荒ぶる女子?の螺旋カノン
「かんぱーい!」
朗らかな掛け声とともに、五つのグラスのぶつかる音がした。
この音から始まって、苦味とともに一気に喉を駆け下りる炭酸がわたしにとって幸せの瞬間のひとつだった。
「ぷはあ! かーっ、やっぱ生だなあ」
「怜姉、おっさんくさすぎ」
ここ数日で何度目かの、従妹からのお言葉だった。
神奈川からやってきた千歳……ちーは、彼氏(本人は否定してる)である衛介くんとともにわたしの家で泊まってる。
が、生活のところどころで見せるズボラさを見つけるなり、おっさんくさい、女子力が足りないと小言を言ってくる。
まるでお母さんみたいで、それは血筋なのかもしれないなと思わないわけではない。
「可愛いのにもったいないですよねえ」
と言うのは、ちばちゃんとともに今回の呑み会に意気揚々とやってきた綾乃ちゃんだった。
可愛いは綾乃ちゃんの口癖のようなものだ。誰彼構わず言うし、少し慣れてきた。それでも恥ずかしさはあるけれど。
「そうそう、少しは色気とか学ばないと」
「へいへーい」
「まーたそうやっておっさんくさい返事……」
ちーが言うと、ちばちゃんと雪花ちゃんがクスクスと笑う。
いま、このテーブルにはうら若き乙女たちが五人集まっている。ちーに、ちばちゃんと綾乃ちゃん、雪花ちゃんとわたしだ。
というか、わたしが集めたのだ。
ちーを入れた女子会を一回、やってみたかったんだ。
「それにしても雪花ちゃん、今日はずいぶんと可愛いねえ」
とさっそくちーが絡みにいく。他人のことをおっさんくさいなどと言っていたのは誰だったか。頬擦りをしてるが、それは女の子じゃなかったら許されないよ。
だけど雪花ちゃんが可愛いのは事実だ。素材はもちろんなのだけれど、この日はわたしが全力でメイクアップしたのだ。
つい気合を入れて、自分でもしたことがないくらいに化粧を施してしまった。ナチュラルメイク、というけど、実際はただ化粧を濃くするよりも神経も時間も使う。
元から顔立ちがハッキリしてるから、あまり手を加えなくていいのはちょっとズルい。
「そうなんですよ、ほんと、可愛いが過ぎるっていうか」
ちーとは反対側から綾乃ちゃんが雪花ちゃんに抱きつく。これは二人が揃うと必ず見る光景だった。
「あ、暑いです……」
雪花ちゃんの悲鳴。八月も半ばで、暑さはまだまだ健在だった。
わあ、とちーと綾乃ちゃんが離れる。解放された雪花ちゃんは胸を撫で下ろしていた。
「これは葉沼くんもイチコロじゃないの〜?」
と、離れると早々に爆弾を投下するちーだった。
いやいや、その話題こそわたしが求めていたものだ。女子会にはコイバナが付き物なのだから。
「綺麗って言ってくれました……」
ぽわぽわと、花でも見えるんじゃないかという笑顔を見せる雪花ちゃん。その笑顔こそ見せるべきなんじゃないかと思うんだけど、葉沼くんに素直になれないのがやきもきさせるのだ。
「いやあ、あの顔で言われたら、ねえ?」
「ぱいせんは! 顔だけじゃない、んです……」
最後の方は消え入りそうな声で言った雪花ちゃんに、ちーは胸に手を当てる。
「ぐっ、純真が刺さる」
「ちーにはあんな時代なかったなあ」
「怜姉うっさい」
睨みをきかせてくるちーに、ふふん、とわたしは笑みを浮かべる。
「それで、実際にはどこまでいってんの?」
「どこまでって、えっと、そういう質問ですか!?」
「そうだそうだ! 夏の中間報告をするのだ雪花ちゃん!」
ここぞとばかりにちーと綾乃ちゃんが雪花ちゃんに攻め入る。そりゃ、これだけわかりやすい餌があるんだもん、食いつきたくもなる。
いつもだったら綾乃ちゃんだけの役割で、わたしも止めに入ったりするけれど、本音を言えば興味津々なのだ。
わたしの隣に座ってるちばちゃんも困り顔を浮かべるが、二人の勢いを前に止める勇気はないらしい。
「特に何かあったわけでは……」
「えー、ホントに? いっぱいチャンスありそうじゃん。夏だよ? プール行くとか、温泉行くとかさあ」
「プールは行ったんだよね? 一緒に水着選んだし、どうだったの?」
おっ、おっと露骨に肩を雪花ちゃんに寄せていく二人に、雪花ちゃんは顔を赤くしながらも指をもじもじとさせた。
「響子さんに菜々実ちゃんもいましたし、ぱいせんのお友達も……」
「あー、葉沼くんってそういうタイプかあ」
「そういうって、どういう?」
「なんていうかなあ、あまり男女の意識なく遊びに行っちゃう感じ? それとこれとは別、みたいな?」
それにはみんな納得してしまった。ちばちゃんでさえ頷くのだから、よほどだろうと思う。
磯野や千尋も、柳井さんも、サークルとして遊びには行くけれど、外であえて集まって遊びことはない気がする。
それってもしかして、葉沼くんの逆でわたしが意識しすぎてるだけなのか。
「やっぱりこういう会のとき、隣に行ったりとかするべきなのかな」
「怜姉がこのテーブルに集めたんじゃん!」
「そうだった!」
思わずテーブルに額を打ってしまいそうになるが堪える。
