序章6 『神様と力』
下級神シオンと契約を結ぶ約束をし、まずは今後の生活に関してどうするかを聞くことにする。
「さて、契約を結ぶのはいいが、俺はどこに住むことになるんだ? もしかして、すぐに中級神の異世界に行くのか?」
「ううん。トウマはここに住むんだよ。ボクと一緒にね」
そう言われて周りを見るが、目に映るのは見渡す限りの草原しかない。
「……だだっ広いだけで、家もなにもないんだが……」
「それはこれから作るんだよ。神と契約した使徒は、基本、契約神が作った領域で過ごすことになる。そこが言わばボクとトウマの拠点になるんだ。だから中級神の世界に行くのは、準備が全て終わってからになるかな」
「なるほど。しかし作るって言っても、建築技術なんかあるのか?」
シオンはそれを聞いて、ちょっとムッとした顔をする。
「トウマ……ボクは下級とはいえ神様なんだよ? 家程度の創造物も作れないと思ってるの? この領域だってボクが作ったんだよ?」
「怒るなよ。シオンの力をそんなに多く目の当たりにした訳じゃないんだ。しょうがないだろ?」
確かにこの空間を作ったり、俺のマンションのドアとこの世界を繋げたりと凄い能力だとは思うが、直接どうやったか見ていないからピンと来ない。唯一見たとしたら、テーブルとイスとお茶セット、後は契約書を不思議空間から取り出したり、俺が吹きこぼしたお茶を拭くナプキンを出して、滴汚れを消した程度だ。
「ムゥ~……! ……分かったよ、トウマ。ボクの力を見せてあげる!」
俺の疑い交じりの視線にむくれていたシオンだったが、なにやら思いついたのかニヤリと笑みを浮かべ、威勢のいい声を上げて空に向かって右手を突き上げた。
その瞬間、世界がカッと光り、次の瞬間、凄まじい衝撃音と突風が周囲を襲い、そのあまりの勢いに、俺は後ろに吹き飛ばされた。
「だぁーーーーー!? な、なんだぁーーーーー!!?」
悲鳴を上げながら転げ、なんとか態勢を立て直して衝撃が襲った方向を見ると、モウモウと凄まじい土埃が舞い上がっていた。そのすぐそばには衝撃や突風などモノともせずに、手を突き上げた状態でシオンが立っていた。
やがて土煙が少しずつ晴れてくると、衝撃があった地点に巨大な影が見え始め、はっきりとその姿を視認出来るようになって絶句する。
「おいおい、嘘だろ……」
そこには巨大な城が立っていた。城といっても日本風の城ではなく、西洋のお城だ。おとぎ話に出てきそうな城が目の前にそびえ建っていた。
そして、その城を背に『フフーン、すごいでしょ』というが如く、シオンが腰に両手を当ててこちらを向き、仁王立ちしながら得意げに言った。
「どう、すごいでしょ! これがボクの力だよ!!」
どうやら俺に疑われたのが気に食わず、手っ取り早く凄さを見せる為に、城を作って見せたらしい。その様子を呆然と数秒見た後、無言で立ち上がり、吹っ飛ばされて、土埃や草まみれになった服の汚れを叩いて落とす。
そして、未だに得意げに仁王立ちしているシオンのそばまで移動し……ゴツンッ! と頭に拳骨を食らわせてやった。
「イダッ!? なにするのさ、トウマ!」
「それはこっちの台詞だ! いきなり、こんな馬鹿でかい城を出すやつがあるか!!」
「だって、トウマがボクの力を疑っているみたいだから、どれだけすごいか見せようと思ったんだもん!」
「だからといってやり過ぎだ! お前は加減というものを知らないのか!」
「ウゥ~~……だって~……」
「まったく、どうすんだよ、コレ……」
そう言いながら城を見上げ、ふと城が建っている場所に今まであったはずの物を思い出し、サァーーーッと血の気が引く。
「おい……シオン……」
「……なにさ」
拳骨を食らったのが納得いかないのか、ちょっと拗ねた感じで返事をするシオン。そんなシオンに少し震える右手で、出現した城を指さす。
シオンは、俺が差した指の先を見るが、そこには巨大な城があるだけなので、? という感じで、首を傾げる。そんなまだ分かっていないシオンに告げる。
「あの辺りって、確か俺がここに来た時のドアがなかったっけ?」
しばらく時が止まったよう静寂が続いた後――
「アァーーーーーーーー!!?」
というシオンの絶叫が草原に響き渡った。
