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こんにちはおじさん

作者: 永谷 園

毎日投稿第13弾です。

よろしくお願いします。


 テレビ番組で「シンプルに人がいる、が一番こわい」というドッキリ企画をやっていた。

 芸能人が自宅やホテルの部屋に帰り、ベッドをめくるとそこに知らない人がいるのだ。

 何かするわけではない。

 ただいるだけだ。

 そしてそれが一番こわいのではないかという実験的な企画だ。

 実害はないのに、「ただいるだけ」が一番こわいというのもおかしな話だが、人間の恐怖心とは実害とは比例しないものなのかもしれない。

 引っかかった芸能人たちはみんな口を揃えて「人生で一番こわい体験だった」というのだそうだ。 


 たしかに怖そうだ。

 下手に幽霊のコスプレのような格好をして、なにかを仕掛けるよりも薄気味悪かった。

「普通の、どこにでもいそうなただの他人が勝手に家にいてなぜか立っている」というのは、相当こわいだろう。


 生きている人かもしれないし、もう生きてはいない人かもしれない。

 知ってる人かもしれないし、知らない人かもしれない。

 ぱっと見の見覚えはない。なぜそこにいるのかわからない。

 だが、確かにそこにいる。

 自分が一番安心できる場所に無断で入り込んでいる。

 その人が誰で、いつ、どこから、なぜ入ってきて、なにをしているのかわからないのだ。


 悪い方向にばかり連想がいく。

 たしかに、これは相当な恐怖だ。



 そんなことを考えているのは、まさにいま、自分がその状況に居合わせているためだった。


 私の家にいたのは40代くらいのおじさんで、やや身長は高めだった。だいたいだが175cmくらいだろうか。白いシャツに黒いズボンを着ていて、やけに青白い顔をしている。

 男一人で暮らしている私が、仕事を終わらせてアパートへと帰ってくるとおじさんがいた。

 おじさんはリビングのソファの前に立って、付いていないテレビがある方向の壁をただ見ていた。

 私が帰ってきてもまったく動じず、ただ、壁の一点を見ていた。

 私は一度ドアまで戻り、部屋番号を確認した。

 間違いなく私の部屋だった。

 もう一度中へ入る。

 やはり、同じ場所におじさんが立っていた。

 おじさんは、同じ場所で壁をみていた。

 無表情で直立不動のまま、ただ立っていた。

 感情は読み取れない。

 こちらに気づいているのかどうかもわからない。


 私はとりあえず110番をした。

「あ、あの……家に帰ったら知らないおじさんが部屋に上がり込んでて……いや、あの、まだいるんですけど……な、なんかずっと壁の方見て立ったままなんです。はい。……住所は東京都北区……」

 連絡が終わったタイミングで、おじさんはゆっくりとこちらを向いた。

 無表情のままで、まっすぐこちらを見つめる。一重瞼で、瞳孔が開かれていた。

 瞬きすらしていないのではないかと思ったがよく見ると普通にしていた。

「あの……ここ私の家なんですけど……ここでなにしてるんですか……?」

 私はおそるおそる聞いた。

「こんにちは」

 おじさんが言った。

 質問の答えにはなっていなかった。

 抑揚は少ないが正常な、ごく普通のあいさつだった。あまり話したことはないけれど特に嫌っているわけでもない隣人とあいさつするときのような、絶妙な距離感。

 頭が混乱して、私はその場に固まった。

 沈黙。

 私が呆然としていると、おじさんはそのまま何事もなかったかのような自然な動作でこちらへゆっくりと向かってきた。

思わず身をこわばらせる。近くに武器になるものはないか見まわし、傘立てに刺してあった傘を掴んだ。

おじさんが私の横を通りすぎる。

そしておじさんは、何事もなかったかのようにそのまま外へ出て行ってしまった。

 私は傘を構えたままおじさんを見送り、呆然とその場に立ち尽くした。


 警察は15分ほどで駆けつけてきた。

 しかしもうとっくに、おじさんはいなくなっていた。

「盗まれたものなどはなにもないんですね?」

「はい。通帳も財布もなにも取られてないみたいです……」

 警察は怪訝な表情をして記録をとる。

 散々家の中を調べたが、とくに変わった様子はどこにもなかった。

 私は鍵を開けて家へと入ったため、鍵はきちんとかけられた状態だった。

 窓は開いていたので、窓から侵入された可能性が高いとのことだった。

 部屋がアパートの二階だったので、油断していたのがよくなかった。

「その人物になにか心当たりはありませんか?」

 正直心当たりはなかった。

 少なくとも、記憶の限りではあの顔に覚えはない。

 私のことを疎ましく思っている人間がいるかはわからないが、真面目で誠実であることが私の取り柄だった。

 警察は事件を聞いて、いろいろと不審がっていた。

 私のことも怪しいと思っているようだ。

 スマホでおじさんのことを撮影しておけばよかった。

 

