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アサルト・オン・主人公ズ

「榛名さん、自撮りってやつ、やりましょう!」


 衛介くんは元気よくそう言った。その隣に座ってる葉沼くんが気まずそうな顔をしている。どうにもそういうノリは苦手なようだった。

 俺の隣に座ってる榛名は、おっ、と笑顔を浮かべる。


「いいぞ。磯野、腕長いんだから頼んだ」

「えっ、俺も写るのか?」

「どうせ撮るならみんなで撮った方が楽しいだろー」


 そう言うが、衛介くんは露骨に落ち込んでる。二人で撮るのを期待してたんだろう。

 俺もときどき意識をするのを忘れるが、榛名は女性だ。いや、女性であるということはわかってるんだけど、タンクトップにホットパンツの姿に対して異性を感じなくなりつつあるというか。

 ただ衛介くんのような男子には魅力的に見えるのかもしれない、と思わなくはなかった。

 中身はけっこう……いや、飲み会のときの怜に比べれば女っぽいか。

 俺はスマホを取り出して、内カメラを起動させる。


「ほーら、少年、君もこっちに」

「少年って、俺のことですか」


 困り顔で葉沼くんが言う。榛名に腕を引っ張られて、フレームの真ん中に配置させられる。


「撮るぞ」

「いえーい、ぴーすぴーす」


 衛介くんと葉沼くんがピースをしたタイミングでシャッターを切る。

 撮れた写真は帰ったら共有しておくことにしよう。葉沼くんには怜から送ってもらうか……いっそ連絡先を交換した方が早いかもしれない。

 この日の宴会は怜がセッティングしたものだった。従妹とオカ研メンバーを会わせたいというところから、いっそPIRO北海道支局の人も呼んでしまえと強引に呼びつけたのだった。

 葉沼くんに至ってはそのために夕方から席取りを頼まれているあたり、何か借りでもあったのだろうか。やめておけ、あいつは一生つけ込んでくるタイプだぞ。

 そして衛介くんは、どうやら榛名に夢中なようだった。ちょっとわかりやすすぎないか。


「文化祭、来月なんですね」


 少しぼうっとしてたが、葉沼くんの声で我に帰る。どうやら話題になってるのは文化祭のことらしい。


「いいっすねえ、榛名さんの大学の文化祭。行ってみたいですわ」


 俺もいるんだけど、眼中にはないんですかそうですか。


「と言っても、焼きそばの店を出すくらいだけどなあ。あ、仮装はするぞ」

「へえ、どんなです?」

「確定じゃないけどな。わたしは八尺様の格好をするんだ」

「うげっ」


 葉沼くんは突然悲鳴をあげて、挙動不審になる。


「どうした少年」

「何でもないです……」


 そうは言うが、なんとなく俺は察しがついた。UFOや竜がいて、義経っていう歴史上の英雄が蘇ったりするんだ、八尺様も実在するのだろうし、葉沼くんは戦ったことがあるのかもしれない。

 それにしても、その両頬を押さえるのはどういうことなのだろうか。


「榛名は他のサークルに展示とかしたりするだろ?」

「まあな。模型部とかのはそろそろ仕上げないとなあ」

「模型ですか! 意外ですね」


 衛介くんが言った。食いついたのは意外にも葉沼くんだった。


「確かに大艦巨砲主義って感じがしますね」

「おっ、もしかして話せる? さすが、あの会長と対等に話せるだけあるな」


 ニコニコ顔で榛名は言った。オカルトを楽しむオカ研でも、柳井さんと榛名は特に多趣味だ。そんな二人にとって、多くの話題を共有できる相手がいることはとても望ましいことなのだろう。