「ど、どうすんだよ!? これって完全に潰れているんじゃないか!?」
「ま、待ってて! 今、城を消すから!!」
そう言って城の前までシオンは移動し、城に向かって手をかざして、横にスッと手を振ると城は一瞬で掻き消えるように消えた。
あれだけ馬鹿でかい城を、一瞬で出したり消したり出来るとか流石神様だなと感心したいが、今はそれどころじゃない。俺たちはすぐさまドアがあった場所へと駆け寄る。
「……」
「……」
二人とも目の前にあるドアだった物の姿を見て、しばらく言葉が出なかった。
ドアは見事なまでに大破していた。上から凄まじい重量がかかった為だろうか、根本近くで折れ曲がり、ドア部分は完全にひしゃげてしまい、元の原形をとどめていない有様だった。
「……こりゃ、もう完全に潰れているな……」
ドアの近くに行き状態を確認する。近くで見ると酷い有様だ……どれだけ凄まじい重さが上から掛けられたか、想像に難くない。ただ不思議なのは、ドアが地面にめり込んだりはしていないことだった。
あくまで想像だが、ドアだけが自立して立っていたから倒れないよう空間に固定でもされていたんだろうか? しかし、城の重さにドア自体の強度が持たなかったから、ドア部分がひしゃげて潰れた……? あんな馬鹿でかい城の重量が上から掛かれば無理もないが……。
フゥ~……と一度ため息をついて気を取り直し、シオンに声を掛ける。
「まあ、やってしまったものは仕方がない。シオン、直してくれるか?」
あんな城を一瞬で出したり、消したりも出来るんだ。ドア一つ直すことぐらい、訳ないだろうと思って気軽にシオンに言うが、シオンから返ってきたのは予想外の台詞だった。
「……無理……」
「ハァ!? な、なんでだよ! このドアはシオンが用意した物だろう!」
「……それは地球の神様が作った物なんだ……だから、ボクに直すことは出来ない」
「な!? ……じゃあ、もう帰ることは出来ないのか?」
不気味な沈黙の後、俯いていた顔を上げ――
「……テヘッ♡」
と舌を出し、やっちゃった♡ という感じで可愛く笑った。
「テヘッ♡ じゃねぇーーーー! どうしてくれんだよ!!」
「だって、仕方ないじゃない! 壊れちゃったものはどうしようもないんだから!」
「お前、神様だろうが! なんとかしろ!!」
「神様でも、出来ることと出来ないことがあるの! だいいち、もうボクの使徒になるんだから、帰れなくても問題ないじゃない!」
それはそうなんだが、元の世界から持ってきた物は、いつも着ている普段着と鍵と財布とスマホ。あとは途中で取りに行った眼鏡ぐらいだ。使徒になれば戻れなくなる以上、もうちょっと役に立ちそうな物とか、出発前に色々用意するのが当たり前だ。これだけじゃ、心許無さ過ぎる。
「ハァ~……」
深く溜め息をついて、その場に胡坐をかいて座り込み、下を向いて目を閉じる。その様子を見て不安になったのか、シオンがちょっとオドオドした声色で話し掛けてくる。
「あ、あの……トウマ? ……そ、その……」
その様子をチラリと伏せた状態のまま上目遣いで見ると、睨んでいるように見えたのか、ビクッと反応してプルプルと震えて涙目になる。犬耳や尻尾がもし生えていたとしたら、確実に垂れ下がっていたに違いない。
流石にちょっと可哀そうになってきた。そんな態度を取られてしまったら、こちらが折れるしかなくなる。
「フゥ~……」
仕方ない、と自分の感情に区切りを付け、もう一度深く息を吸い、腹の底に溜まっていた感情を息に変えて吐き出す。そして、立ち上がってシオンに歩み寄った。
シオンはプルプルと震えながら俯き、両手でズボンをギュっと握っている。そんなシオンに手を伸ばし、頭にポンと手を置いた。
「怒鳴って悪かった。まあ、直せないんだったらしょうがない」
「トウマ……ごめんなさい」
ちょっと涙声でシオンは謝った。そんなシオンの頭を優しくクシャクシャと撫でてやり(おお! スゲー、サラサラ)、壊れてしまったドアを見る。
「しかし、どうするんだ? お前が作った物じゃないのに、こんなに壊して大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ! ……多分……」
若干、不安そうだ……バレたら怒られる可能性は高そうだな。
