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「いいか。陽民ようみん。この掛け軸は、先祖代々受け継がれている達磨大師の肖像画だ。手足が袈裟で隠されているだろ?これは達磨大師が壁に向かってずっと座って修行していたから、手足が腐ってしまったんだ。達磨ってあるだろう。達磨はこの達磨大師がモデルなんだ。150歳まで長生きして、禅宗の始まりの人でもあるんだぞ」

「お父さん、そんなこと、もう何百回も聞いているよ。だから、何?」


 目覚めてラジオ体操から戻ってきたら、目を輝かせたお父さんに、おいでおいでと手招きされた。とりあえず、断ると面倒だからついていったら、お父さんは、古臭い掛け軸の前でいつもの長い台詞と言っていた。

 もう同じことばかり。小さい時から何度も聞かされていて、もう暗記しちゃっているくらいだ。

 

「いいか。陽民。昨日の夜、達磨大師が私の夢に現れたんだ!そしてお告げをくだされた!」


 興奮した口調で話す父さんは、ちょっとおかしな人に見えた。

 大丈夫かな。もしかして、会社で大変なのかな。


 僕は心配して、父さんを見上げる。

 

「いいか、陽民」

 

 この、いいかというのは父さんの口癖だ。

 父さんは僕の両肩をがっちりつかむ。


 痛いよ、お父さん!

 てっいうかこの力どっかが来たの?

 お父さんははっきり言って、痩せ型で、どうみてもひ弱な感じだ。実際、そんなに力もなかった気がするのに。

  

「おつかいに行ってくれ」

「は?」


 おつかい?なんの?


「達磨大師が言ったんだ。この掛け軸を隣町の寺に納めたら、今度のサマージャンボで一等が当たるって!」

「は?」

 

 サマージャンボ?

 達磨大師が?


「お前には辛いことを頼んでしまう。だがな。達磨大師が言ったんだ。お前一人で、この掛け軸を納めに行くことが必要だと。父さんもついていきたいが、だめなんだ。わかってくれ!」


 いや、わかんないよ。

 なんで、この偉いお坊さんがサマージャンボの当選のことをお告げするの?

 だいたい、なんで僕が?


「聞かせてもらったよ。その話を。陽民。人生には冒険が付き物だ。婆ちゃんが美味しいお弁当作ってやるから行ってきな」

「は?」


 突然現れた婆ちゃんは、涙を拭う仕草を見せる。

 いやいや、僕は行くってなんて一言も。だいたい、冒険とかでもないし。電車乗って隣町に行って寺まで歩くだけでしょ?


 そんな僕の心の声は口から出てたみたいで、「さすが我が息子。引き受けてくれるか?」って、勘違いをされていた。


「いや、だから、僕は行かないから!」

「陽民。サマージャンボの一等は一億なんだ。それだけあれば、お前の大好きなゲーム全部買ってやるぞ!」

「行く!行くから!」


 欲望に忠実は僕は、行くつもりなんてまったくなかったのに、気がつけばそう答えていた。

 思い立ったが吉日って、

 婆ちゃんはすぐに弁当を用意してくれて、朝食を食べると送り出された。掛け軸は丸めて、筒にいれてある。

 ちなみにお母さんは「またバカなこと言っている」と冷たい視線を二人に向けた後、出勤していった。

 あいからず冷たいと思ったけど、お母さんはいつもこんな感じで、盛り上がるお父さんと婆ちゃんから距離を置いた感じだ。 

 僕だって、ちょっとおかしいなと時々思うような二人とは距離を置きたい感じだけど、いつも最後は誘惑に負けてしまう。


 今回もどう考えても達磨大師という偉い坊さんが、お父さんの夢に出てきてサマージャンボの話なんてするわけがないのに、もしかしたらと思って話にのってしまった。

 ああ、なんて弱い僕。

 しょうがない。僕はまだ小学4年生なんだから。


 あ、僕の紹介がまだだった。


 僕の名前はたいら陽民ようみん。陽気な人になるようにと父さんがつけた名前だ。陽気な人だったら、陽人じゃないか?名前の由来を聞かされて最初に思ったことはそんなことだ。なんでそこで民なんだと思うけど、それは父さんが適当に付けたんだろうと思って納得した。


 僕は9歳。小4だ。

 今は夏休みで、毎日ラジオ体操にいっている真面目な小学生だ。

 家族は、ちょっとおかしなお父さんと、真面目なお母さん。そしてお父さんのお母さんである婆ちゃんだ。

 お母さんは仕事が大好きらしく、いつも残業。だから、食事は婆ちゃんが用意することが多くて、お母さんの味というとどうも婆ちゃんのご飯しか浮かばない、それくらいお母さんがご飯を作ってくれたことがない。まあ、婆ちゃんの料理は美味しいから、それはそれでいいんだけど。


