第二十九話 大闢神星
戦場は膠着状態だった。
雪花の一撃によって首のひとつを落としたのはいいものの、残す攻撃手段ではカムイシンタへの有効打が存在しない。
日緋色金によって構成されている外殻を砕くことはできない。それは熱に対して高い防御性能を持っており、響子と衛介の攻撃はほとんど通用しない。
千歳の攻め手にしても、雪花の攻め手にしても、火力の面では劣る。
唯一の隙であるだろう、落とされた首の跡は近くのも困難であった。残す二本の首が妨げる上に、溢れる霊力が接近を阻む。
カムイシンタの、残った二つの首から光線が発射される。ひとつは吉暉を、もうひとつは衛介を狙ったものだった。
吉暉は再び氷の盾を生み出し、衛介は必死に駆け抜け射線から外れる。
威力は先ほどの収束されたものより、ずっと弱い。しかし生身で直撃してしまえば蒸発してしまうことには代わりない。
響子の放った火炎が宙を舞った。カムイシンタへと次々と向かっていくが、いずれも表面の装甲に阻まれる。
「シアンカムイのときといい、本当にこの土地の神たちは私と相性が悪い……!」
「響子さん、下がって!」
雪花の言葉が聞こえる。響子はその言葉の通りに炎を噴射して大きく飛び退けば、そこをカムイシンタの光線が通る。
少しずつパターンが読めてくる。カムイシンタは破格の性能を持っており、常に思考を重ねている。その中でも脅威と判定するのは、遠距離攻撃が可能な者だ。
それもそのはず、その設計思想はおそらく外宇宙においての艦隊戦である。体格の近しい相手であれば接近戦を行うだろうが、主に想定されているのは遠距離戦だ。
近づいて刃物を振るうような者を相手にすることは想定していないのである。
それに賭けてみる価値はあるか、と響子は計算する。
確実な手段からひとつずつ手を打っていく必要がある。王手までは遠いが、その最短距離はある。
「菜々実! いるのでしょう、出てきなさい!」
空に大きく声をかける。
すると、何もなかったはずの夜空に、ぽんと現れた人影があった。
白い光を纏い、その輝きをそのまま称えた白い髪と翼を持ったヘラは、宙に漂ったまま響子へと近づいてきた。
「珍しいわね、キョーコ。そんな大きな声を出して、らしくないわ」
「あら、貸しを返してもらういい機会だと思ったから呼んだのだけれど?」
「何のことかしら」
「数時間前のことも忘れてしまうなんて、そんな歳だったの」
空中でカムイシンタと戦闘した際に助け出したときのことを言えば、ヘラは面白くなさそうな顔をする。
「これでも五百年は生きてるんですけど。年上を敬う風習が東アジアにはあると聞いていたのに」
「ごあいにく様。敬う相手は選ぶ主義なの」
はあ、とヘラはため息をついた。それを同意と受け取った響子はさらに言葉を重ねる。
「状況は理解しているわね」
「当然でしょう。それで、何がお望みかしら? 世界の半分だったら他をあたってちょうだい」
「あいつの動きを止められない?」
「うーん」
少し考える仕草を見せるヘラだったが、すぐに笑みを浮かべる。
「あなたの口車に乗ってあげる」
そう言って、彼女は空高く飛翔していく。
星空を背にして飛ぶ天使の姿は美しささえ感じるものであったが、しかし浮かべている笑みは悪戯を思いついた悪魔のものである。
溜め込んだエネルギーを指先に宿す。隠しこんだ、さらに大きなエネルギーを点火する。
位置にして地球から二三〇万光年先、アンドロメダ銀河のどこかにある小惑星地帯に隠し持った、宇宙エネルギーを引き出す。
「受けてみるがいい、《大闢神星》を!」
地上から空へ向けて、一本の柱が一瞬現れる。
それが巨大な熱量の塊であると理解したときには、すでに光は消え去っていた。
金属が擦れる音を立てて、カムイシンタが傾く。
残った首のうちひとつが、ずれていく。断面は鮮やかなものであった。
ふふん、と誇らしげな笑みを浮かべるヘラの一方で、響子は舌打ちをする。
「あのへっぽこ天使、わざと狙いをずらしたわね」
「もう、どうして核をそのまま撃ち抜いてくれなかったんですか!」
響子の言葉から察した雪花が、空に向かって言う。
「せいぜい生け捕りにしなさいな。そっちの方が報酬いいでしょう?」
そんな余裕などどこにもないことを理解しながら、ヘラは言った。
しかしそれによって、隙ができたのも事実だ。
森の中を抜けて、赤い円盤が飛んだ。それは四つの花弁を持つ氷の花であった。
身動きがとれない吉暉の、必死の援護だった。フミキの協力を得て、シアンカムイの能力を使いこなす吉暉はその応用を繰り出す。
手裏剣のように回転したそれは、遠くを回って、木々さえも避けていき、カムイシンタの後ろ右脚に命中する。
切断には至らなかったが、生み出された氷の蔦が脚を絡め取る。
「でやあああっ!」
衛介がカムイシンタの腹部へと潜り込むと、火炎を吹き上げた。
機械であるにも関わらず、カムイシンタは苦悶の叫びをあげる。結局のところ作りは生き物と同じなのだ。
血液の代わりに宇宙エネルギーを、血管はパイプで、皮膚は鋼鉄であるだけ。
ではなぜ、意思などというものを持たせたか。設計士かサナトクマラのみが知る、というところか。
「さて、これで打てる手は増えたのだけれど」
決め手に欠ける、ということに違いはないだろう。学習によって雪花と吉暉を警戒するようになっている以上、大きな一撃を再度放つのは困難だ。
いざ、接近戦を仕掛けるのであれば、首の注意を逸らし、装甲を破壊か剥離するための一撃を与え、内部から崩壊させるのが手だろう。
残すところ首はひとつ。
そのときだった。サナトクマラが視線を向けたのは、響子と雪花でも、千歳と衛介でもない。
そこは、身動きの取れない吉暉と、磯野と怜がいる場所だった。