 でも葉沼くん、その言葉の真意についてはあとで俺と話そう。


「小さい頃、祖父が軍艦模型が好きだったんですよ」

「いいね。うちも親父が好きだったんだよな」

「男親の影響ってのは大きいですなあ」


 衛介くんも加わってそう言った。どうやら三人はそういう共通点で結ばれているらしい。


「磯野なんか模型店でバイトしてるしな」

「ほう、そうなんですか」

「ほんと、少し触るくらいで、会長や榛名ほど手の込んだことはしないけど」

「一回やってみようぜ」


 そう誘いを受けるが、数日もしてしまえば忘れてしまうだろうとさらっと流す。模型も好きだけど、アウトドア派な俺はあまりたくさんの時間を費やすことができない。

 それに、やってもいいんだけど、初期投資がなあ。あ、模型部のを借りればいいのか。


「しかし、千代田のやつこんな可愛い後輩を隠し持ってたとは」

「バイト先では怜の方が後から来たんだよな?」


 俺が確認すると、葉沼くんは頷く。


「ちなみにこの中じゃ俺が一番先輩です」


 と、キメ顔で言う衛介くんに、葉沼くんはめんどくさそうな顔を浮かべる。

 うんうん、と考えるように榛名は顎に手を当てた。美人は真顔が恐いとは言うが、榛名はまさにそのタイプだ。いつもは少年のような笑みを浮かべてるからなかなか気づきにくいけれど。


「葉沼くん、弟に欲しいタイプだよな」

「え?」

「ほら、会長がわたしに似てるって言ってたんだろ?」

「待ってくれ、話題が何にも繋がらないぞ」

「わたしを姉だと思って呼んでみてよ」


 固まってる葉沼くんの隣で、我こそはと衛介くんが身を乗り出す。


「榛名ねえ……」

「衛介くんは『あねさん』って呼んでくれ」

「なんかニュアンス違いませんかね!?」


 申し訳ないがそっちのほうが君たちは似合いそうだぞ。

 さあ、さあと榛名は無茶振りを葉沼くんに迫る。

 恥ずかしいのか顔を赤くした葉沼くんは後頭部を掻きながら、口を開いた。


「榛名お姉さん」

「マーベラス! もう一声!」

「榛名お姉ちゃん」

「ユニバース!」


 ガッツポーズを決める榛名、照れて顔を伏せる葉沼くん。


「いやいやちょっとそれはコンプライアンス!」

「韻を踏んでくるとは、まさか磯野、このわたしにラップバトルを挑もうと?」

「なんで自信ありげなんだよ!」

「しかしグッときたないまのは。……そうだ! 少年、ロリ巨乳と結婚する気はないか?」

「名案を思いついたかのように妹を売るな」

「なるほど……」

「君も納得するんじゃない」


 というか葉沼くん、もしかしなくても君はロリコンなのではないか。お兄さん将来が心配です。


「磯野だって千葉ちはに『お兄ちゃん』って言われたいだろ」


 榛名に言われ、少し想像する。ぽわぽわと思い浮かぶのは制服姿のちばちゃん。目の前で手を組んで、満面の笑みで「お兄ちゃん」と呼んでくれて……。

 ずるいなそれは。とてもずるい。そんな風に言われるやつがいるなんて許せない。榛名が女でよかったと思うレベルだ。

 もしそんな羨ましい目に合うやつがいたなら、意識だけでも入れ替わって欲しい。


「榛名と結婚すればそういう特典があるのか」


 そう言いながら榛名を見ると、そっぽを向いていた。でも耳まで真っ赤になっているし、榛名の向かい側にいる葉沼くんが動揺している。

 そこまで照れるなら言わなければいいだろ。俺まで恥ずかしくなってくる。


「いやまあ、葉沼くんにも好みがあるだろう」


 榛名が仕切り直してそう言うが、正直この流れがまずい気がする。

 葉沼くんの好みというか、好きな人は、怜と鶴喰さんと合流したときのリアクションで確信してしまうほどわかりやすい。

 むしろ互いのことが互いにわかってないのが不思議なほどだ。


「じゃあ磯野から、怜のバイト先だと誰が好みだよ」

「それ誰のことを言ってもダメじゃないか!?」

「オカ研で千葉や綾乃って言われた方が困るからな」


 それはあまりにも正論である。ここで榛名と答えるのも気まずいし、怜などと言えば綾乃にネタにされる未来しか見えない。


「響子さんじゃないんですか?」


 爆弾をストレートにぶちこんでくる葉沼くんの言葉に、榛名の目が細まる。

 葉沼くん、あとで屋上行こうぜ。

 確かに好みにぴったりくる美人ではあるが、ちばちゃんより年上とは言え、高校生だぞ。……高三だからセーフか?

