回想ノ五 日本一
しづやしづ しづのをだまき くり返し
昔を今に なすよしもがな
その日、静御前があがった舞台は鎌倉にある鶴岡八幡宮だった。
彼女の舞の見物にやってきたのは、鎌倉武士たちだった。かつては、都で貴族たちの前で舞っていた白拍子であった彼女は、いまは卑しい視線に晒されている。
兄である頼朝に追われた義経が愛した女とは、どのような姿なのだろうか。
法皇の口から「日本一」とさえ呼ばれ、神の子なのではないかとすら言われた彼女は、どのような舞を見せるのだろうか。
そして、仇敵の中で己を見世物とされ恥じらう姿は、いかようなものなのだろうか。
押し寄せた者たちのそんな期待は、あっけなく砕かれる。
壇上に上がる女の姿は、天より舞い降りたが如く美しい。芍薬か牡丹か百合か、などと花を挙げようといずれも彼女の前では霞んで見えるだろう。
白い肌と艶ある緑の黒髪は、この場にいる誰もを虜にした。
なにより、献上する舞に合わせて唱えられた歌が、彼女をいっそう美しく見せていた。
静、と呼ばれていたあの日が返ってきてほしいと、義経を想う歌は、我が身とその愛する女を思い出させ、武士たちと言えど涙を浮かべた。
果たして、雨乞いとはそのようなものだったか。いいや、そうに違いない。
だが、人々の思いとは逆に、静御前の感情は冷めていた。
胸を占めるのは義経のことばかりであった。
あなたが私を置いていったことを、私は責めたりはしません。
けれど、どうしてあなたは、あなたの口から別れを告げてくださらなかったのでしょう。
せめて、せめて最後に名前を呼んでくださったら。
愛しき人と過ごす、綺羅星が如き日々のように、名を呼んでくださったら。私は目一杯、あなたの手で傷つけられたなら。
その傷跡を撫でる昏い喜びすら、あなたはくださらなかった。
吉野山 峰の白雪 ふみわけて
入りにし人の 跡ぞ恋しき




