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第二十二話 アイデンティティー

 再び稼動を開始したカムイシンタの中に、一人の少女が舞い降りる。


「ずいぶんとレトロな趣味を持ってるのね」


 ヘラは内部の構造を把握して、そのように言った。

 現代人類より遥かに進んだ技術であるが、その内部の造りに根付いた思想は、燃料機関の発想から抜け出ていない。ヘラはそれを指して、古いと言ったのだった。


「だからこそ、かえってわかることもある」


 まったく理解のできない技術が用いられていたなら……異世界であるからこそ、特異な方法によってUFOが動いていた可能性もあった。

 だからこれは僥倖というものだった。


「動力源は、宇宙エネルギー? 霊力より天骸に近いじゃない」


 したり、とヘラは笑う。エネルギーの属性として、この世界における地球内をめぐっているものよりも、宇宙に遍満に存在するものは、ヘラが扱うものに近しい。

 だが、いささか不純だった。それはこのカムイシンタという存在が宇宙船であると同時に、この国に語られる竜馬であることが原因だった。

 大気圏外に出れば、宇宙エネルギーを得ることはできるだろう。しかし長いことこの地球上に存在していたからには、その燃料を地球に頼らざるを得ない。

 その点で言えば、ヘラの手に余るものではあった。


「仕方ないわね」


 フィンガースナップが響く。生み出された小さなワームホールからは、ピンク色のナップザックが現れた。

 ヘラがいそいそとナップザックを開けると、そこから顔を出したのは一匹の雪兎だった。

 名をミユコ=マグダラと言った。イソポカムイとしてアイヌの地では知られる神の一つではあったが、いまはヘラが従えている使い魔となっている。


「ミユコ、出番よ」


 そう声をかけるが、彼は怯えていた。

 イソポカムイは伝承において、悪行を尽くしていたが、オキクルミの手によって咎められたのだという。その当時は巨体を誇っていたが、身を縮こませた結果、現代の兎と同等の大きさになったのだという。

 このUFOの中に満ちるエネルギーはオキクルミを思い出させるのだろう。先ほどの義経からも、同じ力を感じた。

 そんなミユコに、ヘラはUFOのエネルギーを奪えと命ずる。頷きながらもためらいがちに、ミユコは燃料の回転するエンジンへと近づいた。

 小さな口を開けると、そこ漏れ出るエネルギーを吸い込んでいく。衛介の攻撃によって、強制的に熱として排出されたエネルギーを食らっているのだ。

 地球のエネルギーと、宇宙のエネルギーとの分解をヘラは行う。より純度が高く使いやすいものへと変え、その身に取り込んで言った。

 その中も、頭の中では思索を繰り返す。とりわけ、ヘラにとって厄介な存在はUFO以上に、このUFOの主人だった。


「あれは少し、困りものね」


 ヘラはそう言う。あれ、とは義経のことである。

 人でありながら自在に天狗の法を操る義経は、ヘラとの相性が悪い。天狗の術はいわば森羅万象と接続し、それを呼吸の間に操る、仙術にも似たものだ。特に山岳においては無敵とも言え、すでに腹の中にいると思った方がいいだろう。

 無論のこと、ヘラが全力を出せば負けるべくもないが、本気を出してしまえばヘラの本懐は遂げられず、かと言って手を抜けば義経はヘラの首を容易に刎ねるだろう。

 用は塩梅の問題だったが、自分が調整をするよりも他人に任せる、というのがヘラの流儀だった。


「元はと言えば私が作った因縁だけれども、ヨシキには荷が重いかしら」


 シアンカムイを蘇らせたがために呪われた吉暉は、どうあっても義経と対峙する運命である。

 なにせ、あの義経は二つの存在が重なっている。

 量子が重なり合うように、どちらとも確定していない状態で「義経」という器の中にふたつの意識が存在している。

 ひとつはこの世界の義経、もうひとつは異世界の義経。両者にどれほどの乖離があるかはわからないが、ヘラの目からは、異世界の義経が優位に見えた。

 二つの記憶が混在したとき、異なる己の存在を見たとき、 己の唯一性の証明をしなければいけなくなる。

 これは人であろうが、あるいは天使であろうが関係ない。

 生き物は無意識のうちに社会性を意識する。集団意識とも言えるだろう。大きな存在のうちの歯車であるように動くことで、集団の円滑性を高め、結果として個を守ることにつながるのだ。


 だが、一方で個であることを重視する動きがある。自分こそがこの世で唯一であると、声高に叫ばなければならないときがある。

 それはむしろ、集団の中で生きるからこそだった。他者との差異、あるいはつながりによって、己の居場所を定める動きだった。

 物質的なものではない、もうひとつ、情報の世界での話だ。

 地位、性自認というステータスから、記憶というものを含めて、自己を構成する情報である。狼や獅子、蜂という社会性の強い生き物は、群れにおける地位を気にするものだ。

 ドッペルゲンガーという怪異はまさにその「個である情報」を破壊する能力を持っている。そしてアイデンティティーが崩壊したとき、人は死を選択する。

 それは、死によって生まれた空洞こそが己の生きた証である、とするがために。

 英雄と呼ばれる存在が、末路によって語られるようにだ。


 故に、吉暉とその心臓に宿るシアンカムイを、義経は討たねばならない。

 己とは別の義経を想起させ、観測する存在を取り除かない限り、いま顕現している義経に安寧はないだろう。

 このままではPIROにとってもヘラにとっても、勝ちはない。だが隙があるとすれば、義経が吉暉にこだわっている間だろう。


「……あら、お腹いっぱい?」


 げっぷをするミユコの背をヘラが撫でる。分解を終えたエネルギーのうち一部を、己の中に取り込む。


「ふ、ふふふ、あはははははは! これ、これなのよ」


 この世界に渡ってきて、これほどの力が漲ったことはない。

 いまならばあらゆる異能を取り込んで、操ることもできるだろう。

 残ったエネルギーをワームホールの先へと飛ばし、ヘラはミユコの背に乗った。


「さあ、私は私のために、できることをしましょう」


 なおも不敵にほくそ笑むヘラは、再びワームホールの中へと姿を消したのだった。

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