第一章21 『神様と仕掛けられた罠』
指輪の帰還術式が機能せず、その後も何度か試したが術式を展開することは出来なかった。
「やられたな……」
思わず左手で頭を抱える。まず間違いなくガーディウスの仕業だろう。
「でも、なんで? 異界天球儀に異常はなかったのに……」
シオンが疑問に頭を捻る。確かに出発前に異界天球儀は念入りにチェックはした筈だった。だが――
「指輪はチェックしてなかったろ?」
「あっ……」
と、シオンが俺の指摘で気付く。
「おそらくその指輪自体に細工をされてたんだろう……迂闊だった……」
異界天球儀ばかりに目が行っていて、指輪のチェックを怠っていた。シオンも俺も、アイツのプレッシャーに呑まれて、足早に出発しようとしていたのも影響しているだろう。
そう考えると、アイツはそれすら見越した態度だったような気がしてくる。
「どうしよう……指輪が使えないと帰れないよ……」
シオンが少し青褪めた顔をする。完全に罠に嵌められてしまったことがショックなのもあるのだろう。順調だった旅路が一気に暗雲に包まれてしまったのだ……致し方ない。
「とにかく指輪自体にどんな細工をされているか、調べられないか?」
手を加えられたのなら、なにかしらの原因がある筈だと思い、シオンに提案する。
「そ、そうだね! ちょっと待ってて、見てみるから」
シオンはハッと思い出すような仕草の後、指輪をジッと見つめる。
感知を使ってみると、自身の目にマナを収束させているようだ。おそらくなにかしらの特殊能力を使って調べているんだろう。
暫くして、なにか分かったのかシオンは顔を上げる。
「見たところ、巧妙に隠してあるけど術式が一部書き換えられてる……おまけに、下手に弄ると指輪自体が自壊するようになってるっぽい。ボクはこの異界の概念構成へのパスを持っていないから、指輪が自壊すると転送術式を展開することは永遠に出来なくなっちゃう……」
異界の概念構成へのパスか……確かに他の世界に干渉するには、管理者のパスが必要となる。言わば、指輪がそのパスの代用品だったと言える。
それを失ってしまうと、完全に手の打ちようがなくなるという訳だ。厄介な仕掛けをされたな……ガーディウスの奴は是が非でも、俺達を異界に足止めしたいらしい。
「その術式が書き換えられている部分を直すことは?」
「……出来なくはないけど、時間が掛かると思う。書き換えられた術式箇所を慎重に解いて、指輪が自壊しないよう細かく編み直さなきゃならないから……早くても二~三日……下手をすればもっと……」
それほど複雑な作業になるということか……流石、腐っても上級神だな。シオンでも、一朝一夕では解決するのは難しそうだ。
「……時間さえ掛ければ、なんとか出来そうなのか?」
「う、うん……でも……」
シオンは、頷くが少し口ごもる。理由は明確だ。
「ああ、問題は山岳エリアだよな。おそらく次に異変が起こるのは、一番近いであろう森林エリアの最後の特異個体だ。謎の存在がいると仮定して、次に狙われるのはソイツだろう。そして、その特異個体がやられてしまえば……」
「ボクらは完全に、その謎の存在を捉えることが出来なくなる……」
シオンの言う通りだ。今のところ、謎の存在の動きを唯一予測出来るのは特異個体の存在があればこそだ。最後の特異個体がやられてしまえば、動きを予測することは出来なくなってしまう。
「正体を探る最後のチャンスだが、その為には今すぐ最後の特異個体の元に向かわないとならない。先回りしないとならないしな。でも、それだと指輪の術式を修復している時間はない……」
指輪の修復を優先すれば、謎の存在相手に完全に後手の状態になる。それは危険だと感じる。シオンも同意見ではあるんだろう。だが――
「……正体を探るのは諦めて、距離を取る選択もあるけど?」
と、シオンは今の内に逃げる選択を提案してくる。元々、異界を出て謎の存在から距離を取る予定だったのだから妥当な提案だとは思うが、俺はそれも危険だと感じていた。
