02 ナニーはじめました。多分
目の前には、ダンディだけど、どうみても近所で嫌われてそうな頑固爺然とした爺が一人。
なんか、エリマキトカゲのような派手な首周りに、髑髏のペンダント? 真っ黒い……ローブ? みたいなものを着ている。手にはなんかもー魔女とかが持ってそうな杖。腕には……赤ん坊?
なんか、角とか生えてて、浅黒い肌に下半身は……あれ、何かな? 毛深いとかそういう問題ではなさそうだ。えーっと下半身は、なんか毛深い獣? 偶蹄類かな? よくわかんないわ。とりあえず、人間じゃないなんかの赤ん坊だ。顔は可愛い。ぷりっぷりな将来を約束されたような可愛さだ。これは私が子供好きだとか、そういうのを抜きにしても可愛い。
爺がふんっと鼻を鳴らした。
「お前が神に選ばれたというのか? 前魔王様を殺した人間が? まぁ神が選んだのならば仕方あるまい。人間、お前には前魔王様の遺された、魔王様の身の回りの世話をさせてやる。光栄に思え。しかし、もし魔王様に何かあったとしたら……わかっておろうな?」
「赤ちゃん抱いたおじいちゃんにすごまれたって怖くないです」
挙手して宣言。
爺が顔をひきつらせた。
いや、だって、ねぇ? こんなのしょっちゅう相手にしてたわけだし? つーか、赤ん坊を大事そうに抱いてる時点で怖さ半減以下じゃん? こういう奴らってさ、もう少し客観的に自分を見た方が良いんじゃない?
「度胸だけは一人前のようだな! 神に選ばれたからといって儂らが何もせぬとでも思っているのか!」
ぐぁっと突然爺の頭が恐竜になった。
わぁお。でっかいトカゲ。ジェラシ〇クパークよりもリアルだ。
しかし、身体は人間のままなのでバランスが悪い。そして、何よりも相変わらず赤ん坊を抱いたままなのであまり怖いとは思えない。
「あ、別に殺したきゃどーぞ? あと、クビでもいいよ。その場合アンタの勝手でカミサマが選んだ保育士を追い出すわけで。カミサマの意向を無視したって報復にあったって知らんし。アンタの勝手な判断なんだし?」
「ぬぅっ! ぐむむ……」
爺の頭がしゅるしゅると人間に戻っていく。
ほっほぅ……。魔王とかなんとか言っているのに、魔王より神様が上なのか。なるほどなるほど。このネタを使えばこいつらは私に手を出せないっと。
重要な力関係を脳内にメモをする。だって当然でしょう? 殺したきゃどーぞとか言ったけど、死にたいわけがない。快適に、幸せに生きたいわけで。
「このっ誇りある竜人の儂に! たかだか人間の小娘ふぜいが……!!!」
「あ、こら! 赤ちゃん抱いてそんな大声を……!」
「うぇええええんっ」
怒り心頭で怒鳴ったせいで、今まで寝ていた赤ん坊が目を覚ました。そして、当然と言えば当然。大きな声に驚き、火が付いたように泣き出す。
これには爺もあせったようで、慌てて赤ん坊をあやそうと試みている。
「おおーよちよち、魔王様、どうか泣き止んでくだされ……」
が、下手。
なんだあのあやし方。いや、つーかあやしてんの? あれ。
赤ん坊抱いたままオロオロとしてるだけじゃん。つーか、あの、どう見ても言葉も通じないような赤ん坊相手に、言葉だけであやそうとかして……アホなの?
