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第十一話 進化の先

 PIROの車両は道央自動車道を南へ進んでいく。新千歳空港を通り過ぎたあたりで入った一報は、車内の者たちの気を引き締めた。


「未確認飛行物体を自衛隊が捉えました! やはり日高方面に向かってます!」


 助手席で声をあげたのは鶴喰だった。運転席に座る橘は頷く。


「ならこのまま行くぞ。葉沼は準備をしておけ。響子、上空はどうだ?」

「……まだです」


 目を閉じた響子はそう言う。その隣では、吉暉が右手の包帯を調整している。

 柳井の言葉を思い出す。吉暉の右腕には包帯が巻いていたと。吉暉が右腕を触れるまで、まったく意識していなかった。意識できなかった、というのが正しいだろうか。

 まるで道端の石のように、あることがわかっているはずなのに、視界の外側にあったかのようだった。

 吉暉が顔をあげる。作戦会議の内容を踏まえ、口を開いた。


「本気で太平洋に出るんだったら、ちょっとまずいですね。俺たちじゃ海を渡れない」

「そうなる前に捕まえます」


 吉暉の言葉に雪花は答える。思いつく手段はいずれも綱渡りであったが、可能性があるなら十分と実行に移したのは橘だった。


(これはいよいよ、まずいことになったぞ)


 磯野は最後尾で、怜の介抱をしながらその様子を眺める。

 はじめは冗談だと思った。何かの映画の撮影ではないのか、と。

 しかし彼らの真剣な表情と、渡された資料などを見るに、本気で未確認飛行物体を追おうとしているのだと理解した。

 本来ならば怜もこの作戦に参加し、いまの雪花の位置にいるのだそうだが、情けないことに酒でダウンしている。しかし本人が頑なに行くと言うから、磯野はやむなくついてきたのだった。

 そして怜を挟んで磯野の向かいにいる千歳と名乗る高校生は、怜の従妹であり、いま追っているUFOに知人がさらわれたのだと言う。


「あのバカ……首根っこ掴んで連れ帰ってやるんだから」


 言葉は荒くも、その心境は言葉から漏れていた。UFOなどという存在にも慣れているようであったが、一方で友人が攫われるという状況への苦しさも見せている。


「どうして、その、衛介くんはさらわれたんだ?」

「へ? どうしてって……」

「一緒にいたなら、二人ともが誘拐されてたんじゃないかなと思うんだよ。どうして衛介くんだけが拐われたのかを考えれば、目的もわかるんじゃないかなと」


 と磯野は聞くと、千歳は顔を真っ赤にして否定する。


「い、いえ、一緒だったわけじゃないんですよ」

「へ? そうなのか?」


 高校生の夜歩きは感心しない、それも女の子が一人でなんて。磯野はふと、オカルト研究会の女子高生二人を思い出して、千歳と見比べていた。


(ちばちゃんや綾乃に比べると、遊び慣れてそうではあるな)


 かと言って夜の一人歩きが危ないことに変わりない。まして、祭りに乗じてよからぬことをしようという輩は、決して少なくないのだ。


「その、恥ずかしながら喧嘩して」

「旅行に行くと喧嘩するカップルっているんだよな」

「カッ……そんなんじゃなくて!」


 否定する千歳は微笑ましくあったが、気が動転した彼女は一人で語り出す。


「だいたい、あいつ『シメと言ったらラーメンに決まっとる!』って言って、勝手にどっか行って……私はパフェがいいって言ったんですけど」

「思ったよりしょうもない理由だな!?」


 磯野は思わず声を荒げてしまったが、それに吹き出したのは雪花だった。


「札幌に来たら、シメは決まってますよね、ぱいせん」

「パフェだな」

「ラーメンですよね……って、え?」


 吉暉に言葉をかけた雪花であったが、思わぬ返答に間抜けな声を出してしまう。

 勢いよく後ろを振り返った彼女は、信じられないものを見るような目で吉暉を見つめる。


「私はぱいせんをそんな道産子に育てた覚えはりませんよ?」

「そもそも俺は道産子じゃない」

「これだからスイーツ男子は。甘えですよ甘え」


 スイーツだけに、と言いそうになった磯野は必死にこらえる。そういう空気ではないことを察したのだ。


「怜姉と磯野さんはどうなんですか? 地元民としてはやっぱりラーメン?」


 千歳が話を振ると、磯野は頷く。


「確かに、俺はラーメンだな。パフェは観光客向けみたいなところがある」

「三○○万円食べたい……」

「さりげなく桁を増やすな」


 ほんとウチの親戚がすみません、と千歳は泣きそうになりながら言う。この状況には同情せざるを得ない、と磯野は思った。


「クラトゥ・バラダ・ニクトとかでUFOは止まりませんかね」

「なんだっけそれ」


 吉暉の言葉に、磯野は聞き覚えがあるようだったが、出てきたのは見当違いのものだった。

 はあ、とため息をついたのは響子だ。


「『地球の静止する日』? 相手が護法魔王尊ならむしろ『幼年期の終り』というところよ。誰からかは知らないけど護法魔王尊がなんたるかは教わったのでしょう?」

「ええ、まあ。確かに納得しますね、その例えは。そうなると天狗たちは上主(オーバーロード)というところですか?」

「さてどうかしら。それに、私たちに進化の先があればいいのだけれど」

「あの、お二人さん?」


 雪花の呼びかけで、響子は窓の外に顔を向けた。吉暉は変わらない様子であった。

 磯野は彼らの奇妙さを見る。PIROという仕事場にいるのは怜を含めて学生ばかりだ。けれどもUFOという未知の存在を前にして、余裕のような表情を見せる。

 それは千歳にしても同じで、彼女の友人が拐われたとあって、自らの手で取り返そうという気概は、頼もしくも恐ろしくもある。

 きっと責任感を強く持つ怜もそれを感じているからこそ、この仕事から離れられないでいるのだろう、と磯野は思った。


「そういえば、あの、一番小さい子は?」


 磯野が訊ねる。あの会議室には響子と雪花を除いてもうひとり、小さな女の子がいたはずだった。

 響子が一瞥もせずに答える。


「アレならいま……待って」


 遮って、響子は目を開く。


「目標Aを捉えたわ。勝手に出ていったわりに時間がかかったじゃない」

「すると……?」


 薄々と察している磯野が、その疑念を晴らすために尋ねる。


「菜々実はいま、上空一万メートルで目標Aを追っているわ。もちろん、空を飛んでね」


 磯野はいよいよ目眩を覚えた。

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