「とにかく、この辺りの警備は少し厳重にしておきます。鍵を新しいものに変えてください。そして、もしもまたその男性を見かけるようなことがあればご連絡ください。ただ、決して自分から声をかけたりはしないでください」

 警察はいくつかの注意を述べて、去って行った。

 この報告でどの程度警備が強化されるのかはわからない。

 結局、自分の身は自分で守るしかないのだ。

 私はその日のうちに防犯カメラを買い、玄関とリビングにそれを仕掛けた。

 

 次の日、こんにちはおじさんはまた現れた。

 その日は日曜日だったので友人と映画を見て、おじさんのことを話した。

 友人はおじさんに「こんにちはおじさん」という名前を付けた。

 友人に話したおかげで、精神的にだいぶ安定できていた。

 心配する友人にもう大丈夫だと言って別れを告げ、一人で家に帰ったところだった。

 

 こんにちはおじさんは昨日と同じ場所に、同じ体勢で立っていた。

 直立不動だった。

 

 私はスマホでおじさんの写真を撮った。

 白い服に黒いズボン、昨日とまったく同じ格好だった。

「警察に通報します」

 はっきりとした口調でおじさんに告げる。

 そして110のボタンを押した。

「もしもし、昨日も通報した林という者ですが、昨日相談した男性が今日も家に来ています。はい……」 

 面食らいはしたものの、覚悟ができていた分昨日より行動が素早かった。

 おじさんは電話をしている私に気づいたのか、ゆっくりと私の方を向いた。

「はい、男性はまだ目の前に……」 

「こんにちは」

 おじさんは私を見て、昨日と同じような無表情のまま、昨日と同じように瞳孔の開かれた目で、昨日と同じように私に向かってあいさつした。

 口調も、昨日と全く同じだった。

 目の前がくらっとした。

 言葉にできない恐怖を感じて、私はちょっとしたパニックになった。

 全身の毛が逆立つのを感じた。

 ゆっくりとおじさんが近づいてくる。

「……どうされましたか!? もしもし、聞こえますか!?」

 電話の奥で対応している警官が声をかけてきていた。

 耳鳴りがして、はっきりと聞こえなかった。

 ゆっくりと、ゆっくりとおじさんが近づいてくる。

 昨日はこんなにゆっくりだっただろうか。

 私はおじさんから目が離すことができなかった。

 無表情のままゆっくりと近づいてくる。

 私は腰を抜かして廊下にへたり込んだ。


 そしておじさんは、そのまま私の横を通り過ぎた。

 こちらを気にする様子もなく。

 昨日と同じく、何事もなかったかのように玄関から出て行った。

 警察が来るまでの間、私は恐怖でその場から動くことができなかった。

 

 やってきた警察に写真と動画を見せた。

 その映像はある種異様なものだった。

 防犯カメラに移った映像を見ると、こんにちはおじさんは玄関から普通に入ってきていた。

 そのまままっすぐとリビングへと向かい、ソファの横で止まる。

 そしてなにもないただの壁をじぃっと見つめ、そのまま動かなくなった。

 何時間もの間、じっと立ち尽くしたまま。

 そして、映像の中の私が家に帰ってくる。

 私は家の鍵をきちんと閉めていたはずだった。

 おじさんは合鍵かなにかを作って侵入したのかもしれない。

 とにかくこれで、警察は本格的に動いてくれるそうだった。

 私は早急に鍵を新しいものと取り替えた。



 

 それから、十年以上の月日が流れた。

 こんにちはおじさんは二日目以降一度も家に現れず、警察もおじさんを発見できなかった。

 私にはなにもわからず、ただ、時折テレビの横の壁を見つめることしかできなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字脱字の報告、評価、その他もろもろなにかございましたらご連絡ください。

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