「えっと隣の駅までは、と」


 恥ずかしいけど、実は一人で電車に乗るのは初めてだったりする。

 学校は家のそばだし、スーパーもなんでも歩いていける距離だったから、こうして電車に乗るときは、特別なときだ。家族で出かけるとか、そんなもの。


 緊張しているのがばれないように、販売機でさっと切手を買おうとする。お駄賃というのは癪だけど、父さんからは切符代とは別にちょっとお金をもらってきた。財布を開けて、500円玉を入れて、切符を購入。お釣りもしっかり財布に入れてから、改札口に向かう。

 失敗しないように他の人の動きを見てから、改札口を抜けた。

 

 大丈夫だ。おかしくない。


 僕はつば付きの帽子を深くかぶり、誰にも注目されていないことにほっとして、ちょうど入ってきた電車に乗りこんだ。


 運がいいのか、どうなのか、わからないけど、席が空いていたので、とりあえず座る。立ってる人もいるけど、席はたくさん空いているからいいよね。

 ポケットからスマートホンを取り出してラインを開けたら、結構みんな暇みたいでメッセージが届いていた。

 

「まるまる駅、まるまる駅」

「え?」


 メッセージに集中してて気がつかなかった。

 スマホを片手に慌てて扉から飛び出した。


 そうして僕は気がついた。


「あれ?筒がない?」


 筒は汚れたらいけないと、リュックの中にいれなかった。それが失敗みたいで、慌てた僕は筒を電車においてきてしまった。


 扉はまだ開いていて、戻ろうと足を踏み出す。


「坊主。忘れ物はこれか?」

 

 腕を掴まれ、僕は声の主に少しムカついて振り返った。

 けれど、黒い筒を差し出され怒りはすっかり引っ込んだ。


「あ、ありがとうございます」

「お礼がちゃんと言えるということは、いい子だな」


 筒を届けてくれた人は、70歳くらいの優しそうのお爺ちゃんだった。笑顔がどことなく父さんに似てる気がして、安心した。



 お爺ちゃんに行く先を聞かれ、まる寺に行くと正直に答えた。理由は聞かれなくてよかった。まさか達磨大師のお告げでサマージャンボの為に寺に行くなんて恥ずかしくて言いたくなかったからだ。

 お爺ちゃんは行き先は同じだと答え、断る理由もないので一緒に行くことになってしまった。

 僕は何を話していいわからないので黙る。だけど、お爺ちゃんが一方的に話しかけてきた。と言っても質問とかじゃなくて勝手に話してる感じだ。

 お爺ちゃんは今年で66歳で、子どもはいるけど別々に暮らしているらしい。子どもには酷いことをしたのでいつか謝りたいとか、9歳の僕に言われてもという内容だった。

 でも色々聞かれなくてよかった。知らない人に自分の名前や住んでる場所を簡単に教えるのは良くないとお母さんに言われていたからだ。

 そうして話を聞いていると、あっという間に、お寺に続く長い階段が見えてきた。すると突然にお爺ちゃんが言った。


「坊主。俺のうちはここだ。よって行くか?」

「家って?」


 ここと指差された場所は家というよりも物置だった。階段の直ぐ横にあって、周りに草もいっぱい生えていて、人が住んでるようには見えなかった。


「冷たい麦茶くらいご馳走するぞ」

「ください!」


 家から水筒を持ってくるのを忘れてて、すっかり喉が乾いていたので、僕は反射的に答えていた。



「そうか、そうか」


 お爺ちゃんは嬉しそうに笑うとついて来いと歩き出す。

 今更断れる訳がない。

 麦茶を一杯だけ飲んで、直ぐにお寺に行けばいい。

 僕はキュッと筒を抱き込むとお爺ちゃんの後を追った。



 中は小さかったけど外に比べて綺麗だった。台所があって一つだけの畳の部屋。

 靴を脱いで上がって、待っているとキンキン冷えた麦茶をちゃぶ台の上に置かれ、僕は恐る恐る座った。


「緊張してるか。坊主。爺ちゃんが怖いか?」

「そんなことないけど、知らない人だから」

「知らない人か。そうだな。俺は山下やましただいだ。坊主の名前は?」

「僕はたいら陽民ようみん

たいらよう……みん?」


 お爺ちゃんが急に怖い顔になったので、僕はビビるしかなかった。しかもお母さんに簡単に名前を教えるなって言われてるのに。

 心配でどきどきしてたけど、お爺ちゃんはハッと気がついたように笑顔に戻った。


「坊主。いや、陽民。これで俺と坊主は知らない人同士じゃないだろう?」

「は?えっと、そうだけど」


 名前がわかったからそうなるの?ちょっと違うと思うけど。

 考えている僕の前で、お爺ちゃんは黒い筒に触れる。


「だめ、」

「この中身は掛け軸か?」

「え?うん。そうだけど?」


 止めようと思ったのに、そう言い当てられて素直に答えてしまった。

 お母さんに怒られる。

 なんで、こう!