「そうなってしまうと、正体不明の見えない存在から異界を逃げ回るリスクを背負うことになる……時間は稼げるが避けたいリスクだと俺は思う」
俺の返答を聞き、シオンは少し思案した後、俺が懸念していることを見抜いて指摘してくる。
「……トウマは、その謎の存在が特異個体を全て始末した後、ボクらを追ってくると思ってるんだね?」
シオンの指摘に、俺は頷いて答える。
「ああ……指輪だけじゃなく、山岳エリアの異変も十中八九ガーディウスの仕業だろう。アイツがその辺りの対策をしていないとは考えにくい。おそらく、山岳エリアの存在と俺達をぶつけるのが奴の目的なんだと思う」
「……確かにその可能性が高いね。だから、指輪に細工して逃げられないように異界に閉じ込めたのか……」
シオンが納得したような顔をする。
あくまで推測だが、異界に旅立った時点で、ガーディウスの計画は完了していたんだろう。異界に旅立つ前に見せたあの笑みは、俺達がまんまと罠にかかったことを喜ぶ笑顔だったという訳だ。
「すまない……黙ってて悪かったが、異界に出発する際にガーディウスの奴が俺を見ながら笑いやがったんだ……明らかになにかを企んでいる風だったが、シオンを不安にさせたくなくて黙ってた」
俺がその時に話していれば、もっと早く異変に気付けたかも知れない。シオンを気遣った行為が完全に裏目に出てしまった。
「そっか……だから、そんなに警戒してるんだね。気にしなくて大丈夫だよ、トウマ。ボクのことを思って黙っていてくれたんでしょ? ありがとう。……正直どうしようもなかったと思うよ。異界に旅立った時点で、ボクらは嵌められていたんだし……」
シオンは、首を振って俺の責任を否定してくれる。そう言ってくれて、少しは気持ちが軽くなるが、逆に情けなくもなった。
使徒である俺が、主である神様に慰められている……本当なら逆だろうと思い、沈みそうになる気持ちに気合を入れ直す為、俺は頬を両手でバチンッ! と叩く。
「ト、トウマ!?」
突然の俺の行動に驚くシオン。
「すまん、気合を入れ直しただけだ。落ち込んでいる場合じゃないからな」
ヒリヒリする頬の痛みに耐え、引き締めた表情でシオンに答える。
「うん、そうだね!」
シオンも俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、同じように表情を引き締めた。
「とにかく、どうするかを早く決めないとな……俺の意見はもう分っていると思うが、謎の存在の正体を先に確認するべきだと思っている。正体が分かっているのといないのとでは、逃げる難易度は全然変わる筈だ」
マップに映らないだけで、姿形はある筈だ。姿さえ捉えれば、その後逃げても対策は取りやすい。
正体不明のままで、なんの準備もないまま逃げるリスクの方が高いと俺は考えていた。転送術式が、すぐには修復出来ないのなら尚更だ。
「……ボクも同意見だよ。近づくリスクはあるけど、逃げる際に正体が分かった方が危険は少ないと思う。トウマのガーディウスに対して感じる警戒心も無視出来ないしね」
「だな。……まあ、俺達はあのフェルビナさんの恐怖の回避訓練を乗り越えた二人なんだ。例えレベルSの魔物であろうと、逃げ足なら負けないさ」
窮地に立たされた気持ちをほぐす為に、冗談めかして言う。
「アハハッ! だね!」
シオンも笑いながら同意してくれる。そうだ……俺達はあのフェルビナさんの訓練を乗り越えたんだ。レベルSが相手だとしても、そう簡単にはやられはしない。そう自分に言い聞かせて、気持ちを奮い立たせる。
「よし、なら善は急げだ。すぐに行動を開始しよう」
「うん!」
こうして俺達は、指輪の修復を後回しにし、謎の存在の正体を確かめることを優先して、森林エリアの最後の特異個体がいる場所へと、急いで移動するのだった。




