27 初めての作戦会議
虚ろな目をして、やつれはてた美人がずらりと並ぶ。
ここは地下牢。
石造りの簡素な部屋に、ぼろきれを纏った美女が3~4人ずつ入っている。
脱走防止の鉄柵。牢の入り口にはオーガ1人とリザードマンの兵士2人、常に3人体制で見張っている。
いい笑顔のジル。
「しっかり心折ってやったぜ!」
そう笑顔でのたまい、私の手を引いてここまで連れてきた。
魔王様は爺が抱っこしている。
何をしたんだろうか?
全員無気力に座り込んでいるけど……。
「シルフィナ」
牢の外から声をかければ、のろのろと顔を上げるシルフィナさん。
虚ろな目がぼんやりと私を見、その隣に立つジルに気づくと、カッと見ひらかれた。
「あ、あぁあぁぁ……」
口からは意味のなさない声が溢れ、がくがくと震えだす。
骨ばった指が頭を掻きむしり、まるで子供が駄々をこねるようにいやいやと首を振りながら、ずりずりと後ずさった。
うん。何したの、ほんと。
いいけど。
「シルフィナ。いい子になりましたか?」
「あぁぁ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……許してっもうっもう逆らわないっ逆らわないからぁああ……」
目は血走り、目の下にはクマ。悲壮感漂う酷い表情。
自ら五体投地のように体を投げ出すようにして平伏する。
ほんと、何があったのよ?
すごい変わりようなんですけど。
「わ、わたくしを奴隷にしてくださいませっ奴隷にしてくださればなんだっていたしますぅううっ」
ずりずりと這いずるように近寄り、媚びるように見上げてくる、この人は誰だろう?
いつの間にか似た顔の違う人と入れ替えたのかな?
なんて逃避するのはやめよう。
私は手を叩く。ぞろぞろと入ってくるリザードマン兵士。その手には大きな鉄の輪のようなものが握られている。
巨大な鉄の輪は隷属の首輪という特殊な首輪らしい。もとは人間が作り出したもの。ドワーフやエルフ達を奴隷として使役するために作り出された。
首輪には所有者の魔力が流れており、奴隷が首輪の所有者の命令に違反すると、たちまちに首が締まり、電流が流れる。さらに、首輪にはスキルを封じる呪いと、肉体能力が人間と変わらなくなる弱体化の呪いが付与されている。
魔物達に忌み嫌われているその首輪を、今回はドワーフ達に作ってもらった。セイレーン達につけると言ったら優先して作ってくれた。笑顔だったので、セイレーン達がいかに嫌われているのか、とても良く判ったよ……。
「隷属の首輪ですよ。ご自分の手で、嵌められますね? 奴隷になりたいのですものね?」
にこりと微笑み尋ねれば、シルフィナさんは媚びるように微笑み、がくがくと頷いた。
「勿論です。勿論ですわ。わたくしを奴隷にしてくださるのでしたら喜んでつけますわ」
「そう……他の方はどうかしら?」
ちらりと他のセイレーン達に視線を向ければ、いつの間にか土下座のような姿勢をとっていたセイレーン達が、口々に自からつけさせてください、と懇願してきた。
おおー。すっごいな……。
リザードマンに視線を送り、牢の中へと配布してもらう。
全員、受け取るなりその場で首輪をつける。
細身の女性が、首にごっつい鉄の首輪をつけている姿って……なんか、変な感じ。
しかしまぁ、本当に素直でおバカさんになったものだ。
隷属の首輪は、きちんとロックされると、装備者の身体に合わせたサイズにかわる。もともとが大きな輪なのは、最初につけるときに、どんなサイズの相手でも付けられるように、大きくなっているんだと。見た感じ、巨人でもつけられそうな幅の広さだった。
人間達はどんな相手を奴隷にしようとしているんだ……?
全員の首に首輪がつけられた。途端にしゅるしゅると縮み、首にぴったりと合う。
うぅむ。ものっすごく不思議な感じ。だって、無機物が勝手に反応してるんだよ?? しかももとの質量無視して縮むって!!! どういうこと?! 寒天みたいなものなの?! 水分とんだらしおしおに縮むの?! そういうこと?!
