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番外 友達

このお話は、とあるフォロワーさんとの企画のために用意した作品になります。

現在試運転中ですので、本格的に始動したら再びお知らせいたします。

それまではスルーして頂いて構いません。


どうぞ、本格的な始動を楽しみにしていてください。

 それは、とあるよく晴れた春の日のことだった。

 金色の柔らかな陽光が差し込む神苑しんえんの屋敷で、あかりはひとり書物を読んでいた。

 文机に広げられた巻物に描かれた絵を見ながら、手にしている方に書かれた詞を読んでいく。綴られている内容は、よく知られた真幌月まほろづきの伝承だ。

 いつも傍にいる疾風はやては、天子様に連れられて稽古中。彼から、屋敷からは絶対に出ないように厳命されたので、こうしてひとりで勉強しているのだ。

 疾風はこういう時とても過保護だ、と燈はいつも思う。燈だって神苑からは出ずとも、屋敷の外で季節の野花を探したり、心地よい陽光を浴びながら舞や唄の自主稽古したりしたい時もある。燈は偶にそう言ってむくれて見せるのだが、疾風は「俺がいる時にしてくれ」と言って全く取り合ってくれないのだ。


(別に、危険なことなんて何もないのに)


 そう思いながらも、疾風が心配してくれることは有難いので、こうして大人しく屋敷内で過ごしているのだった。

 上質な白練の檀紙だんしに描かれた女神様の絵を見る。手元の詞書ことばがきに戻り次の段に進もうとした時、風に乗って誰かの足音と知らない声が聞こえてきた。


「はあ、はあ……。ここまで逃げたら大丈夫かな?」

「そんなの、僕に聞かれても分からないよ。そもそも、ここは一体どこなんだい?」


(女の子と男の子の声……?)


 高く澄んだ可憐な少女の声と、呆れたような溜め息まじりの少年の声。どちらも聞き覚えのないものだ。燈は少し胸を高鳴らせながら、恐る恐る御簾みすの向こうを覗いてみた。


「ここからじゃ見えないかしら……。あっ!」


 半ば諦めたとき、満開の桜の木の影から小さな頭が覗いていた。雫のような不思議な形の耳。後ろで高く結えられた白橡しろつるばみのような淡い色合いの髪は柔らかそうで、桜の花びらが一枚ちょこんと乗っかっているのが可愛らしい。

 男の子の姿は見えないが、彼女と喋っているということは近くにいるのだろう。燈は不思議な少女の姿にドキドキして、もっと会話を聞こうと耳を澄ました。


「ここはどこって、そんなの私が知るわけないじゃない! それを調べる前にさっきの人達に追いかけられたんだから。誰よ、山の中だから安全なんて言ったの」

「そりゃ僕だけどさあ……。だって、あんな木と草しかないところで危険だと思う方が変じゃないか」


(あの子達、誰かに追われている……?)


 その時、遠目にだが門の前に立っていた衛士が神苑内を覗き込もうとしているのが見えた。少女はまだ言い争っていて、衛士に気づいた様子がない。燈は、門から桜の木までの距離を考えて思わず身をこわばらせた。このままでは……気づかれてしまう。

 思わず、燈は屋敷の外に飛び出した。叫ぼうとして、それでは衛士にも気づかれてしまうことに思い至る。


(何か、衛士に気づかれずにあの子達に危険を知らせる方法は……)


 暫し悩んだ燈が思いついたのは、地面に落ちた手頃な石を掴むことだった。

 こぶし大の石を、神苑に備えられた池に思いっきり投げ入れる。勢いよく飛んでいった石は、激しい音を立てて水の中に飛び込んだ。

 大きな音に、女の子の頭がびくりと震える。と、同時に衛士の様子に気づいたようだ。慌てて逃げ出そうとして、その大きな瞳が燈の方を向いた。


(わあ、綺麗な瞳……)


 彼女はとても綺麗なみどり色の瞳を持っていた。細かい様子は分からないが、透き通るような月白の肌や、深緑と紺の見たことがない形の衣と合わさりどこか神秘的に思える。

 思わずその姿に見とれていた燈は、気を取り直すように一度息を吸い、少女に分かるように大きく手招きした。


(屋敷内に入ってしまえば大丈夫なはず。だからどうか、早く……!)


