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第七話 狸小路

「ぱいせん、遅いです!」


 吉暉が狸小路にある本陣狸大明神社の前にたどり着くと、鶴喰雪花は開口一番にそう言った。

 一方の吉暉とて、決して遅くに来たわけではないが、スマートフォンを見れば、彼女たちの到着の連絡から十分は待たせていたことになる。

 揃っている女性陣は、雪花、響子、そしてヘラの三人である。彼女たちは並んで吉暉を見ていた。


「なんで私服なんですか。浴衣はどうしたんです」

「仕方ねえだろ。昨日の今日で、俺は用事もあったんだし」


 雪花が祭に行こう、と唐突に言いだしたのがこの集まりの初めであった。高校生である吉暉はもちろん夏休みだったが、買い物に行く余裕などどこにもなかった。


「それで、待たせておいて、私たちには一言もなしですか?」


 腰に手を当てて雪花は言った。

 言われるまでもない。吉暉は彼女たちの出で立ちに圧倒されていた。

 アイヌの末裔である雪花は、アイヌ文様の鮮やかなアットゥシを身にまとっていた。紺の衣が、彼女の色白さを際立たせている。

 一方の響子も、黒地に紫陽花の花が鮮やかな浴衣は目を引き、鋭ささえ感じさせる清廉さは余人を寄せ付けず、大和撫子とはかくの如し、という様であった。


「ふふん、私の美しさに言葉も出ないようね」


 胸を張って言ったのはヘラであった。昨日会ったばかりであるが、ここぞとばかりに着ていたのはピンクにうさぎの柄の浴衣である。

 似合っているが、浮いている。いや、彼女の存在そのものが異質であるから、仕方のないことだと吉暉は思う。目立ってしまうのはやむをえないことだ。そして彼女が目立つことを気にしない質であることもよく知っているところだった。


「……黙ってないで何か言ってくださいよ」

「あ、うん。似合ってる」

「それだけですか?」

「早く祭りに行くぞ」

「もう! 響子さんからも何か言ってくださいよ」

「別に、私は求めてないけれど」

「綺麗ですよ、響子さん。……痛い、痛いから」


 吉暉が響子へ感想を言えば、雪花と響子からそれぞれ違う意味の鉄拳制裁が下される。けらけらと笑うヘラには、いつもの尊大な態度はなく、人の間抜けな様子を見て笑う悪ガキのものだった。

 四人は大通方面へと歩き出す。四週間、毎日行われている大通公園の夏祭りであったが、一方で同時期に、周囲にあるすすきのや狸小路でも祭りが同時に行われている。

 吉暉は周囲を見渡す。溢れる人はどこからやってくるのだろう、と思いを馳せた。

 仕事帰りに立ち寄ったり、カップルがデートで向かったり、家族がたまにの外食で利用する、友人たちで集まることもあるだろうし、親戚同士の付き合いに使われるかもしれない。

