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第十四話 ふたつの鼓動

 源義経。日本という国で歴史を学んだことがあるならば、その名を知らない者はいないだろう。

 平安時代の源平合戦において、常勝無敗を誇り源氏の勝利に多大な貢献をしながらも、兄との対立により歴史の表舞台を追われた英雄だ。

 その悲劇には多くの人が同乗し、同時に夢想した。彼は天狗の申し子に違いない。歴史上類稀なる天才であったに違いない。美少年で、あるいは美丈夫であったに違いない。美しくも儚い恋愛をしたに違いない。

 衣川の戦いを生き延び、北へと逃れたに違いない。

 いくつもの伝説と俗説にまみれた彼の本当の姿を捉えることはできない。

 しかして、その生涯はやはり、日本の歴史において燦然と輝く星であった。

 そしてその星は、手に握った銀を吉暉へと向ける。


「におうぞ。お前は、とても獣臭い」

「……そういうお前は、まったくにおいがないな」


 吉暉は答える。右腕の包帯をさらに解きつつ、立ち上がった。

 抑えていた霊力を解き放つ。

 歴史上の人物とて、人間であることに変わりはない。

 だがこの世に蘇った者が尋常であるはずがないのだ。

 一瞬でも気を抜いてしまえば、首が転がり落ちる。吉暉の中の猿神はそう告げている。

 義経が刀を下段から振るう。吉暉を狙ったものではなく、吉暉の肩にいた響子の式神を斬ったのだ。

 霊力が霧散する。吉暉は唖然とした。狙いは読めても、その剣尖を目で追うことができなかった。

 手首を返しての振り下ろしが、吉暉の肩に落とされる。本命の一撃は、寸でのところで外れた。

 吉暉のパーカーに浅い傷が入った。たたらを踏んで距離をとる。

 ほう、と感心したように義経は口を歪ませた。


「勘がいいな。だがやはり、武芸には優れん。所詮は獣か」


 義経はそう言う。その切っ先は吉暉ではなく、右腕に宿る猿神に向けられていた。

 吉暉など眼中にない。そう言っているのではない。そもそも、眼中にないことを示す必要がない。義経はただ、斬るべき相手を見定めているのだ。


「それにこのにおい、記憶にある女の気配だ」


 今度こそ、吉暉は驚いた。

 この義経は違う。吉暉が史実として習った源義経ではない。

 同時に確信する。この義経は己と縁ある存在であると。

 右腕を突き出して牽制する。距離を適度にとらなければ、懐に入れてしまえば待ち受けるのは死だ。


「素人考えだな」


 義経が腕を振るう。放たれたのは髪である。霊力を通し針のように鋭くなった髪は、手裏剣のように吉暉を襲う。

 横に跳んで避けるが、追随する義経はすぐに吉暉へと迫った。刀が振りかぶられる。

 避けられない。そう思うと同時、右腕を縦に構え刀を受け止める。猿神の宿った右腕は黄金の体毛を持ち、霊力が物理的に作用したことで擬似的な盾となって、刃を易々とは通さない。


「ぐ、うぅ」


 それでも響く鈍痛に顔が歪む。

 畳み掛けるように義経が刃を振るった。吉暉はその刀を右腕で払う。何度も避けて、何度も躱すが、反撃の糸口はまるで見えない。


「よく逃れるな」


 義経が軽口を言う。一方の吉暉にそんな余裕などない。

 義経の刀を目で追うので精一杯だ。瞬きをしてしまえば、刀の軌跡を見逃してしまう。目を閉じれば待ち受けてるのは命の終わりだ。


(実力差がありすぎる。それを埋めるにも、場所が悪い)


 不安定な足場、強い風、隠れる場所のないUFOの上では、まともに戦うこともできない。

 もとより一般人である吉暉は、いくつかの死闘を経たとは言え、素人に毛が生えた程度にしか戦いを理解していない。右腕に宿る猿神であっても、野性の稜威(いつ)を振るうのみで、武芸に特段秀でているわけではないのだ。

 地形を生かし、時に姑息な手を使ってでも勝ちを得るのが、いつものやり方だ。

 一発逆転を狙うにしても、このUFOの上はあまりにも場所が悪い。

 だから、距離をとる。一定以上踏み込まれないように、刀身の二倍の距離を保った。


「狙いがあからさまだぞ、女」

「俺は、男だ」

「見目の話ではないぞ」

「中身も男だ!」


 義経が飛び込んできた。大上段から振り下ろされる一刀は、先ほどよりも数段早く思えた。

 刀を腕で受け止める。今度は力勝負であった。UFOの上であるにも関わらず、義経は足にしっかりと力を入れて、吉暉を押しつぶすべく力を込めている。


「これならどうだ?」


 言うものの、義経は動かなかった。代わりにUFOの機体が揺れる。何ら操作をすることもなく、義経はUFOを操ってみせた。

 まさにこのUFOは、義経にとって愛馬のような存在であった。

 体勢を崩したのは吉暉だった。強引に右腕で刀をいなして、転がるようにして抜け出る。


「これでも喰らえ!」


 吉暉が言うと同時、腕を振るった。放たれたのは霊力を通した毛である。先ほどの義経と同じ技を、模倣してみせたのだ。

 これには義経もたまらず刀で弾いた。だが刀を振るったのは片手のみ。もう片方の手は刀印を結んでいる。

 それこそが隙であると、吉暉は走った。

 右腕を大きく引いて、突きの構えだ。刀を引くよりも早く、拳を叩き込まんとする。


『戦ってはダメ!』


 声が聞こえた。途端に、吉暉の体は重くなる。

 練っていた霊力が霧散し、風にあおられる体を抑えるために膝をついた。

 心臓を抑える。鼓動が早い。同時に汗が吹き出てきた。急に制止させられた肉体が、冷却に入ったのだ。


「……くだらん。本調子ではないのか」


 吉暉は睨み返すが、かえって義経の目に圧倒される。

 もはやその目に、吉暉の存在は映っていない。遠いどこかを見通し、その道中にある石と同じようにしか思っていないのだ。

 義経は吉暉を蹴り飛ばす。UFOの縁にまで飛ばされた吉暉は、もはや受け身もとることはできない。

 それでもどうにか立ち上がる。刀をひきずるようにして歩いてくる義経を、じっと見つめていた。


「お前は、本当に義経なのか?」

「そう言ったはずだ。記憶は鶏並みか?」


 義経は言う。吉暉は、その様子をじっと見た。

 吉暉にとって彼は、歴史上の人物である。名前を聞き、足取りを聞き、逸話を聞いてはいても、その顔を知るはずもない。

 それは現代人であるならば、誰もがそうだ。悠久の歴史は、当時の物品や建物の跡地から、人の営みを空想するしかない。

 だが、しかし。吉暉は違う。

 凍りついた心臓が教えてくれたのだ。義経がいかなる者であるかを。

 照らし合わせて、吉暉は考える。そして口にする。


「違うな。お前はどうにも、俺の知ってる義経じゃなさそうだ」

「……貴様!」


 義経の刀がひらめいた。

 剣先が吉暉の体を斜めに切り裂く。だが血は出なかった。

 一歩だけ引いた吉暉が刀を躱していた。

 同時に吉暉の姿がUFOの上から消える。その身はUFOの上から振り落とされた。

 上空からの落下に、浮遊感すら感じながら、吉暉は遠ざかってくUFOを眺める。

 雲を引き裂いて、わけもわからず、涙を流しながら。

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