「かして!」
見かねて爺の手から赤ん坊を奪い取る。といっても強引にではない。こんな小さな子供だ。抱く時は気をつけねばならない。けれども、爺はオタオタしているだけだったので、簡単に奪えた。
首は座ってるようだ。でも抱くのは慎重に。
かる~~く揺らし、手をまわして背中をとんとん、と一定のリズム叩く。何か言いたそうに口を開きかけた爺には、素早く睨みつけ、シッと静かにしろと合図する。そうすれば爺はむぐぐ、と黙った。
そうそう。うるさく怒鳴るしかできない爺は大人しく、ね。
「いいこ、いいこですねぇ」
少し泣き声が止んだところで、一度背を叩くのやめ、丁寧に頬を、頭を撫でる。そして優しく声をかける。そうすれば赤ん坊は少しずつ落ち着き、ふにゃ、と微笑んだ。
KA・WA・I・I!!!!
え? どうしよう。まじ可愛い。やっぱ子供っていいよねぇ~。大人が付随してこなきゃ、保育士の仕事はマジで天職だったわぁ。
私の職場は0歳から5歳までのお子さんを預かってたけど……子供はかわいいよねぇ。言葉が喋れない子の世話も楽しいけど、言葉が喋れるようになると、里奈先生をお嫁さんにしてあげる、とか言ってくれたりもしてたなぁ。子供ってマジ天使。
そんなことを考えながらも私の身体は勝手に動く。
嬉しそうににこにこする子供相手に頬をくすぐってみたり、お腹の辺りをくすぐってみたり。というか、今更だが、なんでこの子素っ裸で抱っこされてんの? せめて布でくるむとか、そういうのしようよ?!
「おじいさん」
「わ、儂は誇り高き竜人で……!」
「いや、そんなのどうでもいいから。兎に角この子のおじいさん」
「わ、儂が魔王様のおじいさん、だと……! う、うむ。悪くない……。うむ、いや、悪くないな! 魔王様、じぃじですぞぉ」
おい、この爺意外と面白いな。
魔王様のじぃじポジションが余程気に入ったらしい。あの頑固そうな顔をでれっでれに弛めて、赤ん坊を覗き込んでいる。
「おじいさん、この子の服とか、くるむための布とかないんですか?」
「む? 我らは魔族だぞ! 人間のように軟弱ではない。そのような物、必要ないわ!」
「アナタの傲慢な考えはどうでも良いです。この子の為に必要だから言ってるんですよ?……酷いじぃじですねぇ。魔王様の事はどうでもいいんですって~」
「むぉ?! だ、誰が! 魔王様! 儂は魔王様の忠実なじぃじですぞ! おい、布だな?! どのような布がいいんじゃ!?」
うわーちょれー。
なんだよ、この爺。こいつも意外と可愛いじゃん?
早く言え、と睨んでも今更まったく怖くない。
「とにかく、まずはこの子を包む布。それから、この子部屋はどうなっています?」
「む? 部屋? ここだが?」
MA・JI・KA!!
思わず私は周りを見渡す。
いやいやいやいやいやいやいや。ないって。まじないって。
私達がいるこの部屋はアホみたいに広い。それこそ私の住んでた9畳くらいの1Kより遥かに広い。多分私の部屋が3~4つは余裕で入る。そんな広さだ。そしてどーんと置かれたベッド。家具屋さんで展示されているキングとかそういうサイズを通りこしてでかい。誰が何人で寝る予定だ、このベッド?! というサイズ。 それからソファーや机がある。
「いや、ないわぁ……相手、赤ちゃんだよ? こんなベッド、寝れないよ。何かあったらどうするの……? ベッドは横80㎝縦130㎝高さ120㎝で、柵つき。柵の高さが50㎝。幅は8㎝未満がいいかも。それに、子供部屋ってさぁ、普通はカラフルにして、明るく、影とかつくらないようにするものだよ? 意外と赤ん坊でも、子供って暗がりを怖がるんだから。あと、ちょっと狭めで、ぬいぐるみとか、絵本とか、玩具とか置いとかなきゃ。それと、子供が喜ぶようにガラガラとか、オルゴールベッドとかも用意しておいた方がいいかな」
うっかり素が出て、つらつらと私的最低限を口にすると、爺は目を白黒させ、うろたえた。
「ま、魔王様を柵付きベッドに寝かせる、だと?! し、信じられん……。それにガラガラとかオルゴールベッドとはなんだ……?」
「赤ん坊を柵付きベッドに寝かせるのは普通なの。寝返りうったり、ハイハイを始めたら落ちちゃうでしょうが。危険防止策」
「たかだか120㎝程度の高さから落ちて魔王様が怪我をするなど……」
「あー酷いじぃじですねぇ。アナタのじぃじはアナタが落ちて痛い思いしても、怪我がなければいいんですってぇ」
「ぬぅうう! 誰もそのような事はいっておらぬ!! 魔王様! 儂は魔王様が痛い思いをするのはごめんですぞ! 今すぐ、魔王様に相応しいベッドをおつくりいたしますぞ!」
そういうと爺はごにょごにょと何かを呟き始めた。
なにしてんの?