「達磨大師の掛け軸だな」

「なんでわかるの?お爺ちゃん!」

「ははー。俺は実は透視能力があってな」


 透視能力?

 本当に?


「嘘だ」


 僕がじっと見つめると、お爺ちゃんは少し恥ずかしそうに答え、筒を畳の上に置いた。


「あの寺には達磨大師の銅像がある。だから、そう思っただけだ。掛け軸というのは当てずっぽうだ」

「なーんだ。でもすごい推理力だね」

「そうだろう。お爺ちゃんは金田一耕輔にも負けないぞ」

「きんだ、いち?それってコナンよりすごいの?」

「コナン?」

「お爺ちゃん。コナンを知らないの?だめだなあ」

「ははは。爺だからなあ。流行ものはわからん」

「流行りもの?コナンって流行りものかな?」


 流行りものってなんだろう?

 コナンって誰でも知ってるって思ってたけど。


「坊主。今日はなんで一人でお寺に来たんだ?お、お父さんやお母さんはどうしたんだ?」

「答えたくない。とても恥ずかしいから」

「どうしてだ?達磨大師がお告げでもしてきたのか?」

「お爺ちゃん!なんで、わかるの?」


 さっきと同じことをいっちゃったよ。

 このお爺ちゃん、すごい。

 やっぱりコナンよりすごいかもしれない。そのキンダイチとかいう奴は。


「達磨大師も酷なことをさせるもんだ。一人で大変だろう」

「大変じゃないよ。隣町から電車に乗っただけだし。駅からはお爺ちゃんと歩いてきたから迷わなかったし」

「そうか。そうだな。だからか」


 なぜかお爺ちゃんは納得したように唸り、立ち上がった。

 そして箱を抱えて戻ってきた。


「お爺ちゃんもな。昨日。達磨大師からお告げがあったんだ。これをこの寺に納めるようにと」


 そう言って箱から出したのは、小さな達磨大師の木彫りの像だった。

 

「お爺ちゃんも?僕のお父さんと一緒だ。でも、お爺ちゃんはサマージャンボとかじゃないよね?」

「サマージャンボ?」


 しまった!


 僕はうっかり漏らしてことを後悔したが、遅かった。


「坊主のお父さんは、サマージャンボの当選を願ったのか」

「う、うん。達磨大師が、僕がこの掛け軸を隣町のお寺に納めたら、一等が当たるって言ったみたいなんだ」

「サマージャンボ……」


 お爺ちゃんは急に元気がなくなり、心配になる。


「えっと、お爺ちゃんは違ったの?」

「俺は、俺の場合は」

 

 お爺ちゃんは言いづらそうにしていたけど、木彫りの像を箱にしまうとさびしそうに笑った。


「俺の場合は、達磨大師が、家族に会わせてくれると言ったんだ」

「家族?その離れて暮らしている子どものこと?」

「うん。まあ、結果的には叶ったことになるかな」


 お爺ちゃんは、急ににかっと笑い、僕はわからなかった。


「坊主。寺に一緒に行こうか。お告げのあった通り、俺はこの木像を、坊主は掛け軸を納めに行こう」

「だめだよ。お爺ちゃん。僕一人で行かないと」

「でも、ここまでは一緒だっただろう?」

「あー、そうか、もう一人じゃないんだ。どうしよう。サマージャンボ当たんないよ!」

「大丈夫。達磨大師もわかってくれる。まあ、当たんなくても心配しなくてもいい」

「心配するよ!無責任な!」

「無責任。言うなあ。大丈夫だ。お爺ちゃんに任せろ、絶対に一億当たるから」

「本当?」

「本当だ。さあ、一緒に寺に行こう」


 僕はお爺ちゃんに急かされ、一緒に寺に行くことになった。

 階段は急で長くて、お爺ちゃんが倒れるんじゃないかと心配した。

 でもお爺ちゃんはその度に大丈夫だと言って、ついに僕たちは上りきった。


 歩いていると、お坊さんが出てきて、お爺ちゃんが説明すると、掛け軸と木像を受け取ってくれた。そうしてお寺の中を案内してもらって、最後はとても大きな達磨大師のところへ連れて行ってくれた。

