第一章27 『神様と冒険の終わり』
「ウゥ~! トウマ、消えないで! ボクを置いてかないで!!」
頬に熱い滴を感じる。ポタポタと落ちる水滴を感じながら、自身の核に熱が宿る。
消えたと思った核の火はほんの僅かだがチロチロと燃えており、そこに燃料代わりのオドがドンドンと流れ込んでいるのを感じた。
「(消えずに済んだのか……)」
そう思って目を開けると、薄っすらと視界に外の景色が映る。そして、そこにはシオンがいた。
俺の胸に両手を重ねて置き、核を通してだけでなく、両手からもマナをオドに変換して流し込もうとしていた。
その顔は、ずっと泣いていたのか目を真っ赤に泣き腫らしていた。
「(こんな泣き顔を見たのは、あの時以来だな……)」
シオンと契約受理の為に、アースディア様に会いに行った時のトラブルを思い出す。あの時もシオンはこんな風に泣いていた。
「(泣き虫だよな……シオンは……)」
そう思いながら泣いているシオンに手を伸ばそうとするが、力を籠めても動かない――というか、動かそうという感覚自体が伝わらなかった。
「(そうか……右腕は失くしたんだった……)」
そう思い出し、左腕に力を入れて動かしてシオンの頬に手を当てる。
「え?……」
触れた瞬間、少しビクッと驚くシオン。そして、泣き腫らした顔で俺の顔を見る。
「シオン……」
呼び掛けると、俺が目を覚ましたことに気付き、フルフルと震え出す。
「ウゥッ……ウウゥ~……トウマァァァーーー!!」
真っ赤に腫れた目から、更に涙を流して首元に泣きついてくるシオン。その頭を俺は残った左手で優しく撫でる。
「ごめんな、シオン……心配掛けて……」
「ウゥ~……」
首元にグリグリと顔を擦り付けてくるシオン。少し苦しかったが、それだけ心配だったんだろうと思い、頭をしばらく撫で続けていた。
そうこうしていると、少し離れたところに術式が展開する気配がし、目を向けると転送の術式が広がってそこからフェルビナさんとアースディア様が姿を現した。
一瞬、ガーディウスの奴が来たのかと思ったが、見慣れた姿にホッとする。
俺達の姿を確認したフェルビナさんは、慌てた顔でこちらに近寄ってくる。
「シオン! トウマ様! 無事ですか!?」
そう言って駆け寄るフェルビナさんは、俺の姿を見たせいか驚愕した顔をする。
「トウマ様!? その右腕は!!?」
「ハハッ……やられちゃいました……面目ありません」
乾いた笑いを発しながら答える。フェルビナさんは少し青い顔をして聞いてくる。
「う、腕は何処ですか!? すぐに治療します!!」
「あ~……ヴリトラに喰いちぎられたんで、多分、奴の腹の中かと……」
「ヴ、ヴリトラ!? レベルSの魔物がこの異界に!!?」
「ええ、あそこに……」
そう言って、左手でヴリトラの遺体を指差す。
「そんな……確かにあれはヴリトラ……いえ、それにしては体皮の色が赤い……」
フェルビナさんはかなり混乱していた。そんなフェルビナさんを余所に、真剣な表情のアースディア様が近づいてくる。
「まんまとガーディウスにしてやられたようじゃな……それに……」
そう言いながら周りの惨状を眺めるアースディア様。かなり難しい顔をしている……この惨状になにやら思うことがあるようだ。
だが、すぐにシオンと俺に視線を戻し、頭を下げる。
「すまなかったの、駆け付けるのが遅くなって……ワシの想定が甘かったようじゃ」
それを見て思う……やはりなにか狙いがあって、シオンと俺をここに送り込んだのだと……だが、それをここで追及するのは憚られる気がした。
「……いえ……ガーディウスの奴はどうしたんです?」
「逃がした……随分と前から周到に準備をしておったようでの……全くもって情けない話じゃ……」
「そうですか……」
どうやら完全に手玉に取られたらしい……完敗である。だが――
「まあ、このままで済ますつもりはないがの……」
と、なにやらボソリとアースディア様が呟く。……その瞳には、今まで見たことの無い重苦しい迫力を秘めた光を讃えていた。