正直突然意味不明な言葉で独りごとを言い始めた爺、怖い。
しかし、そっと離れた私の事には気づかず、爺はおもむろに両手を掲げた。そしてはぁーっと気合のこもった声をあげると、もくもくと煙。そしてPON☆なんて擬音つけたくなるような可愛らしい音がたち、煙が消えた。代わりにそこにはベッドがあった。
私の要望どおり、横80㎝1縦130㎝高さ120㎝。柵の高さ50㎝で幅は8㎝程。
サイズは完璧です。ええ、サイズは。
満足げな爺と対照的に、私の目は冷めきる。
デザイン、ちょっと前衛的すぎやしませんか?
え? なんのつもり? 全体的に竜をデザインしたのかな? ベッドの頭の方には覗き込むような竜の頭と鋭い爪を持った手。それからなんか無駄に広げられた翼。足元の方は巻き付くような尻尾。 柱とかもびっしり鱗のような模様がついて、緑色。
初めて見るデザインだわぁ……思わず遠くをみてしまうわぁああ……。
しかし、爺は満足げにドヤ顔。
「却下」
「何故じゃ?!」
「いや、何故も何も……デザインが最悪」
「何をいっておる?! 格好いいじゃろうが! この完璧な竜のデザイン!」
「いや、そんなの求めてませんから」
驚愕の爺。
頭が痛くなってきた。
「この子魔王、王なんだよね?」
「うむ」
王がこんなセンス好きでたまるか!! そう怒鳴りたいのを我慢する。
「王なら、もっと優美なものにした方が良いんじゃない? 大人になったときに、物の価値が解らないような子になるよ?」
「むぅ?! そ、それは困る。えぇい仕方がない……」
仕方がないのはこっちです。
爺が杖を振るとベッドは消えた。その後、腕を組み、ウロウロと歩く。あーでもない、こーでもないと呟きながら。
ちょっとボケの入った爺に見えるからやめてほしい。徘徊とか心配になる。
「うむ……お主ならどういうのが良いか?」
あ、行き詰ったんですね。
確かに優美な~とかふわっとした感じの事言ったら悩むよな。これは私が悪いのか。
「うぅ……説明しろと急にふられると難しいなぁ……」
「思い浮かべるだけでよい。儂は人の思考を覗くことができる」
「え? プライバシー……」
「知るか。魔王様にさえ問題がなければ構わん」
なに? その、魔王様愛。さっきから思ってたけど、暑っ苦しくない? それともこの世界ではこれが普通なの?
「儂はこれが普通じゃ。儂は先々代の頃からの魔王配下でのぉ。もう7千年ほど魔王の側近、いや、右腕という地位をいただいておる。魔王様が王なれば、儂は宰相のようなものじゃ」
「へぇー」
「他の者よりも遥かに長く仕えているので忠誠心が厚いのじゃ。それゆえ、こたびも神は儂に魔王様が立派に成長なさるまでの間、魔王様をお守りするという名誉を与えてくださったのじゃ。……この世界では魔王は勇者に倒されるべく存在する。そして勇者は神が異世界より遣わすものじゃが……たいていは次の魔王が育ってから召還されるはずなのじゃが、何故か魔王様がお育ちになる前に勇者様を遣わしてのぅ……」
つまり、あの宇宙人がうっかりミスで前の魔王を死なせたから、新しい魔王のために、忠誠心MAXな爺をつけたってことですね、わかりました。
宇宙人せこっ。
自分のミスを他人にぐりぐりなすりつけまくり!
