13 只今フラグ乱立中
あの謁見の日から1週間。本日はシルフィナさんから進化について学んでいる。
進化というのは面白い。私達人間がサルから人間に進化したのも、間にいくつか過程を経ている。元は今の人間とは全く違う。ゆっくりとこの姿に進化したわけだ。
魔物達の進化も同じく、人間とは言えない姿の者には進化というものがある。ただここで突っ込むとしたら、進化後の姿が必ずしも人間に近づく、というわけではないようだ。例としてはポチだ。
ポチは見た目灰色狼のワーウルフという種族だった。それが進化して、現在ウィップウルフという種族になっているが、パッとした見た目はワーウルフと変わらない。ウルフリングへと進化したものが、更にいくつか進化した先にいる人狼という種族になれば、人間のような見た目になるらしいが、基本はこの狼の姿らしい。色やサイズは変化があっても、狼からは変わらないとのこと。
このように元の種族からそんなに変わらない進化と、だんだんと人間に近づく進化がある。
ゴブリンはボブゴブリンになり、そこから様々な種類のゴブリンになる。これは得意な事によって進化先が決定しているのだとか。例えば人を統率できるものはゴブリンキング(男性のみ)やクイーン(女性のみ)、ロード(キングやクイーンの上位)になる。戦術を駆使する事が得意ならジェネラル。魔法が得意ならマジシャン、ウィザード。といった感じらしい。
現在、ゴブリンロード以外は、顔や姿は人間と変わらないが、緑色の肌で、岩のように硬い。私から言わせてもらえば、よく手足動かせるよね? という硬さ。とても人間とは言えない。でもロードは肌色の肌で、人間と全く変わらないように見える。
これは、人間の身体が肉体を持つ者の中で、最も魔力を内包できるから、らしい。しかし、人間という種族は最弱種と呼ばれ、最も理想的な体をしておきながら、魔力の総内包量が極端に低いらしい。魔物達の異形の姿は、魔力を内包するのに適しているらしい。で、進化するたびに総内包量が増え、人間の身体に魔力を内包するすべを身に着けているのだとか。だから、突然いきなり人間そのものになることはないのだそうな。
セイレーンは上半身ほぼほぼ人間で、下半身が羽毛に覆われた鳥のよう。背に翼が生えている。でもその前の段階があって、ハーピーというらしい。ハーピーは上半身は人間の女性のようではあるけど、びっしりと羽毛に覆われ、手が翼らしい。
ハーピーが進化して、上半身女性のセイレーンになる。セイレーンが進化すると、ニンフという、どっからどう見ても人間の女性になるらしい。そして、ニンフが進化すると、シルフかウンディーネという精神体になるらしい。精神体は肉体を持たず、魔力の塊のような固体。最も強いと言われるその種族最上位存在なんだとか。
ただし、最上位種族を持っている種族は限られている。悪魔と竜族はもともとほぼ最上位状態。これが進化して、悪魔侯爵や竜人になると精神体になる。爺、めちゃくちゃすごい。これはリムブルンドさん達もビビるはずだ。
シルフィナさんはこの進化を期待して私の配下になった。強くなったら私の下を離れるのかなと思ったけど、料理が美味しすぎて、ここ以外にはいられないそうな。
私はふ、とため息を零した。
そろそろ頭がパンクしそうだ。
面白いけど、けっこう知識量が半端ない。魔王様は私と一緒に真剣に聞いているけど、どれくらい理解しているんだろう。多分、フリだけだろうなぁー。いやいや、魔王様、こう見えて実はとても賢い。案外理解しているのかも。
シルフィナさんが喋っている間中とっていたメモを眺め、反復していると、シルフィナさんから声がかかった。大体内容はわかっているけど、笑顔で促す。
「先日捕らえた罪人の処遇について、ですが……リナ様はどうなされるおつもりでしょうか?」
プリシラさんとリムブルンドさん。
この2人の処遇は私に一任されている。
私はただの保育士なのに、爺酷い。こういうのは爺の仕事なんじゃないのー?
「彼らがずっと丘で生活すると問題がありますか?」
「いいえ、この街は各家に風呂があり、水路もたくさんあります。何の問題もないでしょう」
「では、プリシラさんには猶予を与えてください。一年、街で他の者達と暮らし、勉強し、その上で、今一度私達と対峙させましょう。彼女の処遇はその時でよいかと」
プリシラさんはきちんとした教育がなされていなかったのが問題だと思う。それを経て、なお、あの性格ならもう救いようがない。処刑するのもありだと思う。でも、いきなりはダメだと思う。
「勿論、一年の間の彼女の生活態度等に関しては、常に監視させます。彼女には気取られないように」
その場だけ取り繕われても困る。そんな人は信用ならない。
「かしこまりました」
プリシラさんは恭しく頭を下げた。とても満足げな笑みだったので、私の判断に納得してくれているのだと思いたい。うん。
さて、問題はリムブルンドさん。
どうしたもんかねー。
処刑するほどの事なのかどうか。
正直、犯罪者に人権はない派ですが、命を奪うというのは重過ぎる。一般市民の私が容易く下して良い物か? いや、ぼこ殴っていいとか思っている私が言うなよって周りは思うかもしれないけど……。誰かが下すことと、自分で下すことは大きく違う。
うーむ。自分がこういった事をする立場に立たないと、こういった苦悩はわからないものなんだなぁ……。以前はとっととやれよ。税金の無駄じゃん! とか言っていたのに、考え込んでしまう。
少年法だって撤廃しろ! そうでなければ10歳以下にしろ! とか言ってたのに。あ、でも、マーメイドは長寿。プリシラさんは見た目20以上だけど、人間でいうなら10歳未満だそうだ。長寿なものは人間より教育もややのんびりしているとか爺も言ってたな。ならいいのか? うぅうん……。難しい問題だ。そもそも人間の考えを魔物にあてはめちゃいけないのか? あああああ、ハゲそう!!!
