遭遇
「ねむーい」
明日葉は欠伸を漏らす。
結局、学校は通常通り始まったので夜更かしした明日葉は母に叩き起こされながら重たい身体を引き摺って登校した。その代わり、授業は昼までで終わり現在は帰宅途中である。
「ん? 昨日言ってたのは、あそこかな?」
昨晩起こった通り魔事件の事件現場。朝は遅刻しそうだったので素通りしてしまったが、道を少し外れた先にパトカーが停まっていた。『KEEP OUT』の黄色いテープも見える。
「襲われた人、どうなったんだろう?」
明日葉は気味が悪くなり、視線を進行方向に戻した。
「?」
遠くから誰かが歩いてくる。
ふらついた足取りの人。
変に思いながらも明日葉は歩みを進める。
徐々に二人の距離が縮んでいく。
近づいてくる人の姿が明確になっていく。
ボロボロの汚れた服に袖から見える左手には包帯が巻かれている。そして右手にはーー
「!?」
分厚い刃の刃物。
樹などを伐採するときに使われる鉈だ。
だが鉈は赤く錆び付いて、まるで血のようだった。
明日葉は踵返し、必死の思いで来た道を駆け戻る。
あの人だ。明日葉は思った。
通り魔事件の犯人はホームレスのような格好で鉈を持っていたと昨晩のニュースで流れていた。それと合致する人が目の前に居るのだ。恐怖の以外の何物でもない。
逃げないと殺される。
でも何処に?
学校は遠いし、家は真逆の方向だ。何処かの家に助けを求めるべきか? それとも近くの交番にーー
そこで明日葉は思い出す。
事件現場にパトカーが停まっていた。つまり警察の人が居る!
明日葉は道を折れ曲がり、先に見える事件現場へ向かう。
ゾワリと背筋が凍った。
顔だけ振り返ると、鉈の刃が目の前にあった。
「きゃ!?」
明日葉は何かに躓いてアスファルトの地面に倒れる。
ぶん! と頭上を何かが通った。
痛みを堪えて顔を上げた明日葉。
目の前に立っていたのはニヤリと不気味に嗤う黒髪の少女。
逃げなければいけないのに明日葉の身体は動かなかった。人は絶望すると動けなくなるらしい。
鉈が掲げられる。そしてーー
「《狙撃》!」
光の弾丸が目の前で弾けた。
「ほら、人間! さっさと立ちなさい!」
明日葉の腕を引っ張ったのは昨晩出会った妖精。
「え? 何? 何が起こってるの!?」
「落ち着きなさい! あなたは今、魔女に襲われてるのよ。死にたくなかったら早く逃げなさい!」
「わ、分かった!」
通り魔が光の弾丸を受けて怯んでいる隙に明日葉はパトカーの方向へ駆け出す。
パトカーの傍に警察官が二人居た。
「通り魔です! 助けてください!?」
警察官は明日葉に気付き、彼女を保護する。
「もう大丈夫だ。それで通り魔は何処に?」
「その道の先にーー」
明日葉が指差したときだった。
大質量の何かが飛んできた。
「あーもう! またやられた!」
明日葉を巻き込んだのは青くて長い髪のブレザー姿の少女。
昨日の謎の少女だった。
「お、おもい~」
「ん? あ、ごめん!」
謎の少女は明日葉を尻に敷いていることに気付くとすまなそうに立ち上がる。
「大丈夫かい、君たち?」
警察官の一人が心配そうに二人を窺う。
「そこの君、止まりなさい!」
もう一人の警察官が声を上げた。
そちらを見ると通り魔がケタケタ笑いながら明日葉たちの方へゆっくりと近付いてきていた。
「持っている鉈を捨てなさい! そちらに攻撃の意思があるなら発砲するぞ!」
警察官は拳銃を構える。
「早く応援を呼べ!」
もう一人の警察官がパトカーに身体を突っ込み無線で応援を呼ぶ。
そこで銃声。
「今のは空砲だ! 次は当たるぞ!」
警察官が威嚇射撃をするも通り魔は止まらない。
「君たちは安全なところへ!」
拳銃を構えていた警察官が明日葉たちに言った。
前傾姿勢になる通り魔。足に力を込めると一気に肉薄してきた。
「《狙撃》!」
警察官より先に謎の少女が通り魔に光の弾丸を撃ち込む。
だが、避けられて鉈の刃が迫った。
警察官が拳銃を発砲。
それでも通り魔は止まらず、鉈が振り下ろされた。
「無事?」
明日葉が目を開くと誰かが背を向けて立っていた。
学校のブレザーを着た金髪の少女だ。年齢は明日葉と同じぐらいに見え、RPGゲームの世界に出てくるような剣で通り魔の刃を受け止めていた。
剣の少女は腕に力を込めて剣を通り魔ごと振り払う。
通り魔は体勢を崩しながらも地面に着地する。
「!?」
一瞬のことだった。
明日葉の目の前に居たはずの剣の少女が一跳びで通り魔を追撃した。
「はあッ!」
剣が振り上げられ、鉈が宙に舞う。
そしてそのまま袈裟斬りを放った。
「うぐ!?」
胸を斬り裂かれ通り魔が膝をつく。
「とどめだ。悪の魔女!」
剣の少女の突きが通り魔の肋骨を砕き、心臓を刺し貫いた。
初めは痛みに暴れていた通り魔だが、力尽きてガクンと頭を垂れた。
「なんだ。結構楽勝じゃん」
引き抜いた剣で肩を叩く剣の少女。
振り返ると明日葉たちにVサイン。
「もう安心して。悪い奴は私が倒したから!」
「馬鹿!? 首を刎ねないと、その魔女は倒れないわ!」
「へ?」
妖精の言葉に剣の少女は呆ける。
彼女の背後には真っ黒で大きな鉤爪。
「……嘘でしょ?」
振り返り様に剣の少女は剣を振り払った。しかし、剣は粉々に砕けて剣の少女は吹き飛ぶ。
彼女を倒したのは左腕が黒く肥大化した通り魔。
ゲラゲラ笑いながら。
「?」
何かに反応する通り魔。
パトカーのサイレンが鳴り響き、通り魔は走り去っていった。