第十二話 砲門
満天の星空の下で、白い天使が飛翔する。
ヘラはその身に霊力に似た力、彼女自身が『天骸』と称する力を纏い、天使の似姿へと変わっていた。
いや、彼女は天使を自称しているのだからその姿こそが天使の真の姿であるのだが、この世界の者からすれば、実態の異なる彼女の存在を天使と分類することができない。
ゆえに、似姿だった。彼女自身は無頓着であるから、それで良しとしている。
黒かった髪も白に変わり、異物としてこの世界から浮かび上がっていた。
『先行しすぎよ』
いつの間にか肩に乗っているのは、響子の式神である子猫だった。
「おかげでUFOも見つけられたでしょ? むしろ感謝してほしいのだけれど」
『あんたね……』
呆れた声がする。式神に微笑みを向けて、ヘラは改めて追っているUFOを視認した。
銀色に輝く機体は、おおよそ地球上の金属では最高度の硬さを持っているだろう。擬神器などに使われている日緋色金によるものだ、とヘラは見当をつける。
全長は三○メートルの巨体は、おそらく重力制御によって飛行している。
「さて、どう出るのかしら」
そうつぶやいた瞬間、UFOの表面に備え付けられた三つの龍頭が輝く。口が開くとともに、光線が発射された。
その光線は直線軌道ではなく、途中で屈折する。ヘラをめがけて、三本の熱線が迫った。一本は直撃、二本はその行く手を遮るように。
「飾りではなく、砲門なのね」
作品を鑑賞する口ぶりでヘラは言う。背に生えた翼を操り、熱線の射線から逃れた。
ついで、二度、三度と光が放たれる。上へ下へ、右へ左へと大空を縦横無尽に避ける。
繰り返すたびに精度が上がってきている。空中において自由に飛行ができるヘラであるが、同速度を保つのがやっとの状況では回避行動にも制限がある。一度距離をとってしまえば、みるみるうちに距離を離されてしまうだろう。
第八射が迫る。それはヘラの目をして、回避不可能であると判断する。ワームホールを開いて光線を異空間に飛ばすにしても、自身の減速は免れない。
一度退くべきか、と思ったとき、ヘラの周囲を鴉の羽が舞った。
周囲にいくつもの鴉が現れる。翼の裏が赤いそれは、響子の式神であった。
ヘラを超える熱量を持つ式神たちは、戦闘機におけるフレアとして機能した。大きな熱源を脅威と誤認したUFOの火器管制が式神を狙い、撃ち落としていった。
その合間を縫ったヘラはUFOに迫る。
「助かったわ、キョーコ」
『ここまでさせたのだから成果は出しなさい』
ヘラは指をUFOへと向ける。その指先にワームホールが開かれた。彼女が持つ能力のひとつは、異なる空間との距離を埋める穴を穿つことであった。
その空間から現れるのは、加速させられた武具であった。
異空間……宇宙のどこかの恒星で彗星のごとく循環させていた槍の一本が取り出し、発射される。
槍はUFOに直撃するが、表面で弾かれる。
続いて質量を優先し杭を穿つ。これを受けるも無傷だ。
ならば、と今度は隕石そのものを発射する。これにはたまらずUFOも光線で迎撃した。
『ちょっと、地上への被害も考えなさい』
「私だって今後のために貯めてるんだから、あんなのは何度もできないわよ」
苦言を呈した響子にヘラは応える。
打つ手がないわけではないが、ここであのUFO を墜とすことが望ましくないのはヘラとて同じである。
もとより、先んじてUFOを追ったのはPIROへの恩義からなどではないし、人々のことを案ずるような神経などそもそも持ち合わせていない。
面白そう、というのが直感的な感想であったが、近づいてみれば驚くほどに、自分自身との親和性があるように感じられた。
一般の人間が抱くように、このUFOは巨大なエネルギーによって稼働している。宇宙エネルギーと一言で片付けるのは容易だったが、『天骸』に近い性質を持つ何かが、UFOの中にあるのだろう。
(さて、サナトクマラね。この世界のあいつは、どのような心算でこのUFOを遣わしたのか)
吉暉と怜の調査に付き添っていたときから、薄々と察していた可能性を検討する。
サナトクマラ、すなわち、人々に何かをもたらさんと躍起になる何者か。この国で彼が何を成さんとするかは、むしろ天使という人の理を外れた者の方が理解できるものだった。
思考をしている間も、ヘラは武具を発射する。直線でUFOを追うのであれば、相手の狙いの気を逸らす必要があった。迎撃で向けられる光線も、ヘラが一向に近づかないからか様子見ばかりである。
『これから葉沼をそっちに飛ばすから』
こう着状態の中で響子から伝えられたのは、PIRO側の作戦だった。
「あー、そういうこと」
『タイミングを合わせるわ。こちらで数えるから、頼むわよ』
「ふふっ、いつぞやの仕返しといこうかしら。ちょっとは痛い目を見てもらわないと割に合わないし」
『それは同感』
式神の猫が笑ったような気がした。ヘラは再びUFOに指を向ける。高速で移動する相手と合わせるようにワームホールを開くため、演算を始めたのだった。




