第十八話 The War of the Worlds
ピラミッドを前に、響子は目を細める。
円盤から六本の足が生え、直立する。竜馬であると仮定したからには、変形することも織り込み済みであったが、予想外の形に少し困惑を覚える。
「『宇宙戦争』かよ、冗談じゃねえ」
磯野が変形した円盤を見てそう言った。響子は少し首を向ける。
「忘れてはいけないけど、相手は金星の兵器よ? 正真正銘、宇宙戦争のための道具なの」
「しょ、正気で言ってます?」
響子のあまりな言葉に、磯野は思わず聞き返す。
そんな磯野の横を通り抜け、響子の隣に立ったのは雪花と千歳である。
二人はそれぞれ、自分の武具である擬神器を展開していた。
雪花の手に握られているのは《雷魔斬》である。アイヌの神話に現れる最高神にして雷神であるカンナカムイの力を宿す、短刀型の擬神器である。
一方の千歳の手にあるのは、長巻……長大な刀身と、それを振り回すための長い柄を持つ擬神器であった。《射干瑞刃》という名を持つ、水気と冷気を操る武具である。
「磯野さんは下がって……いえ、支局長の手伝いをして、逃げてる人の誘導を!」
「お、おう」
雪花の言葉に、磯野は頷く。後ろを振り向くと、橘と怜は先に逃げてきた人を下へと向けて移動させていた。磯野はそちらに走っていく。
その場に残ったのは少女ばかりが三人だけだった。
「それで、高砂さんと言う方はどちらにいらっしゃるんです?」
雪花が言う。千歳は目を細めてハヨピラ自然公園を見渡すが、首を横に振った。
「見当たんない。あいつ、どこいんの」
「男たちは揃いも揃って不甲斐ないわね」
響子がそう言うと、雪花と千歳は思わず互いを見合わせた。
現状、攫われた衛介の姿はなく、先んじて乗り込んでいった吉暉は復帰していない。磯野は最初から戦力に数えてはいけないだろう。
確かにこの場にいるのは女だけだった。そのことがどうにも、引っかかってしまう。
硬い表情で頷いた雪花は、すうっと息を吐く。
「作戦を開始します。目標は第一にカムイシンタの停止、第二にハンガンカムイの討滅……」
「ほう、ハンガンカムイとはオレのことか?」
雪花の言葉を遮るように、声が割り込んだ。
咄嗟に反応し、構えをとったのは雪花と千歳であったが、それよりも早く炎を叩き込んだのは響子だった。
三発、寄せられた炎の弾を現れた鎧武者は片腕で払った。
「いい反応だ」
「ハンガンカムイ……源義経!」
「オレの名を呼ぶか、女」
三人の中に飛び込んできたのは義経であった。
その異様な姿に、三人は瞠目する。平安時代の武士が用いる大鎧を身にまとい、そうでありながらアイヌ文様の描かれた衣服が内側にあった。
そして、その顔は人を魅了して余りある。好こうが嫌おうが、ひきつけてしまう顔立ちをしている。
「噂に違わぬ色男ぶりね」
響子が思わず、皮肉を口にする。くくっ、と笑みを浮かべたのは義経だった。
「これは面白いものがあるな。顔はオレ好みだが」
「……オン、キリウン、キャクウン——急々如律令!」
響子は真言を唱える。義経の手首を捕えるように、黄金の円環が現れた。
それと同時に、雪花と千歳が斬りかかった。武器の長さからして千歳の方が一手早く、次いで雪花が擬神器を突き立てる。
だが、義経は笑みを崩さなかった。響子が彼の腰にあるはずの刀を見た。
(すでに抜刀されている……!)
刀が舞った。ひとりでに動いた刀は、まるで見えない手で振るわれているかのように千歳と雪花の刃をはじき返す。
そして刀が義経を封じた円環さえ裂いて、その手に収まった。
「略式ながら見事な術だった。それに霊力の純度もいい。よく練られている。オレの記憶にもお前ほどの術者はそういない。侍らせるのも悪くないが……」
響子の首に刀を当て、義経は告げる。
「土臭い。なるほど、お前はそういう風に作られたのか」
「ノウマク、サマンダ・ボダナン・キリカ、ソワカ——急々如律令!」
響子が強く足で地面を叩けば、土の刃が生えてくる。それは響子の出自を指摘した義経への痛烈な意趣返しであった。
土蜘蛛と呼ばれる種族がいた。今様に言えば地底人とも呼ばれる彼らの持つ血の力を宿しているのが、響子であった。
忌まわしき研究であっても、響子は生まれへの誇りは人一倍あった。いいや、それ以外に持たない故に、古の民から生まれたことを重んじている。
土の刃は義経に迫ったが、あろうことか義経は刀で払った。散ったのは火花ではなく電撃だ。瞬きをするうちに光が走っていったのが見えた。
五行に曰く、木剋土である。雷の持つ木気が、響子の術の土気を打ち滅ぼしたのだ。
瞬時に判断し、真言を唱えることもなく異能を行使する義経に、響子は舌打ちをする。
鞍馬天狗より様々な知恵を授かった義経は、剣技や軍略のみならず、術者としても相当な腕を誇る。
術に一辺倒である響子とも同等の術者である。
「やああああ!」
気合いの叫びとともに千歳が長巻を振り抜いた。
義経の持つ蝦夷拵えの刀より遠い間合いから、下段から振り上げるようにすくい上げる。
だが、義経は容易に反応してみせる。その視界に死角などないのか、はたまた異なる視界から見ているのか。
片手で千歳の擬神器を去なせば、その肩に刀の柄を叩き込んだ。
「かっ、はあっ」
「くだらん。あの男よりは武芸を知るようだが……」
すん、すんと鼻を鳴らし、義経はじろりと目だけを倒れる千歳に向ける。
「おまえ、あの男の手つきだな?」
「あン、たねェ!」
千歳の声と同時に、響子が腕を振るう。火の粉が舞った。千歳はとっさに擬神器から手を離し、両耳を手で覆い、目を閉じた。
爆竹が爆ぜたように、火がいくつも散った。退魔の念が込められた火花に、義経は数歩後退する。
次いで、刀を響子に向けると、どこかからか土塊が飛来する。
天狗の術のひとつだった。山の神とも目される天狗は、あらゆる山の災いをひとに降り懸からせる術を持つ。
土塊の砲丸は響子が術を使うよりも早く響子と千歳へと向かって飛んでいく。
「カンナカムイ、モス・モス」
土の砲丸を撃ち落としたのは雪花だった。擬神器から走った雷鳴が、土塊をひとつひとつ焦がしていく。勢いを失った土塊が地面に落ちる。
すう、と息を吐いた雪花が義経の前に立った。その隣に並ぶのは響子である。
「ハハッ、蝦夷の女までいるとは、愉快な組み合わせだな」
好き勝手言う様を見て、腹が立たない三人ではない。しかし、彼の言葉に乗って言い返すほどの余裕はない。
すべてにおいて義経は上回っている。武術も、呪術も。
そして、義経の背に見える巨影があった。六本足で歩く円盤が、ゆっくりと歩みを進めている。
「歯向かってこそ征服のしがいがあるというものだろう。簡単に屈してくれるなよ。オレを興じさせろ、女ども」
「ほんっと、悪趣味……!」
侮蔑するように響子が言った。それには二人も同意するところである。
「総員、ハンガンカムイとカムイシンタを抑えます。……いきます!」
雪花の声とともに、三人は再び義経へと迫っていった。