「地球の神様がどんな人? なのかは知らないが……素直に謝ったほうが良いと思うぞ?」
大人として(シオンの方が年上だが……)、アドバイスをするが――
「う~ん……黙ってたら、バレないかな?」
と、本人は隠す気満々だった。
「嫌々、流石に駄目だろ」
「でも、本気で怒ると怖いらしいし……」
「……そうなのか?」
「本気で怒られたことはないけど、噂ではかなり……」
その噂とやらが気になるが……あまり深く追及するのはよそう。気持ちを切り替える為に話を変える。
「謝る方法は、また後で考えよう。それより話を戻そう。確かここに住む家を作るって話だったよな?」
「ああ、うん。ボクとトウマの新居をこの世界に建てるつもり」
「新居ね。どんな感じの家にするんだ? 言っとくがあんな馬鹿でかい城は御免被るぞ」
流石にあんなでかい城に住むのは勘弁して貰いたい。二人で住むには広すぎるだろうし、落ち着かない。
「わ、分かってるよ! あれは単なるパフォーマンス!」
自分でもやり過ぎたと反省したのか、さっきの一件を持ち出すと、ちょっと恥ずかしそうに反論してくる。ちょっとは調子が戻って来たようだ。
「はいはい。で? どんな家にするんだ?」
内心ちょっと安心し、優しく先を促す。
「えっとね~♪」
そう言い、上機嫌で謎空間から紙を取り出す。どうやら間取り図らしい。事前に用意していたのか……どれだけ楽しみにしていたのやら。内心苦笑しつつ、その場に二人で座り、間取り図を一緒に眺める。
「一階建ての平屋か……部屋が二部屋に、リビングにキッチン……随分とシンプルだな」
「そう? あまり広いと落ち着かないでしょ。二人暮らしならこれぐらいで十分だと思うんだ」
「まあ、そう言われればそうだな。広さはどれぐらいを想定しているんだ」
「各部屋は、好みもあるだろうから決めてないけど、リビングは十二畳ぐらいかな~……」
「家具次第だが、二人暮らしならそれぐらいが妥当か……」
その後も、あーでもない、こーでもない、ここはこうしよう、と色々意見を交わしつつ、新居の間取りを決めていき、ある程度間取りの内容が固まったところで、突如、俺のお腹がグーッと空腹を訴えた。
「あ……悪い」
「フフ……お腹すいた? そう言えば、話し始めて大分時間も経ったね」
そう言い、シオンは空を見上げる。それに釣られて空を見上げると、サンサンと光る太陽が結構高い位置に移動していた。……ん、太陽?
「なあ、シオン。あれって太陽なのか?」
「え? うん、そうだよ」
「流石神様、太陽も作れるのか~」
「ええ!? ……ああ、違う違う。ボクが作った太陽じゃないよ。あれは地球にも存在している太陽だよ」
そう言い、否定して首を横に振る。
「へ? ここって、シオンが作った世界なんだろう?」
「そうなんだけど……えっとね、トウマ。流石に神様でも太陽を何個も作るなんて無理なんだ。あれは人間に匹敵するか、それ以上の奇跡の産物だから。あれは地球の太陽を別次元から観測しているんだ。言ってしまえば、この世界は別次元に存在しているだけで、地球と全く同じ環境下に存在しているんだよ」
「なるほど、別次元か……」
完璧に理解しているとは言い難いが、なんとなくは理解できる。確かに太陽なんてそう何個もポコポコ作るより、流用出来るならしたほうが理に適っている。
しかし、いまいちシオンの力の幅が掴めないな。馬鹿でかい城を一瞬で作ったり、この世界を作ったりも出来るが、太陽は借り物。どこまでが出来てどこまでが出来ないのか、もっと知っておいたほうが良さそうだ。
「なあ、シオンってどこまでの物を生み出せるんだ? 詳しく教えて貰えると助かるんだが……」
「それはいいけど……トウマ、お腹空いたんじゃなかったっけ?」
「あ! ……そうだった。シオンの話は色々興味深いんで、忘れるところだった。部屋に帰れないんじゃ作れないし、なんか食べ物とか用意出来るか?」
指摘されると余計お腹が空いてきた。お腹を押さえてそう言うと、シオンはクスクスと笑う。
「うん! じゃあ、ご飯にしよう!」
笑顔でそう言うと、立ち上がり、お茶を用意したテーブルに歩いていく。それを追うように立ち上がり、テーブルでお昼休憩を取ることにした。