 少女は少し躊躇うようなそぶりを見せたが、吹っ切れるように勢いよく駆けてきた。


「中に入って! 早く!」


 近くまで来た彼女に扉を示しながら囁く。衛士が門の前に変わりなくいるのを確認してから、木戸をしっかりと閉めた。


「大丈夫……?」


 肩で息をする少女に尋ねると、言葉はなかったもののこくこくと頷いてくれた。そのまま、私室にしている板間に彼女を連れていく。


「ここなら大丈夫。私が呼ばない限り、誰も入ってこないはずよ」


 円座わろうだを出して座らせる。水差しを探していると、後ろから声がした。


「助けてくれてありがとう。それで、貴女はいったい……?」

「あ、ごめんなさい。名乗るのを忘れていたわ」


 あまりにも慌てていたので、何も言わず屋敷に連れ込んでしまった。少女が戸惑うのも当たり前だろう。


「私は燈。この天羽あまはの、詠姫よみひめというお役目についてるの。貴女はどこから来たの? この辺りの人ではないようだけど……?」


 そこまで言ってから、燈は少女と一緒にいたはずの男の子がいないことに気がついた。先程まで、確かに彼女と話す少年の声が聞こえていたはずだ。


「そういえば、一緒にいた男の子はどうしたの? さっきの騒ぎではぐれちゃったなら捜さないと」


 燈がきょろきょろとあたりを見回していると、少女の胸元から天色あまいろの小さな鳥が現れた。その鮮やかな青から瑠璃鶲るりびたきではないかと思ったが、雀のようなふっくらとした身体の割にすっと長い首を持ち、瑠璃色の立派な鬣が頭の後ろを覆っている。陽を浴びて輝く羽毛は艶やかで、どこか神苑に訪れる小鳥たちとは違う雰囲気を持っていた。

