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第二十話 フォワード

 轟音が響く。磯野は遠くに見える円盤の姿を捉えた。その一部からは煙があがるが、すぐに消える。

 戦いがあった。自分の想像が及ばない領域で、理解することすら拒みそうになる現実だった。

 この国に現れるようになった怪獣と戦っているのは、自衛隊やアメリカ軍などではなく、光の巨人や人型兵器ですらない。自分より年下の少年少女たちなのだ。

 のうのうと暮らしていた。札幌で起こった惨劇に悲しみ、同時にその場にいなくてよかったと安心してしまった。

 友人たちの安否が気になりながら、助けに行くような気概などなかった。

 それを卑しいと責めるのは間違っていると知りながら、しかし己の無力さと惨めさが募っていく。


「磯野、あんた、なに考えてるの?」


 怜が声をかけてくる。磯野は顔をあげた。

 もはや酔いなど冷めてしまった。ひたすらに目の前の現実を飲み込むのに必死だった。


「別に、なんでもねえよ」

「わかるから言わなくていい」

「なんだよそれ」

「私もそうだったから」


 と、怜は言うと、磯野の隣に並んだ。

 UFOから逃げてきた人たちを平取の街方面へと送り出し、二人は再びハヨピラ自然公園へと戻るところであった。

 いままさに戦闘が行われている現場へと戻るのに、足がすくんだ。しかし怜が行くと言うからには、磯野はどうにも捨て置くことができない。


「ちーに……従妹に紹介してもらったときは、オカ研のネタになるかなあ、なんて思ってたんだけどね。戦ってる雪花ちゃんたちを見たら、なんて幼稚だったんだろうなって」


 歩いていく怜の後ろについていきながら、磯野は怜の言葉を聞いていた。

 いかにも、責任感の強い彼女らしい。妙な真面目さも、気の強さも、けれど周到な一面があるのも、磯野は怜が持つ責任感からだと考えていた。

 そして、彼女の言葉には全面的に同意した。


「でもさ、できることをやるしかない」

「何ができるんだよ、俺たちに」


 千歳や雪花が振るっていた武器があれば、自分も戦えたのだろうか。

 いいや、わかっているのだ。自分にはそんな度胸はないし、もし戦うことができたならば、いまこんなところで足がすくんでなどいない。


「別に、フォワードだけでサッカーやるわけじゃないし」

「それはまあ、確かに。怜にしてはいいこと言うな。さては偽物か!?」

「そんなわけあるか!」


 だが、磯野としては大いに納得する言葉だった。

 点を入れるだけが競技ではないように、怪獣を倒すだけが戦いではない。

 それは、そうだ、と納得していた、そのときだった。


「あ、た、助けて!」


 声が聞こえた。磯野がそちらを見れば、逃げ遅れたと思しき民間人がいた。帰り途中だったのか、スーツを着たサラリーマンだった。

 本来ならば、自分こそがその立場なのである。何の因果か彼を助ける側に回っていた。


「大丈夫で……」

「磯野!」


 怜が声をあげる。思わず立ち止まれば、目の前を光が包んだ。

 瞬きをする間に、光は消える。同時にそこにいたはずの人も消えた。


「え……?」


 何が起こったのか理解ができなかった。光が降ってきた方を見れば、円盤の怪物がそこにいた。表面に露わとなった眼のような赤い球が、にたりと笑ったような気がした。

 そして、妙に軽く弾むような音をたてる。


(満足したのか、人を焼いて)


 意志があるのだ。ただの宇宙船などではない。

 映画でもあっただろう。宇宙からやってきた金属や機械が本当は生命体で、何らかの意思を持ち、何か使命を持っていると。


「あ、あうあ」

「磯野!」


 怜が声をかけてくる。言葉ではなく、別のものを出してしまいそうになったのを、必死に堪える。

 二人はそっと、木陰に身を潜めた。

 円盤から再び光が発されたのだろう。空が何度か瞬く。そのたびに誰かが犠牲になっているのだ。


「無理だ」


 思わず口に出た弱音に、怜もまた悲しそうな顔をした。

 どうやったって勝てるはずがない。PIROという組織が束になって、どうなるというのだ。

 異能集団であろうが、超兵器だろうが、人を一瞬にして消し炭にしてしまうようなものを相手に、何ができるのだ。

 先ほどの誓いが、いかに楽観的なものであるか。


「磯野、歯食いしばって」

「は?」


 ぱぁん、と頬に何かが当たった。

 痛みはなかった。音だけが、衝撃的だった。


「な、なにをするだーっ!?」

「ふう、すっきりした」

「そのためだけに!?」

「ねえ磯野。行かなくちゃ」

「どこに行くんだよ」

「ちーを待たなきゃ」

「ここじゃなくたっていいだろ!」

「だって、忘れられないじゃん」


 怜はそう言った。酔いが完全に覚めてないのもあるだろう。先ほどの光のよって人が消えた光景が目に焼き付いていることもあるだろう。顔は真っ青だった。

 忘れられない。そうだ、忘れることなんてできない。

 いま目の前であったことも、少女たちが戦っていることも。

 義経が本当は北海道まで来ていて、のちのモンゴル帝国を築いたことも。

 世界にかけられた薄いヴェールの向こう側を、忘れることはできない。


「忘れちゃ、ダメでしょ」

「忘れる……」


 大切なことを忘れている気がする。それが何だったのか、本当はどこにあったものなのかわからない。

 かさぶたのように、塞がってなくなったはずの傷が、それでも忘れるなと疼くような。

 そんなものが、心の中にあった。


「それに、せっかく頼られたんだよ。ここで逃げたらちーに顔向けできない」

「死んだら元も子もねえよ」

「そのときはちーだって死んじゃうよ」


 果たして、理屈が通っているのか。怜の頑なな意思だけが伝わってくる。

 顔向けができない。ああ、そうだろう、と磯野は心の中で言う。

 ここで逃げても、きっと柳井も、千尋も、榛名も、千葉や綾乃も受け入れてくれる。

 けれど、札幌を白い竜が襲ったときと同じだ。人にはできないことがある。

 だが、大通公園の惨劇のときとは違う。真実と、自分にはできないことと、すべきことを知ってしまった。

 そしていま、その歩みを向ける方向はどちらか。

 はあ、とため息を吐く。磯野はそっと立ち上がった。名を呼ぶ怜に、視線を向ける。


「怜を放っておけない」

「それでいいよ。それが、(えにし)ってやつ、らしいから」

「響子って子の言葉か?」

「なぜわかった」

「わからいでか!」


 そう言って、磯野は歩き出した。まずは公園の近くにいる橘の元へ向かう。

 あとはどうとでもなれ、とやけっぱちになりながらも、これでいいのだ、という確信もあった。

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