ふ……。相変わらず常識の違う世界ってのは怖いわ。
「こ、これで、わたくしたちは……」
縋るように見つめてくるシルフィナさん。
半泣きで笑っている。
だから、私も笑い返す。
「ええ、これで貴女達は立派な奴隷ですよ」
ほ、と安堵の表情を見せるセイレーン達。
「……黒龍、ジルクフリードエッフェルの、ね」
ざわり、とざわめくセイレーン達。
恐怖と絶望に顔が引きつり、がくがくと震えだす。
いやだなぁ。誰が私の奴隷にするって言った? 確認しないで首輪つけたの君たちじゃないか~! 私はなぁんにも言っていないよ? と、いうか! シルフィナさん知ってたはずだよね? 私が魔法を使えない。基本的には魔力が使えないって! 魔力が必要な隷属の首輪が、どうして私のものだって思ったんだろ? 私が使えるのはギフトであるオオゲツヒメだけなのは教えたはずなんだけどなー?
転移陣は魔王様に魔力を流してもらってる。探索隊に料理を送る時は、魔王様が手をかざし、その上から私が手をかざしている。私自身は手をかざしているだけだけど、私が送っていることに違いはないからいいよね! うん。
まぁ今回は一番重要な確認を怠るとどんなことになるか、身をもってお勉強できたからいいってことで。
「どうやら貴女達はわたくしからの許しなどいらなかったようですね。許す条件のわたくしの奴隷ではなく、ジルの奴隷に自らすすんで、なるなんて……」
わざとらしく頬に手を当て、溜息をついてみせる。
「そんな、そんな……だ、だって、首輪を……」
「あら? シルフィナ、貴女はわたくしが魔法を使えない事を知っていたはずですよ? わたくし、貴女に教えましたから。そのわたくしが、何故隷属の首輪の所有者にあたるのですか?」
「あ……あぁあぁぁ……そ、そんな、そんなぁ……」
助かりたい一心で自ら墓穴を掘るおバカさん。
ほんと、これでよく、私より上だと言えたもんだ。プライドだけで他人を見下すバカは、やっぱりバカなんだねぇ。肝心なところで頭が回らない。
「ジル、可愛がってあげてください」
「おう。こんなふざけた奴、俺が生かさず殺さず、しっかりと玩具にして遊んでやるぜ」
けらけらと笑うジル。
セイレーン達から悲鳴があがるが気にしない。そしてもう、ここに用はない。
奴隷にして文官にしようと思ってたけど、いらなくなっちゃったしね。巨人族のエンフェリアルさんがめっちゃ仕事できたんだよねー。あの人は信頼できるし、肉体労働系が終わったら、私や爺と一緒に書類と格闘してもらおう。
彼女たちセイレーンは、後の奴隷モデルかなー。使い道色々考えてはいたけど、とりあえずは全部保留にしておくかー。
それよりも、進化についての確認とか、爺と話さないとなぁ。
地下牢を出て、廊下を歩く。
はー……それにしても綺麗だなー。
テレビで見ていたお城って、どれもこれも掃除が行き届き、昼間は光がふんだんに差し込み、明るくってキラキラしてたなー。この世界でも一緒なんだなー。毎日見てるし、ここに住んでるけど、感動するなぁ。
隅の方とかに埃が、とか絶対ないし、エルフが献上してくる調度品は綺麗に飾られ、ドワーフが献上する装飾品も宝物庫に並べられている。あ、あと、ジルのところから運んだ宝物も。
シルフィナさんの事が終わって、持って帰ってきた時は、ゴブリンメイドさん達があわあわしてたなぁ。まぁ、量が量だったしねぇ……。それでも全部綺麗に整頓してくれたんだよねぇ。すごいな、メイド。
庭の草木は専属のゴブリン庭師達が毎日手入れをしてくれてるし。この城、ゴブリンたちのおかげで常にきれいなんだなぁ。今度、ちょっとお礼の差し入れでもしようかな?
そんなとりとめのない事を考えていた時だった。
前方からばたばたと走ってくるオレガンディル総司令官。
あら、珍しい。
オレガンディル総司令官といえば、基本的には城内で走ったりしない。きりっとして、冷静沈着というイメージがある。まぁ、流石に女性の裸とか、竜を部下にとか言われたら動揺するみたいだけど。
「リナ様!! ここにいらっしゃいましたか!!」
めっちゃ息せってますが、大丈夫ですか?
私を見つけたオレガンディル総司令官は、猛ダッシュで駆け寄り、膝をついた。
「ドラゴンロードと、その配下と思われるものがこちらを目指してきたという情報が入っております! お早く逃げる準備をお願いします!!」
なんと?!
