが、その分だけ問題行動も多い。

 尤も、『甲府の惨禍』から始まる怪獣事変によって、その活動は大きく自粛せざるを得なかった。

 妖怪という存在が明るみに語られ、多くの伝承が事実であるかもしれないと語られているいま、学生が気軽に踏み入れていい領域ではなくなってしまったのだ。


「あっちはここのところ、宇宙人に興味が移っているらしい。モエレ沼公園で何やら騒いでただとかで、こっちにも飛び火してるんだ。……どうした、苦虫を潰したような顔をしてるぞ」


 柳井の言葉を受けて、吉暉と怜は苦笑いをしている。

 宇宙人、というワードに磯野は反応する。妖怪という分野が容易に立ち入れない場所になったいま、宇宙への興味は残されたフロンティアでもあった。

 そうでなくとも、宇宙の星々に興味を馳せている少年であった磯野は、宇宙人という存在も当然として好奇心の対象だった。


「それで、聞きたいことというのはなんだ?」


 柳井が問うと、気まずそうに吉暉が答える。


「サナトクマラのことです。自分でも少し調べたんですけど」

「お前たち、まさかオカルト部と何か関係してるんじゃないだろうな?」


 疑わしそうに柳井が言う。吉暉は「偶然だ」と言い張る。

 ふうん、と言うと、柳井は再び吉暉をソファに座らせる。怜もいそいそとソファに座れば、手にしたビニール袋からコンビニのアイスコーヒーと、柳井と吉暉の分のお茶を取り出した。


「怜、俺の分は?」

「は? あるわけないでしょ」


 当然、とでも言いたげな怜の顔に、磯野は一発殴ろうかと不穏なことを考えながらも、年下の前では控えようと冷静さを保つ。


「サナトクマラというのは、元をたどればヒンドゥー教の賢人の名だ」


 それはモエレ沼公園で、ヘラが言ったことと同じだった。


「向こうの言葉で『永遠の若者』を指すそうだが、正直にいえばこれから話す文脈に、元の言葉の意味はあまりないんだ。もともと、インドで語られていたことだとわかってくれればいい」


 そう前置きをして、柳井は続ける。


「サナトクマラの名前は近代神智学で多く語られるようになったんだ」

「近代神智学?」


 磯野のおうむ返しの問いに、吉暉は重ねるように尋ねる。


「近代、ということは、時代によって意味が違うんでしょうか」

「そうか、その説明が必要だったな」


 すると柳井は、ホワイトボードに文字を書き出した。神智学という言葉と、右方向に伸びる矢印を描いた。


「古代から神智学という言葉は使われている。ああ、むろん、ヨーロッパ圏での話だ。古代ギリシアで神を示すテオス、知識を示すソフィアを合わせてテオソフィアから来ている。中世でも盛んに研究される分野で……」

「キリスト教の神学とは区別されるんですね」


 吉暉の質問に柳井はおお、と感心する。一方の磯野と怜は、吉暉の言葉の意味すらわかっていなかった。


「博識だな。神学というのは聖書を解釈し、その意味を保証することによって、その時代での必要性を説いていき、キリスト教を守り続けることを言う。一方で神智学は、簡単に言えば、この宇宙はどうして生まれ、どうなっていくのかを、宇宙を作った神の言葉を解釈して知ろうとする動きだ」


 簡単、というわりに、難解な言葉であった。ひとつひとつの単語を容易なものに置き換えているが、磯野は理解に苦しむ。


「だが、この考えはやがて神秘主義……語弊があるが、魔術と言えるものになっていく。この世界の運用が、科学ではなく何らかの意思によって行われている、と考えるようにな」


 そのような考えが始まったのは十三世紀頃だと柳井は時間軸に縦線を引いた。グノーシス、カバラというような言葉が並んだ。磯野でも見覚えのある言葉だ。

 科学に置き換わったわけではない。むしろ、いまままで信じられていたことと、科学によって証明されたことが乖離していってしまったのだ。


「詳細に語るとキリがないから省くが、これらの考えが世界的に広まった、つまり、キリスト教という枠組みから飛び出したのが十九世紀。これが近代神智学と呼ばれるものの始まりで、これを始めたのがヘレナ・P・ブラヴァツキーだ」

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