しかし、その光はすぐに消え、アースディア様は何事も無いように話し掛けてくる。
「……それより、シオンがさっきから随分と大人しいが……」
そう疑問符を付けて聞いてきて、ふと俺も気付く。確かに、フェルビナさんやアースディア様が来たのに大人しい……。
「シオン?」
首元に顔を埋めているシオンに声を掛けると、シオンはぐったりとして気を失っていた。
「いっ!? 気絶してる!!?」
「……やれやれ、危惧していた通りの事態じゃな……お主を助ける為に唯でさえ疲弊しているところに、大量のマナをオドに変換して流し込んだせいじゃろう……」
そう言って近寄り、シオンを抱き上げる。
「この子はワシが連れ帰ろう。フェルビナ、トウマ殿を頼むぞ」
「は、はい! 分かりました!!」
そう言ってシオンと共に転送術式で行ってしまった。……アースディア様に任せれば、シオンも大丈夫だろうと、少しホッとする。
その後、俺はフェルビナさんの治療を受け、シオンと同様に異界を去った。
こうして、俺とシオンの波乱に満ちた最初の冒険は終わりを告げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
淡い光に照らされた玉座が据えられた空間に、突如黒い穴が開き、そこから一人の人影が出て来る。
「帰ったか、ガーディウス」
「ええ、お久しぶりですねぇ~……ロキウス様」
そう呼ばれた男は、玉座に座ったまま足を組み替え、跪いたガーディウスに声を掛ける。
「首尾は?」
「上々ですよ。それなりにデータは取れました。ですが、見て頂いた通りです。まさか、あのような形で隠していたとは、予想外でしたねぇ~……」
「……あの男のやりそうなことだ。計画を修正しなくてはならんな……アレではお前も元の姿には戻れまい」
そう言ってロキウスは、玉座の脇に立っていた少女に声を掛ける。
「別に興味ない……それより……」
「? 他になにか気になったか?」
「……いい」
そう言って踵を返し、少女は玉座の後ろへと歩いて去って行く。
「相も変わらず、なにを考えているか分からない娘ですねぇ~……」
少女の背を見送ったガーディウスが、呆れた声音で言う。
「……まあいい。それより、すぐにここを放棄するぞ」
そういってロキウスは玉座から立ち上がる。
「……何故です?」
不思議そうな顔でガーディウスが問いかける。その姿に、ロキウスは呆れた溜息を付いて言う。
「お前は、アースディアを甘く見過ぎだ」
そう言って中空で腕を振ると、外を映し出しているのか映像が表示され、そこに羽を生やした使徒の軍団が向かっている姿が映し出された。
「おやおや……」
「まんまと糸を付けられたな……すぐにここを去らねば、アースディア自身も乗り込んでくる可能性がある……他の神共も連れ立ってな」
「これはこれは……してやられましたねぇ~」
そういって頭を掻くガーディウス。
「ここを失うのは痛いが、仕方あるまい……計画は遅延するが、どの道練り直す必要がある。ほとぼりが冷めるまで、暫し身を隠すぞ」
「……やはり貴方でも、アースディア相手は厳しいですか……伊達に太陽系宙域を統べる神ではないと……」
「……それも、我らの計画が実を結ぶまでの話だ」
「しかり……」
そう言ってガーディウスは嫌らしく口元を歪め、恭しく首を垂れる。
そうして二人は、少女が消えた玉座の後ろへと歩いて行き姿を消した。使徒の軍団が踏み込んだ時には、二人の姿は影も形もなく消えていた。
通路をコツコツと歩く音が響く。玉座から去った少女は、まるではやる気持ちを抑えるように早足で廊下を歩いていた。
そして、呟く――
「……見つけた……」
と……。
その少女の口元は少し綻んでおり、まるで長年探し求めていた人物を、ようやく見つけたような喜びが滲み出ていた。
その少女は、銀の髪を揺らし、激しく燃える焔ような赤眼の瞳を爛々と輝かせながら、暗く長い通路を歩き、ロキウス達と同様に闇へと姿を消した。




