第二十一話 強がり
同時に二つの出来事が起こった。
ひとつは目に見える異変だ。暴れまわり、光線を撒き散らしていたカムイシンタがその動きを鈍らせていた。
その原因を知るのは、三人の少女たちと戦っていた義経のみである。
それは隙にはならなかった。義経はより攻めの手を苛烈にして、三人を追い詰めていく。
だが、もうひとつの出来事は、目には見えず、しかし明らかな変化だった。
足元自体が揺れる感覚に、それぞれの動きが一瞬止まった。
雪花と千歳は曖昧にしかわからなかったが、響子と義経は事態を正確に把握する。
南の方に目をやった義経が、刀を下ろした。
「やってくれたな、よもや我が社を穢すとは」
忌々しそうに義経は言う。それは女たちと戦っていたときにはついぞ見せなかった表情だった。
先ほどまで、命を削り合っていたときは、このような戯れもあるだろうと遊んでいるように笑っていた。
だが、いま見せる表情は違う。現代の人間のおおよそが浮かべることはない、仇敵を見つけた武士の顔であった。
三人に目もくれず義経は跳んでいく。そこに止めるような間はない。
呆然とする三人は、続いてカムイシンタの動きが停止しているのを見た。
一時の安寧に安堵しながらも、事態を飲み込めずにいる。
「なに、なにが起こったの」
千歳が言う。雪花が響子に目をやると、響子はうなずいて答える。
「どっかの馬鹿が龍脈を強引に殴ったのよ」
「それって、誰が」
「ひとりしかいないじゃないですか、そんなの」
千歳の言葉に雪花が返した。
この場にいる術者は、義経と戦っていた三人を除けば衛介と吉暉、橘である。衛介はUFOの内部か、逃れたとして自然公園の近隣にいるはずだ。橘は避難活動を行いつつ、自衛隊と連携をとっている最中である。
そして、義経は自然公園から離れていった。龍脈への攻撃をしでかした者は、おのずと一人に行き当たる。
ちらりとカムイシンタを見た。その動きは停止しているが、いつまた動き出すともわからない。
いまのうちに破壊することも考えるが、装甲の厚さを考えればすぐにどうにかできるわけでもない。
「……わかった。雪花ちゃんは義経を追って」
「そんな、できません!」
「先輩のところに義経が行ったんでしょ。あたしらだけでも歯が立たなかったんだから、誰か行くしかないじゃん」
「賛同しかねるわ」
言ったのは響子だった。千歳は響子を睨みつける。
何処吹く風か、響子は淡々と己の意見を述べた。
「戦力を分散するのは得策ではない。私たち三人でも義経に敵わなかった、ということは、二人であればなおさら勝てないでしょう。それよりかは、あちらに義経が気を取られているうちに、カムイシンタに対して有効打を与えるべきよ」
「葉沼くんを見捨てるの?」
「そう言ってるのだけれど、難しくてわからなかったかしら」
響子のその言葉は、冷たく、しかし正論だった。
この場において判断すべきは雪花である。それは橘から一任されている、立場ゆえのものだ。
そして立場から、響子の言うことが正しいことはよくわかった。
責務があった。
「ダメだよ、雪花ちゃん」
そんな雪花の心を揺らしたのは、千歳の言葉だった。
「オトコって、馬鹿なんだから。なんでもひとりでやるのがカッコいいって思ってんの」
「それは……」
「葉沼って子もそういうタイプなんじゃないの」
それは違う、と雪花は想う。彼は男としての誇りよりも、人としての意地を優先するだろう。
まっとうな人であれば、このように望むはずだ、と信じている。そして、そのように在ろうとする。
人はそんなに強くなどない。逃げたくなることもたくさんあり、正しい行いを知りつつも悪しきを行う。吉暉はそれらを覆して、その果てに死があっても、飛び込んでしまうのだ。
だが、結果として一人で為そうとしてしまう、ということは同じだった。
「あたしらはカッコつけるためにいんじゃないし。なんか、イヤなんだよね。都合がいい女って言われてるみたいで」
勘違いのまま、千歳の言葉は続く。
(見抜かれてたんだ)
雪花はそう思う。車中で吉暉の無事を確信していることを告げた言葉は、ただの強がりであることを。
千歳は吉暉という男がわからない。だが、雪花という女をよく理解していた。
結局は自分も同じだった。この場での最善の判断だと信じながら、吉暉のことを信じるという嘘をついた。
それがどれほどの裏切りになり、自分の望んでいるはずの未来さえも裏切ってしまうのか。
あれほど、信用できなくて、不安にさせる男もいないだろうに。
だから千歳は雪花に言うのだ。
その程度の女だと思われていいのか、と。
「行って、雪花ちゃん」
顔をあげて、雪花は瞬きを繰り返した。その瞳には力と輝きが戻っている。
小さく礼をして、雪花もまた森の中へと駆けていく。その後ろ姿を見送った千歳と響子が顔を見合わせる。
「……余計なことを」
「なにが? 任務優先、ってワケ?」
険悪な雰囲気が漂う。やはり戦力の大きな低下は、千歳としても感じるところであった。
ぎぎ、と金属の擦れる音が聞こえる。カムイシンタが再起動したのだ。緩慢ながら、しかし確実に脚を稼働させている。
「一旦下がる?」
「それもいいけれど、あれはあなたのお友達ではなくて?」
「へ、え?」
響子の指差す先には、飛んでくる人影があった。
「すみよしぃぃぃぃ!」
「ちょ、うっさ」
転がりながらも着地をする衛介にかけられた言葉は辛辣なものだった。
自分の尻をさすりながら立ち上がった衛介は、体中に生傷を作っているが、目立った怪我はしていなかったようだった。
「あんた、大丈夫なの?」
「おめえこそ、こんなところ……って、ここどこだよ」
「苫小牧の、さらに向こう?」
ざっくりと説明をする千歳に、わかったのかわからないのか衛介は「ふうん」とだけ返事をした。
「それで、そいつは戦えるの?」
響子は言う。明らかな嫌悪の表情を浮かべ、背に腹は変えられないとでも言いたげだった。
「まあ、人並みには」
「なんでえ、人を捕まえといて」
「あんたが捕まったからここまで来たんだっての!」
「こりゃ一本取られたか」
そう言いながら衛介は自身の擬神器に火気をみなぎらせた。いつでも戦えるぞ、ということを示していた。
響子は頷いて、自身もまた全身の霊力を回転させた。
「では、参りましょうか」
その言葉に衛介と千歳は頷く。向き直った先は足の生えたUFOという異形だった。
大きく息を吸う千歳に、隣に並んだ衛介が声をかける。
「ところで住吉」
「なに」
「おめえ、結局はパフェ食ったんか?」
「食べるワケないでしょバカ!」




