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序 燈

 初めてその名前を呼ばれたのは、世界の全てが凍てついたような厳寒の日のことだった。


 その日、私はこの国の主たる天子様に、城の門前にいたところを拾われたらしい。

 憶測なのは、なんせ幼い頃の記憶なので一部を除いてはっきりと覚えていないからだ。それでも、いつまでも色褪せない記憶というものはあり、それが、「彼」が初めて私の名前を呼んだ時のことだった。

 その日まで、私には名前がなかった。捨て子に名が無いのは珍しいことではなかったし、城に入ってすぐ詠姫よみひめというお役目をもらったのでとりわけ必要なものでもなかった。

 しかし「彼」―疾風はやてと名乗った少年は、私にも名前が必要だと言った。


「俺にも『疾風』って名前があるんだ。お前にも名前が必要だろう」


 疾風は私と一緒に拾われ、詠姫の付き人になった少年だ。天子様曰く、


「本当はそんな役職はないのだが、そなたから片時も離れようとしないため無理やり作った」


 らしい。その話を聞いた時、私は笑ってしまった。昔から何も変わっていないらしい。心配性なところも、いつも一緒にいてくれることも。

 一緒に拾われた捨て子だったのに、どうして疾風には名前があるのかと聞いたら、彼は大事な秘密を明かすように言った。


「ずっと昔に、大切な人からもらったんだ」


 その声が余りにも優しくて愛しげだったので、私は羨ましくなったのだと思う。気づいた時には、こう口にしていた。


「なら、私の名前は疾風が決めて」


 疾風は驚いたように目を丸くした後、少し考えて、それから柔らかく微笑んだ。


「……あかり


 それが、私が初めて名前を呼ばれた瞬間だった。

 そして、何もかもが始まった特別な日に私が初めてもらった贈り物が「燈」という名前であり、何もかも変わった今でも、大切に持っている宝物だった。

 


                        *



 “それは遠い昔のこと。

 天羽あまはに、ひとりの美しい女神様がおられました。

 女神様は、天羽の地を慈しんでいましたが、住人が木を切り倒し水を汚して天羽を傷つけたため嘆き、邪神となってしまいました。

 邪神となった女神様が天羽を滅ぼそうとしたので、住人は土地を傷つけたことを深く反省し、許しを請いました。

 すると、別の神様が現れて言いました。


「邪神となった神をすぐに浄化することはできない。だが、お前たちが今から言うことをできるというのなら邪神を眠らせ鎮めよう」


 神様が示した条件は、眠る邪神のために唄と舞が上手な娘を捧げることでした。

 住人の代表がそれを了承したので、神様は天羽に「真幌月まほろづき」という不思議な舟を遣わしました。真幌月は邪神に幸せな夢を見せ鎮めたので、天羽は滅ぼされずに済みました。

 それから天羽の人々は、真幌月に「詠姫」と呼ばれる唄と舞が上手な娘を捧げ続けることになりました。

 いつの日か、邪神が浄化される時まで。”


 ―作者不明『天羽の神話・伝承集』より抜粋


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