え? てか、この爺「こたびも」って言った? 「も」? え? 前回「も」そうだったんですか?
うはぁ……あいつ本当に神なわけ? 神のくせに同じミスしたわけ? え? やっぱアホなの?
つーかこの爺今ナチュラルに人の思考を読みやがった。迷惑な。まぁいい。とりあえず今は置いておこう。
「とりあえず、こんな感じのベッドで、素材はこの世界の最高品質のものがいいかな」
頭の中にロイヤルベビーベッドを思い浮かべる。
かくかくな真四角木のベッドではなく、美しい曲線を描いたベッド。しかし、どこにも骨部分は見えない。全体をふんだんに使われた純白のレースで覆われ、床までしっかりとたなびいている。そして、室内でも窓から入ってくる直射日光対策に、開閉可能なヘッド部分。うん、完璧。中はふかふかさらさらな寝具がつまっていて、外は優雅なレース式。
確かどっかのロイヤルベビーがこんなのに収まって、にこにこと笑っている写真かなにかを見たような気がする。
「うむ……確かに優雅だが……なんか弱弱しくないか?」
「赤ちゃんのうちから繊細なものに触れていると、感性が磨かれると言われてるから、これでいいと思うけど?」
「そうか! ならばそれでいこう!」
ちょろ爺。
ウキウキしながらまたもやごにょごにょ何かを呟いた。先程の経験からそっと距離をとる。
再び両手を掲げ、はーっと気合注入でベビーベッドが現れる。
うん。想像どおりだ。素晴らしい。
赤ん坊をそっとベッドに寝かせる。掛け布団をかけて、これで一先ずは安心だ。後は、おむつとか、洋服とかも準備してもらわないとね。
「あれ? おむつとかってどうしてます?」
「おむつ? なんじゃそれ」
「え?! ちょ! 魔王様がもよおしたらどうしてたの?!」
「その辺に垂れ流しじゃが?」
うぉおおおお……衛生面最悪じゃぁあああ……つーか垂れ流し魔王ってどうよ?! は?! もしかして、この世界は中世ヨーロッパのように野グソ文化?! まじかよ?!
あまりの衝撃に、言葉もない。
「す、すみません……トイレってどうなってますか……?」
「したくなればその辺にすればよい。どうせスライムが全て片付けるわ」
「却下! それだけはダメ! トイレはきちんとトイレで! うぉお……マジかぁ……よし、まずは生活環境を整えることから始めよう。魔王様にきちんとした王族らしいライフを! あと私にも!」
ぐっと拳を握りしめ、固く決意する。
宇宙人曰く、私には排泄がない。ずっと綺麗な状態を保てるので風呂も必要ない。食事は、とれるらしいけど、必要はないそうだ。てか、じゃぁ食ったのどこに行くんだよって話しなんだけど、それはもう考えないことにした。
でも! そんな事は関係ない! いくら排泄がなくても、その辺に排せつ物があって、それをスライム? とかいうのが片付けてるのを見るなんていやだ! 臭いだってかぎたくないわ!! つーか、そんな環境で育つ王様ってどうよ?! 絶対なんか捻じ曲がる! 子供の教育は、まず環境から! いくらベッドが良くたって、環境最悪とかありえない!
爺が不思議そうに首を傾げているのが腹立つ!
ベッドでご機嫌な魔王、めちゃくちゃ可愛い! この子の為にも頑張らなくては!
こうして私、高橋里奈は、魔王の乳母となったのだった。