 まじまじと見つめていると、おもむろに鳥が嘴を開いた。


「その男の子って、僕のことかい?」

「わあ、鳥が喋った!」


 鳥の小さなくちばしから少年の声がして、燈は思わず素っ頓狂な声をあげた。

 青い鳥は何でもなさそうに首を傾げる。


「そんなに不思議がることかなあ? そもそも僕は鳥じゃないし」

「見た目は完全に鳥じゃないの。『秩序の輪』を知らない人にそんなこと言っても仕方がないわ」


 青い鳥に呆れた声で返す女の子。燈が「秩序の輪?」と首を傾げると、彼女は自分の右手首を見せた。そこには金色の古めかしい腕輪が嵌っている。


「これが『秩序の腕輪』。私達はこの腕輪の力を使って、探し物をするためにこの世界に渡ってきたの」

「探し物? 世界? 貴女達は一体……?」


 よく分からない言葉の羅列に、燈は首を傾げるばかりで全然頭が追いつかない。


「メル、異世界じゃ神も魔法も違うっていうのは君もよく知っているだろう? そんな言い方じゃ伝わらないよ」

「先にそれで全く伝わらない言い方したのはシェルでしょ?!」


 シェルと呼ばれた鳥の物言いに少女が突っ込む。両者目に火花を散らせ、このままでは喧嘩になってしまう。これでは何も分からない。燈は、慌てて両者の間に割って入った。


「と、とにかく二人は探し物をしに来たのよね? それが天羽にあるということ? それと、良かったら貴女達の名前を教えて欲しいのだけど」


 少女と鳥が燈を見る。我に返った彼らは、代わる代わる事情の説明を始めた。


「私は、メルロンド・アァデンフョルム。メルって呼んで。こっちはさっき話した『秩序の腕輪』の番人のシェルフィ。シェルとでも呼べばいいわ」

「メルのことはロンドって呼んでもいいよ」

「嫌。今はメルの気分なの」


 シェルフィの言葉に、メルロンドがすかさず突っ込む。彼は呆れた顔をした。


「どっちでもいいじゃないか。まあ、好きに呼んでやってよ。……それで、探し物のことなんだけど、僕らもこの世界にあるかどうかは分からないんだ」

「どういうこと?」


 燈は首を傾げた。メルロンドが話を引き継ぐ。


「私達が探しているのは、『破壊の剣』、『創造の鏡』、それとこの腕輪についていたはずの宝石よ。それらは、どこかの世界に落ちているはずなの」

「あるいは、それらを作った神人。彼がどこかにいれば、また作ってもらえるかもしれないからね。最も、やっぱりどこにいるかは分からないんだけど」


 口々に語られる二人の事情に、燈は鳩が豆鉄砲をくらったように固まっている。どうにか口を開くと、一言だけ呟いた。


「破壊とか創造とか、随分凄い名前をしているのね……?」


 燈の言葉に、メルロンドがきょとんと首を傾げる。


「当たり前じゃない。神になるための道具だもの」

「神様に?!」


 燈は仰天した。天羽には一番有名な真幌月の女神様の他に何人かの神様が伝えられているが、どの御方も伝承の中の存在であり自分がなりたいなど夢にも思わない。

 しかし、メルロンドは自信たっぷりに頷く。


「そうよ。私は神になりたいの。神になって、自分の世界が作りたいのよ」


 それって素敵なことでしょう、と彼女は言う。燈は曖昧に頷きながら、文机に開きっぱなしにしていた真幌月に関する絵巻物を見た。

 天羽を生んだと伝えられる女神様。今は破壊された土地を嘆き、邪神となって眠っているけれど、天羽を作った時はメルロンドのように無邪気に喜んでいたのだろうか。

 そんなことをぼんやり考えていると、不意にシェルフィがメルロンドの肩から飛び降りた。燈の視線に気づいたのだろう、くりっとした瞳で巻物を覗き込む。


「これ、この国の神話? 真幌月で眠る女神……?」


 神という言葉で興味を持ったのか、メルロンドも覗き込む。彼女は瞳を輝かせて「変わった神話ね」と言った。


「空飛ぶ月の舟で眠る女神、か。『神様を鎮めるために、詠姫が唄と舞を捧げる』。貴女、女神に仕える巫女だったのね」


 燈は頷いた。メルロンドは繰り返し巻物を読むと、顔を上げて燈を見る。


「貴女、この真幌月っていうところに行く方法を知ってる? 良ければ案内してほしいのだけど」

「え、どうして?」


 首を傾げると、メルロンドはにこっと口角を上げた。


「そりゃあ、真幌月の女神に会うために決まっているじゃない」


 燈は驚く。文机にとまっていたシェルフィもびっくりした声を上げた。


「メル、相手は邪神になっているんだよ? 本当に会いにいくの?」

「あら、珍しい。いつもせっかちなシェルが止めるの?」


 驚いて羽をぱたぱた動かすシェルフィに、メルロンドが碧の瞳をいたずらっぽく輝かせた。可憐な顔に似合わない挑戦的な笑みを浮かべる。


「行くわ。もしかしたら、その女神が神人かもしれないじゃない! そうでなくとも、手がかりくらいは知っているかもしれないし」


 期待に胸を膨らませるメルロンドに、燈は申し訳なさそうに首を振った。


「ごめんなさい。私も真幌月に行く方法は分からないの。いつも舞台で舞ったり唄ったりするだけで、実際に見たことはないし」


 夜になると時々姿を現すというが、燈は一度も見たことがない。十六になったら行う詠姫最後の儀式「終演の儀」では見ることができるのだろうか。

 燈の返事に、メルロンドはしょぼんと肩を落とした。


「そう。やっぱり、そう簡単にはいかないかあ……」

「ねえメル、ここにある『真幌月』の本を読ませてもらったらどうだい?」


 落胆するメルロンドに、シェルフィが小さな翼で示すのは部屋のあちこちにある書物。二階棚にかいだな厨子ずしに仕舞われている本の多くは、天羽の伝承や真幌月に関するものだった。


「真幌月の女神には会えなくても、もしかしたら何か分かるかもしれないよ」


 ぱたぱたと羽ばたきながらシェルフィは言うが、メルロンドは「えー」と顔をしかめた。


「本を読むなんて面倒くさいことしたくないよ」


 のんびりとした声で答える。シェルフィが文句を言おうとした時、メルロンドが燈を指で示しながら微笑んだ。


「それより、ここによく知っている人がいるじゃない! 燈に聞いた方が楽ちんだわ」


 きょとんとした燈の両手をメルロンドが握る。きらきらとした瞳が燈を見つめた。


「ね、教えてくれてもいいでしょう?」


 燈はにこりと微笑むと「いいわよ」と言った。


「代わりに、私にも貴女達のことを教えて! 旅した世界のこととかも!」


 燈は、この神苑からほとんど出たことがない。彼女達は燈の知らないことをたくさん知っていそうだ。


(それに、私と歳が近そうな女の子なんて話したことないもの)