ドラゴンロードって、爺が言ってたヤバいやつじゃん!!
えぇーー?! 爺まだ大丈夫って言ってなかった?!
ばっと爺を振り返れば、爺が嫌そうに顔をしかめていた。
「ドラゴンロード……あんな怠け者がこんなに早く動く、じゃと……? 誰かに謀られたか……それとも、知恵でもつけたか? いや、そのような頭はないな。自分が最強と示したいだけの傲慢な愚か者じゃ。頭はデカいが脳はサイコロ大のような奴じゃ……」
おおっと! 何やら考えてはいるようだが、ブツブツと口から出てくる言葉は相手をディスってるだけのものだった!
というか、爺、ドラゴンロード嫌いだよね? この感じ。
爺がふんっと鼻息荒くしながら顔をしかめた。
「当たり前じゃろうが。あれはジルクフリードエッフェルよりも面倒じゃ。彼我の力の差も解らず、デカい方が強いという認識。そのうえ、自分より下だと判断したら傲慢な態度で見下してきおる。頭の弱いクズじゃな」
あ、いるいる。そういう奴!
んー?? でも、うちの戦力でも厳しいくらいの強さはあるんだよね? オレガンディル総司令官が「逃げる準備を」と促すくらいには。
「お前の配下ならジルクフリードエッフェルのみじゃな。間違いなく勝利をもぎ取れるものは。リリアナとエリアナでは、多少被害がでるな。しかし、おそらくじゃが、ジルクフリードエッフェルをぶつけることを望んでいる第三者がいるはずじゃ」
ふむ!
ははぁん? つまり、ジルに勝てないなら、ジルが戦いに行っている間にここを攻めて、漁夫の利を得たい奴がいるわけだ?
いやぁ、クズっすね~! クズがいるわけっすね~!
そして、頭の弱い子はクズに利用された、と!
「オレガンディル総司令官」
「ハッ」
「すぐに代表者を集めて会議室に来てください」
「ハッ」
立ち上がり、一礼すると走り去るオレガンディル総司令官。
「逃げるのか?」
「そうですねぇ……それを判断するために、先に話を聞かせてください」
会議室へと足を向ける。
私の隣に魔王様を抱いた爺、後方にジル、その後ろにリリアナとエリアナ。
「ドラゴンロードの容姿はどのようなものですか?」
「竜、じゃな。この前配下に加えたドラゴンたちと同じじゃ。鱗の色は白じゃ。人型はとらず、いつでも竜型じゃ」
「力はリリアナとエリアナ以上、ジル未満、で間違っていませんか?」
「ふむ……そうじゃのう……リリアナとエリアナ2人と同程度、といったところじゃ」
「私の配下が束になっても敵わないのですね?」
「うむ」
おっと。即答か。
さぁて、どうしようかなぁ。
逃げるにしたって配下が多すぎて、全員を逃がすのは無理だろうしなぁ。
会議室に入り、席につく。
「逃げるとして、配下はどれくらい逃げられますか? デルフォリアス宰相閣下の転移でどれくらい遠くへ逃がせますか?」
「ふむ……儂の転移に制限はない。この街の者ならば全員簡単に逃がせるじゃろう。外の村もまだ4つ程度。すぐに逃がせるわい」
流石爺。
すごいぞ爺。
最強だな爺。
じゃ、別にいいじゃん。逃げても。
「しかしのぉ……逃げたところで諦めはせんと思うぞ」
あー……そうだよね。
多分そうだよね。
私の配下が増えたことが問題で、その問題が解決されない以上、どうしたって目障りだから潰そうとしてくるのかぁ。
ということは、できれば戦った方がいいのね?
でもジルを簡単にぶつけることはできないのかぁ……。
もーーー!!! どうして進化前にきたの!!! 予定狂っちゃうじゃん!!
