09 ペットの躾はしっかりと
私の後ろに隠れ、スカートの影からチラッと顔を出す魔王様。
ぐぉおおおっ!! 何故この世界にはカメラがないんだぁあああっ!! あと、誰か今すぐ目の前に鏡をもってきてくれぇえええっ!!! 絶対可愛い! 可愛いんだよ!! 間違いない!!
スカートを小さな手でぎゅっと握ってぷるぷるしてる!! めっちゃ可愛い!!
やばすぎる!!!
なんとか激しくもだえる内なる自分を抑え込み、私は目の前の男達を見た。
明らかに刃渡り30㎝以上の刃物をかまえる男。中肉中背って言うのかな? 特に特徴的なものは何もない。そんな見た目で、顔はちょっと残念かも。いや、普通なのか? いかん。最近エルフとかオーガみたいな美形ばっかり見てるからよくわからん。
体は……あれは、鎧、かな? 胸当てっていうのか? ちょっとわからないけど、なんか、左胸だけ庇うように金属があって、それを肩と胴を回る紐? みたいなのが止めている。
後ろには弓に矢をつがえる男。こちらも特筆すべきことはなにもないような見た目。顔は、刃物持った人よりはマシ。
その更に後ろに、なんか、絵本とかで魔法使いが着てそうなローブを身に纏い、杖を持った男。ひょろりとした細身。
「魔物め! 覚悟しろ!」
「おい、女! 俺達が助けてやる! 安心しろ!」
えー……何かわめいています。
と、いうか、こいつら頭おかしんじゃない? こんなに可愛い魔王様相手に覚悟しろって。そもそも、私が助けられないといけないような状況に見えてるって……。頭、大丈夫?
小さな子供相手に大声でわめいて情けない。これはあれだね。自分より弱い者に偉ぶるタイプと見た。
はーっ……今日はせっかくフォレストスパイダーとかいう、でっかいクモを配下にしにきたのに……。虫が苦手なのに私、頑張ったのに……。ちょっとお散歩してたらこれだよ。
爺がもうすぐくるから平気だろうけど……今後、こういうことは控えよう。虫相手に心が疲れても、お散歩は城の中にある森でいっか……。本当は草原とか、丘とか、ピクニックに行きたいけど……城下町に作っちゃう? いやいや。私の趣味に、街の人を巻き込むのはいけないな。
「貴方達は、どなたさまでしょうか?」
「俺達は冒険者チーム『黒き風』だ!」
「魔王死後、魔王討伐の報復戦をする魔物退治にやってきたところ、魔物に引きずり回されている貴女を見つけた!」
「我々が魔物を倒し、救って差し上げる!」
上から目線どーも。
貴方達、こんな小さな子供が、大人の私を引きずり回しているように見えたんですか。すごいですね。バカなんですか? 魔王様くらいなら、私、走って逃げられるじゃない。
なんか、こういう都合よく思い込んだ系嫌いだわぁ。
陰に隠れた魔王様に視線を向け、一度安心させるように微笑む。涙目の魔王様は可愛くても、こういうのは求めていません。
魔王様は私のスカートをしっかり握りしめ、顔をうずめた。
大丈夫ですよ、魔王様! 私がちゃんと守りますからね! 子供に手を出す大人は最低ですからね!
「まぁ、怖い」
私は男たちに向かって、にこりと微笑む。男たちは少し驚いたように瞬いた。
殺気立っているところにふわふわと微笑まれると人間、腹を立てるものだ。しかし、正義感が前面に出ている人間なら、自分の求めた反応と違うと戸惑ってしまう。
彼らはきっと私が目を潤ませ、助けを求める姿でも想像していたのだろう。それがこうも余裕たっぷりに柔らかく笑うから、困ってしまったのだろう。次に言おうとしていた、なんか格好いい言葉が言えなくて。
「怖いおじさんたちですねぇ。3歳の子供相手に刃物をちらつかせ、怒鳴りつけるなんて……まるで山賊みたいですねぇ」
魔王様の方へと体を向けながら、しゃがみ、ねー? と魔王様に声をかければ、魔王様は私の胸元に飛び込んできた。そのままぷるぷる震える。
男たちは困ったように顔を見合わせた。
冷静に今の状況を理解できただろうか?
魔王様を抱いて立ち上がる。
私達は幼児と女。ただのか弱い存在である。そんな者相手に刃物を構えて怒鳴るなんて、バカでしょ。ホント。
「そ、そいつは魔物だぞ!」
「ただの子供ですよ。人と見た目が違えば殺していいなんて、どんな親に育てられたんですか? こぉんなに可愛いアレフ様相手に刃物ちらつかせて怒鳴るなんて……心がないんでしょうねぇ」
ひ、ひ、と恐怖で泣きながらしゃくりあげる魔王様を優しく撫でる。
最近ちょっと魔王様重くなってきたなー。片手で抱くと腕がぷるぷるしてくる。
ああー子供が育つ喜びと、このままでいて欲しいという葛藤がせめぎ合うー!