 日常の中にある非日常の一ページとして、夏祭りはあった。

 昔の自分は、こういう集まりが苦手だった気がする。吉暉はそう思った。


「俺はぜんぜん来ないんだけど、こっちの夏祭りって何があるんだ?」


 吉暉が言えば、答えるのは隣を歩く雪花だった。


「ぱいせんが知ってる夏祭りと大差ないと思いますが、大通公園のビアガーデンや盆踊りは、日本一大きいんですよ」

「なんつーか、思ったより地味?」

「言っておきますけど、札幌の屋台は内地とは違いますからね」

「本州の夏祭りは行ったことないくせに」

「それはぱいせんだって、こっちの夏祭りが初めてという意味では同じじゃないですか。見ててください、絶対に美味しいって言わせてみせますから」


 そういう雪花であったが、札幌の食事について、吉暉は信頼を置いている。地元民である雪花の案内もあれば、失敗もないだろう。

 前を歩くヘラはウキウキの様子だった。吉暉から見て外見相応の姿であり、とても自称五百歳であるとは信じられない。


「あ、セッカ! あれ欲しい!」

「はい? って、わたあめ? せ、せっかくだし、もう少しグルメとか」

「ただのわたあめではない! 見よ、あの袋を!」

「アニメキャラ目当て!? ああ、はい、わかったから」


 ヘラに引っ張られて、雪花が露店の方へと消えていく。吉暉はそれを追いかけようとしたが、ふと背後が気になった。

 振り向けば、響子が少し距離をとっている。人混みの中から目を細めて吉暉を見ていたが、吉暉の視線に気づくと、顔をそらした。

 人の流れに逆らって、吉暉は響子の元へと向かう。正面で相対しても、響子は吉暉と視線を合わせることはなかった。


(はぐ)れますよ」


 吉暉がそう言うが、響子は動じなかった。代わりに、響子は口を開く。


「苦手なのよ」

「人混みがですか? それは、俺もですけど」

「そうじゃないのよ、そうじゃ……」


 響子が口ごもる。吉暉は黙って響子を見る。

 その心中を知ることは叶わないが、目を逸らしてはいけないのだ、と心が命じた。

 ようやく、響子は一言だけ口にする。


「どうして私を見つけるのは、よりにもよってあんたなのよ」

「…………」


 吉暉は黙り込む。かける言葉はない。

 雑踏の中で、二人の周りから音が消える。手を伸ばしても届かない距離がもどかしく感じられる。そして、伸ばしたところで振りほどかれるだろうことも想像できた。

 だから吉暉は、この距離を保つ。目は逸らさないぞと決めて。


「ぱいせーん! 響子さーん!」


 雪花の声が聞こえる。吉暉と響子は、同時に振り向いた。

 ヘラを連れた雪花は小さな体を人と人の間を縫うようにして、二人の元へとやってくる。


「ちゃんとついてきてくださいよ」


 とは言うものの、吉暉と響子の間に流れる空気に違和感を抱いたのか、眉をひそめた。


「響子さん、ぱいせんに変なことされませんでした?」

「お前は俺をどんな変態だと思ってるんだよ」

「ドがつく変態ですけど?」


 ジト目を向けて、雪花は言う。そして響子の手を引っ張ると、狸小路商店街を進む。


「早く行きましょう。この四人でいられることなんて、滅多にないですし」


 にこやかな雪花に、響子は戸惑う表情を浮かべた。その様子を見て、吉暉は笑顔を浮かべる。

 四人は揃って、狸小路商店街を抜けた。手には多くの食べ物や、ミニゲームの景品があった。

 雪花がスマートフォンを片手に、写真を眺めている。いつの間に撮っていたのか、スーパーボール掬いで四苦八苦する響子とヘラや、射的をしている吉暉の姿が収められている。

 帰ったら送りますね、と言う雪花は嬉しそうだった。


「そういえば、千代田さんたちが大通公園の方にいるらしいけど、行く?」

「あ、サークルの方々ですね。ご挨拶にうかがいますか」


 踵を返して、大通公園方面へと向かう。

 夜も八時を過ぎて、少しずつ帰っていく人もいる。中学生の雪花も本来ならば帰らなければいけない時間であるが、少しのお目こぼしがあってもいいだろう、と吉暉は思った。

 怜に連絡を取るべく、吉暉はスマートフォンを取り出す。だが、そのときにかかってきた電話は、PIROの橘支局長からであった。


「もしもし、葉沼です」

『葉沼か! いまどこにいる?』

「大通公園の前です。狸小路方面から、鶴喰たちと一緒に……」

『ちょうどいい! 支局に戻ってきてくれ!』


 その慌てている様子に、並々ならぬものを感じた吉暉はスマートフォンをスピーカーモードに変えて、雪花と響子を呼び寄せた。


「どうしたんですか」

『青森から未確認飛行物体が向かってきている! 速度は時速一○○キロを超えているだろう。形状は円盤だ。ついさっき、函館の上空を通り過ぎたと連絡を受けている!』


 吉暉が顔をあげると、雪花も響子も険しい顔をしている。

 妖怪ハンター、と俗称で言われるPIROの局員は、むろんのこと飛行能力を有する妖怪と戦うことも想定している。

 しかし、未確認飛行物体……UFOの接近と言われても、実感は湧かなかった。


『いますぐ雪花、響子を連れて戻ってきてくれ! 千代田も大通にいるはずだが、そっちには俺から一報を入れておく!』


 ぶつり、と通話が切れる。ため息をついたのは雪花だった。


「仕方ありません。戻りましょうか」

「未確認飛行物体が来たとして、何ができるんだ。どっかのビルから迎撃でもするのか」

「いいえ、もう来たわよ」


 菜々実がそう言った。彼女は空を指差す。その先に視線を向ければ、空には一等輝く星があった。

 そしてその星は、自由に動いている。流星や人工衛星には不可能な機動である。

 その円盤はやがて札幌の上空を漂うと、光の柱を下ろしたのだった。

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