まぁでも、一言でいうなら覚悟が足りない、ということなんだけどね。
いや、そもそもそんな覚悟ないわ! 私のここでの存在理由ってナニーだよね?! こんな国政に関わることじゃないよね?! もう、こういうの、ほんと、爺の仕事だよね?!
くっそ……爺許すまじ……。
「リムブルンドについては……そうですね、使い道はありますか?」
「とくには」
即答。
まぁそうだよね。海底魔石の発掘も、他のマーマン、マーメイド達がやってくれるわけで、その群れは奥さんが統率してくれるはずだし。
「では、シルフィナ、貴方に一任します。もし、恩を売り楔にする、他の群れとの交渉に使える、などと言うのであるならば生かしても良いでしょう。全く必要がないのなら、処刑も構いません。処刑の際は私に一報ください。許可を出しますので」
爺みたいに丸投げしてもいいけど、やっぱり、魔王様に責任を負うということを見せていかないといけないよね。処刑になったら怖いけど、それでもその責任を負う覚悟をする。
シルフィナさんは少し驚いたように瞬き、それからにっこりと微笑んだ。
うっ……その微笑みはどっち??
よくできました? それとも、呆れてます?
元が美人だから、どんな微笑み方をしても綺麗な微笑みだけど、これは少々どっちにもとれる顔だ。
「わたくしに丸投げなさらないのですね?」
「ええ。私が貴方に指示を出すのも、現在私が貴方の主人だからです。その主人が自ら手を汚さず、貴方にだけ押し付けるなど、あってはならないことです」
上司って、ちゃんと部下のことを考えていないとダメだよね? 少なくとも、私の職場の先輩保育士や、園長先生は、私のことをよく考えてくれていたと思う。私に何かを任せたとしても、成果が出るようにフォローしてくれた。失敗しても責任は自分がとると言ってくれたし、実際、何度かとらせてしまったことがある……。本当にごめんなさい、先輩、園長先生。致命的じゃなかったけど、ミスはミス。本当なら、私が一人で頭を下げて回らないといけなかったけど、先輩も園長先生もけして見放さなかった。ここでシルフィナさんに丸投げしたら、私は彼らから何を学んだのか、という話になってしまう。それはダメだ。
「わたくしは、貴女の配下に下ったことを誇りに思います」
満面の笑みで深々と下げられた頭。
おお、よかった! どうやらシルフィナさんは、私の考えを気に入ってくれたようだ!
「それでは、リムブルンドに関しましては、今一度わたくし達で検討し、リナ様へご報告させていただきたいかと存じますが、よろしいでしょうか?」
「では、そのようにお願いします」
「かしこまりました」
これで、とりあえずの問題は解決。
次は何をするべきか……。
魔王様の護衛の黒龍を配下におさめる? しかし、問題は、黒龍が何を望むか。望んだものを私が提示できるか。
あーぁあ、黒龍が魔王様の可愛らしさだけでいいとか言ってくれないかなー?
「シルフィナ」
「はい、リナ様」
「黒龍に関して、何か情報をもっていますか?」
びたっとシルフィナさんが固まった。
およよ? どうした? 顔が引きつっているぞ?
綺麗な顔にびっしりと冷や汗が噴き出す。
えぇえええ? 聞いただけだよ? なんで? これは……爺が言うとおり、問題があるのか??
ぶぶぶぶ、という効果音が聞こえそうな程小刻みに震えだすシルフィナさん。
ちょっとした恐怖なんですけど。
「り、リナ様、こ、こここ、こ、こく、こ、こく、こくりゅっ、を、ど、どどど、どうっ、どうするっ、おつ、おつも、りっで、しょうか??」
「デルフォリアス宰相閣下が、アレフ様の護衛にどうか、と仰っていらしたので、配下にできそうならば、と思ったのですが……何か問題がありましたか?」
初めてシルフィナさんのひっくり返った声を聞いたなぁ……。そして、かつて一種族とは言え、女王様として君臨していた人が、これほど取り乱すような相手なの? そんなのを薦めたの? あの爺……!!
てか、黒龍どんな奴だよ?! 聞くのが怖いわ!!!