 隣のテーブルに座ってる咲楽井さんを見た榛名の目がさらに細まった。酒を飲んで顔が赤くなってるのもあって、目が据わっているように見える。


「へー、ほー、ふーん」

「なにが言いたいんだよ」

「それで二人はどう?」

「何が言いたかったんだよ!」


 俺の抗議は虚しく無視され、話題が男子高校生二人にわたる。

 再び前のめりになって先陣を切ったのは衛介くんだった。


「はい! 榛名さんです!」

「姐さんって呼んでくれ」

「それ続行だったんですか!? って、いたたた!」


 衛介くんの耳が引っ張られる。引っ張り上げてるのは千歳さんだった。

 にこやかな笑みを浮かべてるいるが、漫画だったら血管が浮き出ていそうな表情である。


「あんたねえ、声がでっかいんだけど!」

「離せ住吉! いや、話せばわかる!」

「じゃ、ちょっとお借りしますね」


 そう言って千歳さんは衛介くんを連れて行ってしまった。そのあとを困った笑みを浮かべた怜が続いていく。

 おかわりでも買いに行くのだろう。あの怜が財布役を務めるとは珍しいこともあるもんだ。明日は雪でも降るんじゃないだろうか。


「それで少年、君は」


 うっそだろ榛名、あの光景のあとでもまだ続けるのか。

 こちらもまた困ったように笑う葉沼くんだったが、先に衛介くんが言ったからには答えやすくなっていたのだろう。


「榛名お姉ちゃんです」

「コロンビア!」


 その喜び方はなんだよ、とツッコミを入れようとすると、今度は葉沼くんから悲鳴が聞こえる。


「なっ、てめ、ノンノ!」


 そう言った葉沼くんが足元から片手で持ち上げたのは、真っ白なチワワだった。首根っこを掴んだ葉沼くんは、視線を怜たちが来た方へと向ける。

 その先にいたのは鶴喰さんと青葉綾乃だった。鶴喰さんからは静かな怒りを、青葉は珍しく眉を下げていた。向かいにいるちばちゃんも、ははは、と笑うしかない状況のようだった。

 ぽい、と乱暴にノンノを放ると葉沼くんは気まずそうだった。


「す、すみません、犬が俺のこと苦手らしくて」

「へえ。磯野のジョンは噛み付いたりしないよな?」

「あれは呑気なんだよ」


 とは言うが、葉沼くんは猿神に憑かれてると聞いている。文字通り犬猿の仲なのかもしれないな、とぼんやりと思った。それならむしろ、葉沼くん自身があまり犬が得意ではないんだろう。


「それにしても、模型、また作りたくなってきました。こっちに来てからぜんぜん触ってないので」

「おっ、いいね。今度、磯野のバイト先に行ってみようか」

「冷やかしじゃなければ歓迎だよ」


 思わぬところで営業活動である。給料に反映されるわけではないが、顔なじみの客というのは言い知れぬ魅力があるように思う。


「言ってくれれば、予約って形で置いておこうか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「なにがいいかな。『雪風』とか?」


 なんとなく葉沼くんのイメージで言えば、首を横に振られる。


「『榛名』でお願いします」

「……ふふっ、ありがとう」


 榛名にしては珍しく、なんだかとても女の子っぽい笑い方をした。

 ちばちゃんと姉妹なのだから、育ちはいいんだろうけれど。

 二人で笑い方は確かに似ていて、柳井さんの言う通りなんだな、という感想が漏れる。

 ふと、テーブルの上に置きっぱなしのスマートおフォンを横にして構える。


「あ、こら、勝手に撮るな。ちゃんとポーズとるから。な、少年?」

「また俺もなんですか……」

「ほらほら、近う寄れ」


 そう言って榛名が葉沼くんを引き寄せる。その光景を画面の中で見ていて、俺は思わず一言漏らしてしまう。


「アルハラの現場写真だな、これ」

「な、なんだとー!」


 榛名の怒りの抗議に、葉沼くんは耐えられないように笑った。

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