ふと、葉沼くんのいる男子テーブルを見た。衛介くんと磯野、あとなぜか榛名もいる四人席だった。葉沼くんはもしかしたら居づらいかもしれないな、と思ったけど、和気藹々としている。というか何で四人で自撮りしてるんだよ、楽しそう。
その間にあるテーブルからは意識的に目を逸らした。会長と千尋、咲楽井さんに菜々実ちゃんの四人は、何やら真剣な顔をして話していたが、聞こえてくるワードがオカルトばっかりなのだ。サークル的には正解だけど、場としては不正解だと思う。
斜め向かいで、綾乃ちゃんが笑顔を浮かべている。むふふ、と声が聞こえてきそうな笑みだった。
「怜さんは磯野さんのお隣に行かなくていいんですか?」
「はあ? なんでわたしがあいつの……」
「だって、この間のときも二人でどこか行ってましたし。これは何かあったな〜と思ってたんですけど。あ、もしかして『離れていても心は繋がってる』ってやつですか!?」
きゃあ、とひとりで盛り上がる綾乃ちゃん。それを聞いてちーもニヤニヤしてるし。綾乃ちゃんはともかく、ちーは何もなかったのわかってるでしょ。というかここ毎晩、ずっとその話してる気がするんですけど。
聞けば、あのあと柳井さんも、連絡をしようとする千尋に「連絡するのは二時間経ってからだ」という謎のアドバイスをしていたらしいし。女子高生の前でなにを言ってるんだあの人は。
わたしはじろり、と綾乃ちゃんを見つめる。首を傾げるが、ちばちゃんのようなあざとさはなかった。
「そういう綾乃ちゃんだって、今日はずいぶん気合入れてるんじゃない? 隣に行かなくていいの?」
「ひゃうあっ」
口から漏れた悲鳴と、顔を真っ赤にする綾乃ちゃんを見て、ふふんと笑みを浮かべる。
元々、けっこう明るい雰囲気の綾乃ちゃんだったけれど、いまはシースルーのブラウスで女子感をアピールしているのを見逃さなかった。
綾乃ちゃんは男子テーブルをちらりと見たあと雪花ちゃんを見た。
何やら意味ありげに見つめ合う二人であったが、複雑な表情を浮かべている。
「うわ、大人げないんだ」
と、ちーの声が聞こえたが知らんぷりだ。
「は、葉沼くんってどういう人が好みなのかな」
「ぱいせんは、ぱいせんは……」
綾乃ちゃんの質問に、雪花ちゃんは少し悩む。
「背が高くて、胸が大きくて、髪が長い人、ですかね」
思わず視線を自分に落とし、落ち込む二人のシンクロ具合が面白かったのは秘密だ。
その条件にすべて合致するのはこの場においてひとりいた。
わたしの視線は男子に混ざる榛名の方へ向いてしまう。ははは、と男みたいに笑う榛名を見ると、女っ気のカケラもないように見えるが、高校生くらい男子は確かに好きそうだ。
でもどうだろう、葉沼くんのイメージではない気がする。むしろ当たり障りのないことを言って誤魔化されているような気分だ。
「ウチの衛介も好きそうなタイプだよ、榛名さん」
「……ふーん」
「なに、怜姉。顔に何かついてる?」
「べっつにー」
ちーは無意識だったのか、気付いてないのか。
ウチの、だなんて。わたしはちーの恋愛歴をすべて知ってるわけじゃないけど、中学校からこういう人と付き合って、みたいな話を聞いてる身からすれば、不思議な感覚だ。
そんな風に主張するようなことは一回もなかったのにね。人って変わる。
「ちばちゃんはどう思う?」
「私、ですか?」
ここまで黙ったままだったちばちゃんに話題を振ると、真剣に考えているようだった。
「どういう人が好きか、に合わせるよりも、自分自身のことを好きになってもらった方が、幸せだと思うなあ」
ぐっ、とその場の全員にダメージが入る。
この純真無垢さは都会の薄汚れた語彙で言い表すことができない。
むしろ都会人はちばちゃんの方だとは思うけれど。
「で、でもやっぱり、意識してもらうことは大切だからね、フェチ方面で攻めるのはどうだろう」
なぜか綾乃ちゃんの方が気合を入れてものを言っている。それを聞いた雪花ちゃんは、少し気まずそうな顔を浮かべた。
「それはやめておいた方がいいと思います」
「情報の独り占めはよくないよ! さあ、吐きたまえ!」
「いえ、その、本人の名誉のためにも言わないでおきます」
「ホントにどんなフェチしてるの!?」
ちょっとどんな趣味をしてるのかを思い出そうと思ったが、やめておいた方がよさそうだった。
いつぞや事務所で腋とか騒いでいたことがあったなと、脳を掠めたのだった。
磯野や衛介くんなら、男ならフェチのひとつやふたつあるぞ、と開き直りそうではあったけれど、ちょっとねえ。
案外、ああいうタイプの方が危険なのだろうか。ムッツリすけべってやつ?
わたしは最後の一口を呷る。けどまだちょっと飲み足りない。
これからまだいっぱい話したいし、財布にもちょっと余裕がある。
「おかわり買ってこようかな」
「一緒に行くよ怜姉。ついでに衛介を引っ張ってきながら、あっちがなに話してたか聞き出そうよ」
なんだかんだ、ちーも興味があったらしい。
賛成、と言ってわたしは立ち上がった。