「ちゃ、魅了で操られているのかもしれません……」
「成程。自分の子供と勘違いさせられているのか……」
「ありえるぞ。魔物なんて所詮悪の塊だからな」
はい、そこ! こそこそ勝手な事言わない!
誰が操られている、だ! 失礼な! 私が子供好きなのはもともとだ! 何しろ子供たちの事ばかり考えすぎて、過去、3人の彼氏全員に「そんなに子供が好きなら、子供と結婚しろ」とフラれたからね。まぁ、その結果、彼氏非募集中になり、彼氏がいなかったのだが。
子供とおっさんなら、どちらもはじめましてだったとしても、魔王と人間でも魔王を選ぶと思う。あ、でも、子供がイモムシとかなら人間選ぶかな?
それにしても爺遅いな。血気盛んなアホのせいで魔王様が怪我したらどうしてくれる。ねぇ、ポチ?
ちらりとポチを見る。
ポチはいつだって魔王様と一緒にいる。当然、今も一緒にいるわけで、足元でお座りのポーズをとっている。
あれ? 今思い出したけど、ポチって犬じゃなかったわ。魔獣で、そこそこ強いらしいんだけど……流石に3対1はダメだよねぇ。今度からもう2,3匹一緒に連れてきた方がいいかな? それともオーガ? いやいや。オーガは52人しかいないんだから無闇につれてこれないんだよなぁ……。城や街の警備に、探索隊の護衛と人員が足りない。
次配下にするのは護衛ができる系だな。
爺に相談しないとね。
『リナ様』
「どうかしましたか、ポチ?」
『はっ! 僭越ながら、私が片付けてもよろしいでしょうか?』
「3対1ですよ?」
『あの程度、問題ありません』
うーん……でもなぁ……もしポチが怪我したら嫌だなぁ……。
犬が怪我するのは嫌だなぁ。
『あの程度ならばかすり傷一つなく、一瞬で終わらせられます』
「本当ですか? ……アレフ様の前で凄惨なこともせずに済ませられますか?」
『問題ありません』
「……では、お願いいたします。ここはポチ、貴方に任せます」
『はっ!』
しっぽブンブン振ったポチが前に進み出た。
男たちが怪訝な表情を浮かべる中、ポチの額から突然、何かが飛び出した。
赤黒い、腐肉のようなそれは細長く、うねうねとうねりながら、あっと言う間に男達に巻き付く。
任せなければよかった……!!! グロイ! グロイよ?! なに、あれ?!
驚愕は私だけではない。
「なっなっ?!」
「なんだこれは?!」
「ワーウルフじゃないのか?!」
男たちが驚愕の声を上げる中、ポチが笑った。途端、バリバリっと音がたち、男たちが硬直する。どうやら電流がながれたようだ。
意識を失い、力なく手足を投げ出す男達。
「ポチ……? 今のは……?」
『はい! リナ様の食事を毎日食べていたところ、ワーウルフから、ウィップウルフへと進化いたしました!』
ええー……? 聞いてないんだけど?
ていうか進化? 進化なの、それ? サルが人間に進化したってのとは全然違くない?
額から腐肉のような何かをうぞうぞ出すのが進化なの? 進化しない方がありがたかったなー……。
『ウィップウルフとなりました私は、額から4本の触手を出し、電撃による攻撃が可能となりました!』
あ、はい。見てました。
『その他にも火属性のブレスを吐くことができます!』
わぁ、すごぉい……。
まじかー。獣が火、吐いちゃうんだー……。ファンタジーな世界ってこぇー。森で過ごす夜に焚火を焚くとか無意味なんだねー?
『さらに、雷と炎に対する耐性も持ち、斬撃耐性もつきました!』
「進化したのは貴方だけですか?」
『いえ! 私と同じウィップウルフになったものが10体、ブリザードウルフになったものが100体、ポイズンウルフになったものが75体、ホワイトウルフになったものが85体、ウルフリングになったものが30体となっております!』
「そうですか。今度お祝いに特別メニューを出しますね」
種族名だけじゃ何が何だかさっぱりです。退化じゃないから良い事なんだよね? 多分。
今度爺に聞いておこう。あと、他の人たちが進化していないか確認しなくちゃ……。
今気づいた! 城があって城下町があるのに、法律的なの何もないし、とりしまる役人も当然いない! 自分達の足元がどうなってるのかもわかってない!