 もしかしたら、「お友達」というものになれるかもしれない。燈は、そんな期待で胸がいっぱいになった。

 柔らかい風が部屋に吹き込む。迷い込んだ小さな桜の花弁が、音もなく文机ふづくえに着地してその身を黄金の陽光に輝かせた。


                 *


 暫し、少女二人の穏やかな時間が続いた。シェルフィも真幌月の伝承が気になるらしく、時々興味深そうに口を挟んだが、ほとんど二人の会話を聞いているだけだった。多分、燈がメルロンドとの会話を楽しんでいることを察してだろう。もしかしたら、メルロンドの方も燈との会話を楽しんでくれていたのかもしれない。

 そうして会話を続け、陽が天頂に達しようとしていた頃のことだった。がたりと音を立てて、表の扉が開く音がした。


「あ、疾風だわ!」


 燈の顔がぱっと輝く。メルロンドとシェルフィが首を傾げた。


「疾風?」

「疾風は私の付き人なの。ここで一緒に暮らしてて……あ」


 頬を染め、嬉しそうに説明していた燈だが、直後にはっと口を押さえた。

 

「どうしたの?」


 メルロンドが問うと、燈は眉を顰めて申し訳なさそうに言った。


「疾風、ちょっと過保護だから……」

「燈? 誰かいるのか?」


 括戸くくるどを押し上げて、疾風が部屋に入ってきた。彼の黒瞳がメルロンドとシェルフィの方を向く。慌てて燈は弁明しようとした。が、不意に疾風が溜め息をついた。


「衛士から聞いてまさかとは思ったけど、本当にここにいたとは」

「え……?」


 何故知っていたのかと聞く前に、疾風が再び括戸を開く。


「とりあえず、会いに来ている人がいる。話はそれからだ」


 疾風の後ろから入ってきたのは、なんと天子様だった。

 

「邪魔するよ、詠姫」

「天子様?! ……いえ。こちらこそ、お迎えできず申し訳ございません」


 燈は慌てて居住まいを正した。虫襖むしあお直衣のうしの裾をひいて歩いてきた天子様に、膝をついて深々とお辞儀をする。


「それで、どのようなご用件でこちらに……?」


 未だ外を眺めたまま座ろうとしない天子様に、燈は不思議そうな声で問いかけた。

 疾風を連れて稽古に出る前に、天子様は一度燈のもとを訪れている。今日は、もう来ないものと思っていたのだが。

 天子様はすっと目を横に流すと、静かに口角を上げた。その瞳が見つめる先は、メルロンドとシェルフィ。


「衛士から、依月山いづきやまにいた不審な人物がここに逃げ込んだって聞いてね」

「ばれてる?!」


 ここは、詠姫と付き人以外は私しか入れないからね。そう微笑む天子様とは対照的に、メルロンドの顔はみるみる青くなった。シェルフィもばたばたと慌てている。咄嗟に、燈は二人をフォローしようと口を開いた。


「あの、メルとシェルは」

「分かっている」


 言い終わる前に、天子様の大きな手がぽんと燈の頭に載せられた。


「捕らえたりするつもりはない。だが、早めに移動したほうがいい。ここに探し物は無かったのだろう?」


 天子様の言葉に、メルロンドは「それもそうね」と言って立ち上がった。シェルフィが肩に乗る。腕輪の力を発動させようとした時、燈は彼女の腕を掴んで引き止めた。驚くメルロンドの瞳を見つめて言う。


「ねえ、メル。私、貴女と話せてとても楽しかったの。だから、また会えるかな?」


 メルロンドは燈を見て、形のいい唇を笑みの形にして言った。


「暫くは無理でしょうね。私は神になるために、ここ以外にもあちこちの世界を旅しないといけないから」


 その言葉を聞いて、しょんぼりと肩を落とす燈。けれどメルロンドは、ふわっとその両手を自分の手で包み込んだ。


「でも、もし神になれて私の世界ができたら、燈も誘うわ。その時にお話しましょう」


 メルロンドの言葉に、燈の顔がぱあっと輝く。


「ええ! 楽しみにしているわ!」


 やがて、燈の手を離したメルロンドは、腕輪から放たれた光に吸い込まれるようにして消えていった。

 その姿が見えなくなってしまうまで、燈はずっとその光を見つめていた。

 メルロンドとシェルフィといられたのは、僅か半日にも満たない。決して長い時間とはいえないけれど、そのどこか不思議な姿は、交わした言葉は、いつまでも燈の胸に残っているから。


(だから、また会おうね。私の初めての「友達」)


 数羽の雲雀ひばりが、薄桜色の風を受けて遥か広がる空へ飛び立っていった。


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