第二十三話 炎の化身
カムイシンタの動きはやはり万全とは言い難い。響子は挙動を見て判断する。
性能の高さに舌を巻いたが、動きそのものは緩慢である。光線は恐ろしくあっても、動きから考えれば軌道の推測は容易だった。
「かってぇ!」
「ぜんっぜん通じないんだけど!」
むしろ、その恐るべきところは、装甲の硬さだろうか。
「日緋色金でできてるのね」
響子が口にこぼした言葉は、衛介と千歳の顔を恐怖に歪めた。
「擬神器と同じってこったあ、自衛隊や米軍が出てきたって意味ねえな」
「最初っからアレを倒せるのはあたしらだけでしょ」
「そうだけれどもね」
響子が待機させていた火球を放つ。さほど速度は出ない球であったが、カムイシンタの銀色の体に直撃する。
だが、その装甲は無傷だった。焦げ跡のひとつも残らず、赤熱化することもなかった。
「俺のときと同じだな。《紅世景宗》の炎も通じねえんだ」
「大気圏突入のために圧縮断熱の対策をしているんでしょう。あるいは、金星から地球に向けてではなく、水星や太陽に接近するためでもあるのかしら。あるいは恒星間の移動すら想定していた……?」
「あのー、考えるのはいいんですけど、打開策とかないの?」
千歳が言うと、響子は面白くなさそうな顔を浮かべる。
「いま考えてるところよ。手を緩めないでちょうだい。こっちに攻撃がくるでしょう」
「なっ、オトリってワケ?」
「近接戦闘が得意なように見える?」
「その長い脚はお飾りってコトね」
「あんたね」
女性陣が言い合いをしている最中にあって、衛介は前線でカムイシンタの脚をかわし続ける。
刀を打ち付けるが傷はつかない。炎を吹き上げ、推力として押し出そうとするが、そもそもの地力に圧倒的な差があり、すぐに押し出されてしまう。
「おまえら、俺を気遣え!」
「はいは……って、あれはちょっとマズいかも」
千歳の見た先で、カムイシンタは一部の機構を大きく開いていた。
それは砲門だった。空中戦においてヘラを撃ったものと同じである。
あのときは、ヘラが空中での飛行能力を持っていたからよかったものの、この地上では避けることは叶わないだろう。
舌打ちをした響子が、声を張り上げる。
「二人とも下がりなさい!」
声を聞いた二人が、飛び込むように響子の後ろへと下がる。
それを見届けることもなく、響子は印を結びながら真言を唱えた。
「オン、バザラギニ・ハラジハタヤ、ソワカ——急々如律令!」
響子の身に霊力が纏われる。その身を金剛のように硬くする術式であった。
しかし、これでは足りない。威力を考えれば、響子は助かるだろうが、後ろにいる二人に余波は行くだろう。
重ねて、響子は再び術を使う。全身に走る刺青が発光し、その術の強度を支えた。
「オン、ドパ・ドパ・カヤドパ・プラジバリン、ソワカ——急々如律令!」
響子の身から炎が放たれる。だが、ただの炎ではない。
姿形は響子の似姿であった。中東に伝わる炎の魔人にも近しい代わり身だった。
元から響子は、得意としている術がいくつかある。身に刻まれた経文による真言の省略、そして莫大な霊力からくる、霊力の分離による式神の術だ。
普段は猫や鴉などの、自分と相性がいい獣に扮するものであったが、やろうと思えば自分と精巧に似せた式神へと返事させることもできる。
そしてこの式神を仲介し、響子は代わりに術を行使したり、あるいは式神そのものを強大な霊力源として術を発動することもあった。
金剛身の術のかけられた自身から発された分身もまた、金剛身をまとっていた。
カムイシンタから放たれた光線が、響子の分身に直撃した。
破裂する炎は三人を包む結界となる。
あたりを熱と光が包んだ。この火力では、高層ビルももたないだろう。
果たしてこの光撃は何を想定して作られたのか。鞍馬天狗たちは地球に住まう怪獣たちの存在を知っていたはずであるから、その対策なのかもしれない。
響子は球を両手でつかむようにする。光線を受け止めていた式神が、その光を吸収していく。
やがて光は、その球の内側に収まった。いつ暴発するかもわからないそれを、空高く打ち上げる。
ぜえぜえ、と肩で息をする響子の様子を、後ろから千歳と衛介の二人が見ていた。
「た、助かった……?」
「ぼさっとしないで、次いきなさい」
響子がそう言うと、衛介が刀を振り上げて前進する。彼を追おうとした千歳が一瞬だけ立ち止まって、響子を見る。
「ありがと、助かった」
「別に。必要だったからしただけよ。そんなことより、二人が来るまで持ちこたえなさい」
「……へー。信用してんだ、葉沼くんのこと?」
「あんたが雪花ちゃんをあっちに行くように唆したんでしょう! だったらここで、待つしかないじゃない!」
「はいはい、わかりましたよー」
千歳がそう言って、前線へと加わる。
四人でならまだ戦えたかもしれない。だが響子がどう考えても、カムイシンタと戦うためには一手足りない。
最初こそヘラは協力的であったが、いまはどこにいるかもわからない。単独行動することを込みで、自分についていた式神をあえて使わせ、吉暉に渡したのなら大した策士だろう。
忌々しくも、千歳の言う通りだった。そもそも吉暉と雪花が義経を倒さなければ手詰まりなのである。
「早くしなさいよ」
つい、口から言葉が漏れてしまうのは、苛立ちからだろうか。
何に苛立っている? この状況のせいだろうか。吉暉と雪花に対してか、千歳と衛介に対してか。
ありったけの理性を振り絞って、響子は再び炎を発する。
作戦は決まっている。ならばひとつずつ、詰めるだけ。
それはいつもと変わらないだろう、と響子は自身に言い聞かせた。
迷いを断つ言葉は、迷いからしか生まれないと知りながら。