なんて迷惑なやつらなんだ。
そんなことを爺とぶちぶち言い合っているうちに、全員が揃った。
エルフ代表のリヌフォルさん。
ドワーフ代表のドンさん。
ゴブリン代表のハイゴブリンロードのレルレルさん。
オーク代表のハイオークロードのピッグレさん
グリフォン代表者のフルール。
ドリアードとトレントの代表者がドリアードのメルリアナさん。
ピクシー代表のハイピクシークイーンのシリリルさん。
オーガ代表の幽鬼のオレガンディル総司令官。
ワーウルフ代表のムーンウルフロードのポチ。
フォレストスパイダー代表のジョロウグモのティアナさん。
海の民代表のマーマンのリムブルンドさん。
サイクロプス代表のエンフェリアルさん。
ラットマン代表のムゲルさん。
キラーサーベル代表のゴルゴス。
ナーガ代表のシュシュルフォルゲンさん。
ゴーレム代表のゴズミックさん。
ハイエルフ代表のイリフェルムさん。
ダークエルフ代表のデリアルゼルムさん。
アースドラゴン、フォレストドラゴン、ファイヤードラゴン、フロストドラゴン、リザードマン、サラマンダーはオレガンディル総司令官が代表ということになった。
コカトリスと一角兎は不参加。彼らは言葉を理解できても喋ることができないので、基本的に会議には参加しない。
さて、とぐるりと全員を見渡す。
ここは以前会議を開いた部屋ではない。元あった部屋をいくつかまとめてぶち抜き、綺麗に整えた、新会議室。これだけの人数と、グリフォンとキラーサーベルという大型の魔獣が収まってなお広い部屋。ただし、以前同様、部屋には魔王様専用キッズスペースが設置され、リリアナとエリアナがそこで魔王様の面倒を見ている。
人が多い、名前が覚えられない、というわけで、各員自分の名前が書かれた札のある席に座っていた。
「さて、事態が事態ですので、挨拶は不要とします。現在、この場所へドラゴンロードが向かっているようです。オレガンディル総司令官、現状の報告をお願いいたします」
私の言葉に、オレガンディル総司令官がさっと立ち上がった。
「ハッ! 現在、西方にあるシュトルゲン山脈に居を構えていたドラゴンロード、グレセムが、その配下を従え、真っすぐこの街へ向かい進軍しています。配下の数はおよそ7万。その多くがゴブリンやオークです。ただ、ドラゴンやキラーサーベルなどの姿も僅かですが確認できております。内訳は次のとおりとなります。ゴブリンおよそ5万、オークおよそ1万9千、ドラゴン10体、キラーサーベル300体。現在の進軍速度ですと、この街への到達予定は、今より7日後、とみております」
オレガンディル総司令官の言葉に、代表者が困惑を示す。
ん? 恐怖ではなく、困惑? なんで?
私の疑問をよそに、オレガンディル総司令官は席に座った。
どうやら報告は以上らしい。
「さて、私は戦う事を提案します。今、逃げることは容易いでしょう。しかし、彼らがここを狙う理由は、おそらく私が配下を持ちすぎたから。だとすれば、逃げたところでどこまでも追ってくるでしょう。ならば、今ここで戦うべきだと考えます。いかがでしょうか?」
誰もが俯き、思案する。
私の言葉をかみしめるように。
「……リナ様の仰るとおりだと思います。しかし、相手はドラゴンロードです……」
「敵はドラゴンロードではありません。本当の敵は、ドラゴンロードをそそのかした者です。おそらくは、ですが、ジルとドラゴンロードが戦っている隙に街を襲う者がいるでしょう。宰相閣下はアレフ様をお守りするので迎撃できません、そして、リリアナとエリアナでは五分かそれ以下の相手です」
「……デーモンロード、ですか」
唸るように呟くオレガンディル総司令官。
そう。おそらく、ドラゴンロードを焚きつけたのはデーモンロード。二体同時にこないのは、漁夫の利を求めているから。
「なんて卑怯な……。美味いところだけとろうとは……」
「オレガンディル総司令官。わたくしの世界にはとても素晴らしい格言があります。『勝てば官軍負ければ賊軍』つまり、勝ちさえすればどのような行いでもよいのです。デーモンロードのやり方も間違いではありません。ですが、わたくしは勝ちます。勝たねばなりません。そこで、皆さんの知恵を借りようと思い、会議を開いたのです」
「勝てば官軍負ければ賊軍……勝ちさえすれば官軍……勝ちさえすればどのような行いでもよい……?」
何かに衝撃を受けたかのようにぶつぶつと呟くオレガンディル総司令官。
おっとー?? どうした? もしかして、潔癖で、こういった考えはお気に召しませんでしたか?
突然、オレガンディル総司令官が机を叩いて立ち上がった。その顔には満面の笑み。
「わかりました! これなら、黒龍様に頼らずとも、我々で勝てます!!」
そうして怒涛の勢いで語られた作戦。
私達はその内容に驚き、そして感心した。
多少の不安はあったが、爺のお墨付きをもらい、戦いに備えることとなった。