「こ、黒龍、は、現在1匹しかおりません……。竜の中で最も力強く残忍で、それでいて思考が幼い……そうですね……世界を滅ぼす力を持った我儘幼児、です……」
はらはらと涙を零すシルフィナさん。
これは、絶対、過去に何かあったよね??
てか!!! 世界を滅ぼす力を持った我儘幼児?! めっちゃ怖いんですけど?!
なんでそんなのがいるの?! この世界、本当に、ほんっとぉおおにっ怖いんですけど?!
ようするに、核兵器をいつでも投下できる3歳児ってことだよね?! 嫌だよそんな奴!! 会いたくないし、存在していてほしくないよ?!
「黒龍は力こそが全てで、愉しければそれでいいという思考の下、動きます。正直、他の種族が滅ぼうが、世界が壊れようが、自分さえよければ、愉しければ、それでいいという考えなので、仲間には適していない、と私は思います……しかし、宰相様が推すのでしたら何か理由がおありなのでしょう。強さで言えば、上位悪魔であるアークデーモンでもいいはずですので……」
「悪魔、というと、私達人間からすれば、今聞いた黒龍と大差ないように思えるのですが……?」
「いえ、悪魔は生まれついての精神体で、理性的かつ紳士的です。おそらくリナ様が仰っているのは、悪霊や悪鬼、アンデットの類のことでしょう。あれらは残忍かつ冷酷。他の生物の断末魔や絶望が至福の音楽、というくだらない存在ですから」
なにそれ、怖い。
できれば永遠に関わりたくないです。
「あ、でも、そんな彼らの中にも、理性的な者もおりまして、必ずしも全てが全て、くだらない存在ではありません。実際に、わたくし達セイレーンと交流関係のあるモノもおりました」
慌ててぱたぱたと両手を振り、フォローするシルフィナさん。
普段落ち着いた美人さんが、そういった行動するとは思わなかったので、驚きと共に、可愛いと癒される。
「そのものはレイスという実態なき悪霊の一種でしたが、知識欲が旺盛で、言葉も理解し、世界の様々な知識を欲しておりました」
ふーん? 悪霊とか言われるとちょっとビビるけど、意外と話してみてもいいのかな? でもシルフィナさんの話だけ聞いて、独断で決めるのはなぁ……。後で爺に相談してみよう。
「そのものについて、詳しく聞いても?」
「は、はい! 名はギュリオス。種族は悪霊のレイス。身長は180㎝程で、基本的には骨に僅かばかり乾いた皮が張り付いたような体に、ボロボロのローブを身に纏っております。実体はございませんし、特殊な方法でしか倒すことはできませんが、宰相様も、わたくし達セイレーンもその方法を使用できますので、ご安心ください。それに彼は非常に冷静で理性的です。レイスの中では珍しく、話すこともできますし、文字の読み書きも可能です。身一つで世界を渡り歩くだけの実力を持ち、交渉事にも長けていると、実際に会話したわたくしは感じました。
現在の住処は不明ですが、わたくし達がレテニス山に住んでいたころは、その麓の森林の中にいる、と聞いておりました。彼は少々普通のレイスとは違いましたし、もしかしたら進化の可能性を秘めた特殊固体かもしれませんが……これは、竜人である宰相様にご判断いただかないと、確証は得られません」
「進化の可能性?」
「はい。非常に稀ですが、進化の理を破り、超上位進化を果たすことを言います。おそらく、ですが、悪魔に進化する可能性があるのです」
え? なにそれ? 美味しいんじゃない?
無理に怖そうな悪魔に声をかけるより、最悪滅ぼせちゃう存在の方が安心安全のもと、交渉できない?
あ、でも、実体がない彼らって何を求めるんだろう? 私が出せるのは料理だけ。確かにこの料理は進化できるかもしれない料理だ。でも、食べられないんじゃ交渉材料にはならないよね?
ふぅ……。この件は爺がいないと結論はでないな。
「デルフォリアス宰相閣下にお話ししてみるとしましょう」
「わたくしの方から致しましょうか?」
「いいえ、それには及びません。この後は宰相閣下とアレフ様とでピクニックへ行くこととなっておりますから」
「かしこまりました」
深々と下げられた頭。
黒龍に対する動揺からずいぶんと立ち直ったようだ。
シルフィナさんはしずしずと部屋を出て行った。
うーむ。やはりシルフィナさんの所作は綺麗だなぁ。こっそり真似てるけどバレてないかなー?
ま、ばれててもいいんだけどね。
途中から大人の会話になり、すっかり退屈してしまった魔王様は、ポチと仲良く遊んでいる。
本当に聞き分けのいい子だ。
ちょっと心配です。
まぁ、だからちまちま休みを入れて、命一杯遊ばせているんだけど。
もう少し我儘でもいいんだけどなー。
でもそれを言うと「リナ困らせるのやーっ」だし。
ぐっふ。可愛い!
思い出して悶えている内なる自分はさておき、爺が来るまでの短い時間、魔王様をたっぷり可愛がってみた。




