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第十六話 二人義経

 カムイシンタと命名されたUFOの中で、義経は頭を抑えていた。

 口から漏れるのは呻き声だった。彼が苦しんでいるのは誰の目から見ても明らかである。


「なんなんだこれは!」


 彼は叫ぶ。その怒号に震えたのは、アブダクションによって攫われた人々であった。

 彼の機嫌を損ねてしまえばどうなるか。そう思うのも当然である。自分たちの生殺与奪が誰にあるかなど明らかである。

 だが、義経にはすべて同じにしか見えない。誰もが凡夫で、等しく屑だった。ただ己の欲望を一時だけ満たすためだけの玩具に過ぎない。

 アブダクションの目的は、彼らを己の『端末』にするためである。四肢ですらなく、走狗ですらない。ただ散らばり、情報を集め、己の目指す理想郷について知らしめるための末端にすぎない。

 すなわち……その命に価値など見出していないのである。

 不快になった程度で、己の手を振るう意味はない。


「これは、これはなんだ」


 彼が見ているのは、周囲などではない。

 あの女の匂いが、鼻腔をくすぐるのだ。何かを思い出させる。それは郷愁であった。

 懐かしい、いつか抱いた女の気配だ。その腕に抱いた女の数はしれないが、

 だが同時に、義経の意識はこうも訴える。


「知らない。あんな女は知らない。オレの知っているものではない。誰だお前は、誰なんだッ!」


 そのように激昂すれば、周囲をひやりとさせる。

 そう、義経は知らないのだ。吉暉の中にいる女のことなど、出会ったこともない。

 そもそもからして……彼はなぜ、北海道の地に足を踏み入れているかもわからない。いかなる由縁があって、平取を目指しているかもきちんと理解していない。

 二つの記憶の混線。義経に襲いかかる痛みの正体だった。

 衣川にて死したはずの自身と、オキクルミと習合しハンガンカムイとなり、やがてジンギス・カンとなった自分。

 己の辿った人生とのズレだけではない。死んだはずの時よりあと、四十年におよぶ記憶が義経の頭の中にあった。

 おそるべき精神力によってその記憶を封じ込めた。

 これは彼にとって好機だった。

 一度終わったはずの生が、なんの因果か、八百年以上先の未来で再び始まったのだから。

 最期の記憶を、彼は呼び起こす。

 燃える衣川の館の中で誓ったことを。己を愛したがため、遥か陸奥まで幼子を背負ってやってきた妻を斬り捨て、己への忠義と友誼がために散っていった弁慶の背を見て抱いた、生涯唯一にして最大の野心を。

 理想郷を築き上げる。

 種姓による秩序国家、金剛なりし教えによる仏教王国、ジンギスの血統による世界支配、あるいはサナトクマラが描きしシャンバラ。

 いずれも違う。違うのだ。


「オレは、オレの手で……為さねばならぬ」


 故に、邪魔な存在がいる。

 己の中にいるもう一人の己、そして自分の内側にある異物を呼び起こす男だ。


「斬らねばならぬ」


 誓いの言葉を漏らす。

 後顧の憂いを断つ。迷いは切る。

 自ら手にした刃は、己の意を写すものである。不要なものがあってはならない。

 だが、決意とは裏腹に、義経を襲うのは目眩だった。

 それが吉暉と対峙したことによるものなのか、あるいは何らかの周期によるものであるかは不明だ。

 義経の苦悶に呼応するように、円盤は揺れた。降下する角度が深くなり、重力緩和装置を以ってしても内部にかかる重力は強くなる。

 やがて、大きな振動が円盤を襲った。外部からの攻撃ではない。地面に激突したのだ。

 あちこちで悲鳴があがる。義経もまた、刀でその身を支えた。

 途端、内部に風が吹いた。船内は無風であるはずだった。人々が風の吹く方を見れば、そこには空洞があり、外へ続いているのが見て取れた。

 静かに、しかし我先にと人々が駆けていく。

 ふらつく足取りで、義経は逃げていく人々を追った。苛立ちが隠せず、刀を引き抜く。

 人々を追い、遅れた者の足を浅く斬りつけながら、外へと出る。

 たどり着いた場所は、石段の上だ。現代より五十年ほど遡ったときに、宇宙人を迎える祭壇として築かれたピラミッドであった。

 その頂上に、UFOは不時着したのだった。

 そこからの景色を、義経は見る。

 懐かしい、という感情が去来する。

 見たことのない景色であるはずなのに、妙に体が馴染んでいる。肉体の元となった神霊オキクルミの霊力が励起する。

 その地こそ、ハヨピラであった。アイヌの神話において、地上で生まれた最初の神たるオキクルミが降り立ったとされる聖地である。

 地中を流れる龍脈から、溢れんばかりの力が義経へと流れ込む。オキクルミの神格を簒奪しその地位に就いた義経は、異なる神話の聖地ですら己のものとしていた。

 力が漲った。生前では覚えのない感覚だ。

 万能感、のようなまやかしではない。己がいま、何をすることができるのか明確に描くことができ、それらが造作もなく行えることを理解する。

 同時に訪れるのは虚しさだった。

 なんでもできてしまう、というのは時に、己の力への疑心となる。努力もせず、考えもせず、しかし可能としてしまうというのは、いままで過ごした生の無意味さを抱かせてしまうのだ。

 だが、それさえも力だ。己の野望を成さんがため、利用できるものは何だって使う。

 オレは最期のとき、誓ったのだ。誇りなど無意味、過程など不要。今度こそ上手くやってみせる。

 我は生まれながらにして思う。すべては無意味、生と死に意味を見出すなど、盆暗の行いであると。

 二つの思考が重なる。回路は混線するが、やるべきことは同じだった。

 それでもなお、口にしてしまうのだ。


「……オレは源義経だ」


 そう言うと同時、眼下に一台の車が到着する。

 義経はその存在を認知していた。エシュロンと呼ばれる、この地球上で有力な軍団である米軍が所有する情報集積媒体から奪取した情報の中に、彼らの存在はあった。


「来るか、現代の退魔士たち」


 彼らの元へ、人々が殺到する。

 義経は自らの愛馬に命じた。

 円盤は変形する。その身から六本の足が生える。

 航行能力は一度、休息をとり、ナノマシンによる自動修復を行わなければならない。

 そして号令を下す。殺戮せよ、と。愚かな人類、愛すべき者たちを誅殺すべく、刀を振り上げた。


「オレを荒神であると言うのならば、かかって来い」


 鞍馬の寺にいたときから、あるいは兄と対立することが決定的になった京の都のときから、そして最期を迎えたあのときから、何も変わらないのだ。

 己はただひとり、そして我が意を表す得物だけが手の内にある。

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