これはヤバい!!
え? でも、それ、私がするの? え? 私、ただの一般市民で、保育士なんだけど??
いやいやいや、しかし、無秩序に乱れた街を大きくなった魔王様に押し付けるのもいけないよね? ちゃんと法律つくって、魔王様がふんぞり返ってればいいような街にはできないだろうけど、それなりにちゃんとした街を治めてもらわないといけないわけで?
うぉおお……今ここではじめて気づくとか……3年前の私のあほぉおおおおっ!!
特別メニューにテンション上げているポチは可愛い。頭からでろん、と何かが飛び出していなければってあわわわわ! 何かがずるずると引っ込んだ! めっちゃグロイ! 魔王様……?! ほ……見てない。 しっかり抱き締めててよかった。
「え、ええっと……その方たちは、どうしますか?」
『殺して捨てましょう!』
「それはダメです。……基本的に、殺生は好みません」
しゅん、と耳が垂れるポチ。
いやいやいや、当たり前でしょう?! 一般市民な私が殺戮を好むわけないでしょうに! 大体、私は命を育てる側だよ?! 殺すのは嫌だからね?! 必要最低限以外は認めないぞ!
しかし……困った。魔物と人間ってこの世界ではこう、なのかな? 互いに互いを殺して良いものだと思ってる節がある。それは少し、いや、かなり危険な思想な気がする。
どうにか仲良く、は無理でも、不干渉とかできないかな?
これも爺と相談かな。
あれー? 私、魔王様のナニーとしてきたんじゃなかった? なんで運営に携わる関係に首を突っ込んでるんだ?
「ほら、アレフ様? もう怖い事はありませんよ。さぁ、じぃじの下に戻りましょうね?」
「んっ」
ぎゅぅうううっとしがみついたままの魔王様が小さく、けれども強く頷く。
うむ、可哀そうに! 今度から二度と勝手に爺の側を離れない!
というか、結局爺来なかったな? ひどくない? 魔王様に何かあったらどうするつもりだったのかな?
「それにしても酷いじぃじですねぇ。アレフ様があんなに怖がってたのに助けにこないなんて……」
『宰相様は私がいれば大丈夫だと思われたのでしょう。先程の人間は明らかに脆弱でしたから』
「そういうものなのですか?」
『リナ様は違うのですか?』
「私は魔王様に何かあったら飛んできますよ。ね? 魔王様」
柔らかほっぺをぷにぷにとつつく。
魔王様はちら、と私を見上げ、それからすりすりと肩に頬を擦り付ける。
これは肯定を示す仕草ですね!
くっふぅうううっ可愛いなぁもうっ!!!
「それにしても、ポチがとても強くて助かりました」
『! これからも日々精進し、リナ様を危険なめに合わせぬよう努力いたします!』
うん、私もそうだけど、魔王様もよろしくね?
君たちが将来仕える相手は魔王様だからね?
しかし、尻尾をぶんぶん振っているポチは、そのことに気づいていない。
「あなたに頼んだのはアレフ様の護衛。そのことを忘れるようでしたら、他の方に代わっていただきます」
『!! し、失礼いたしました! リナ様とアレフ様を、お守りいたします!』
ため息とともに宣言すれば、途端、慌てたように言葉を紡ぐポチ。耳は垂れ、尻尾は体に巻き付いている。
明らかにしゅーんとした姿。
しかし、ここで甘やかすわけにはいかない。爺から聞いてはいたけど、配下の者って、基本的に主人至上主義すぎる。私が魔王様の側を離れないから変な事は起きないけど、もし離れられたりでもしたら、見えないところで魔王様暗殺、とか普通にありえそうである。
私が大切なのは魔王様、それをしっかり認識させなくては!
私の事を思うなら、子供の事も! 私にとって愛しいちびっ子たちを守れないような護衛は断固お断り!
「では、そのようにお願いいたします」
『はっ』
しょぼーんと効果音が聞こえてきそうなポチ。
うぅっ犬がそんな顔をすると良心がチクチクする!
「頼りにしています、よ?」
『!! は、はいっ!』
ブンブンと振られる尻尾。
くぅっ……結局甘やかしてしまった……。
友人が言ってたのに……悪いことをしたらちゃんと怒る。甘やかしちゃダメって。でも、続けてあの友人も言ってたよな。怒られてしょんぼりした子を前にしたら、つい甘やかしちゃうって。だからうん。これは、そう! 世の飼い主一同が通る道なんだ! ここからちゃんと信頼関係をつくって、しっかり言う事を聞くように躾ていけばいいはず!
うんうん、と一人納得しながら爺のいる、フォレストスパイダーの住処へと戻った 。