 髭を生やした達磨大師は何か怒っているようで、怖かった。

 やっぱりサマージャンボなんて、嘘だ。だって、おかしいもん。それとも、僕が一人じゃないから怒ってるのかな。


 お坊さんが色々話してくれたけど、僕はぜんぜん意味がわからなくて、それよりも達磨大師の顔の怖さがずっと頭にあった。


 だから、急にお坊さんが慌てたのに気がつくのが遅れた。


「お爺ちゃん?」


 お爺ちゃんが急に胸元を掴んで、倒れた。口からは泡を吐いていて、怖くなって、どうしていいかわからなかった。そんな僕とは違ってお坊さんは他の人を呼んだり、救急車を呼んだりしていた。

 僕はお爺ちゃんの孫だと思われたみたいで、一緒に救急車に乗せられたけど、何も答えられるわけがなくて、病院について、お爺ちゃんがどこかに運ばれ、一人になってからやっと、お父さんに電話をかけるということを思い出した。

 今病院にいると伝えるとすぐにお父さんは来てくれて、何もわからない僕に代わって看護婦さんと話していた。

 なんかお父さんが怒っているみたいだったのは、なんだろう。

 婆ちゃんも後からやってきて、なんかわからなかった。


 そのうちお母さんもやってきて、僕はお母さんの隣でいつの間にか眠っていたみたいだ。


 起きたと思ったのに、そこは病院でもなくて、家でもなくて、あのお寺だった。

 怖い顔の達磨大師が僕を睨んでいて、逃げたくなった。


「平陽民。お前はあの爺を助けたいか?」

「うん」

 

 それは考えなくてもすぐに出た答えだ。だって、お爺ちゃんは悪い人じゃなかったし、助けられるなら助けたい。


「あの爺を助けたいなら、お前の父はサマージャンボをあきらめないといけない」

「そんなの、」

 

 当然と言いそうになったけど、眠る前に見たすごく怒っていたお父さんの様子が浮かんできて、自信がなかった。お父さんは、今まで見たこともないくらい怒ってて、婆ちゃんもだった。

 いつも怖いお母さんのほうが、今日は優しかったくらいだ。


「サマージャンボをあきらめて、爺を助けたいなら、まる寺に父親と一緒に来い。ほかの誰でもついてきてもいいが、お前の父親は必ず来ないといけない。明日、日が沈むまでに来ないなら、爺は死ぬ。だが、一億円は手に入るだろう」


 怖い顔の達磨大師はそれだけ言うと消えた。

 そうしたら、僕も夢から覚めて、目を開けると、そこはまだ病院だった。


「陽民。起きた?」

「うん。お父さんは?」


 お母さんは僕の頭を優しくなでてくれたけど、答えてくれなかった。


「ばあちゃんは?」


 この質問にもお母さんは答えてくれなかった。


「陽民は、あの人がお爺ちゃんだと知っていたの?」

「あの人、ああ。お爺ちゃんでしょ?どうみてもお爺ちゃんだよ。しわしわだし」

「そうじゃなくて、あの人、お父さんのお父さん、本当のお爺ちゃんなのよ」

「だって、お、お爺ちゃんは僕が生まれる前に亡くなったんでしょ?」

「ううん。生きていたの。ただ、どこにいるかわからなくて」

「だったら、よかったよね。お爺ちゃんが見つかって。あのお爺ちゃんは、優しくていい人だよ。子どもに会いたいって言ってた。ああ、そうか達磨大師は願いを叶えたんだ!だったら、お父さん!」


 きっと、サマージャンボを諦めてくれる。

 そう言おうとしたけど、お母さんは首を横に振った。


「お父さんは、お爺ちゃんに怒っているの。捨てて出て行ったと思ってるから。お婆ちゃんも同じ。だからよくないのよ」

「そんなのおかしいよ。だってお爺ちゃん、子どもに会いたいって言ってたよ!」

「陽民」


 お母さんは困ったように笑う。

 でも僕は納得いかなかった。


 どこからか戻ってきたお父さんと婆ちゃんは疲れていた。


「陽民。起きたのか。お前、あいつが誰か知っていたのか?」


 お父さんがそう聞いてきて、僕はお母さんの服を掴んでしまった。 

 だってお父さんの顔がものすごく怖かった。

 達磨大師よりも怖い。


「大介。陽民は何も知らないの。子どもに当たらないで」

「……悪かった。陽民。ごめん」


 お父さんはそう言ったきり、黙ってしまい、僕たち4人は無言のまま、家に戻った。


 家に戻ってからも誰も話さなくて、僕はどうしていいかわからなかった。

 でも、達磨大師の言葉は気になるし、お父さんに話すだけ話してみることにした。


「お父さん」

「なんだ。陽民。さっきは悪かったな」


 居間でお茶を飲んでいたお父さんは、いつもと同じで、ほっとした。

 これなら話しても大丈夫。きっと。


「あの、達磨大師がね。お父さんがサマージャンボを諦めたら、お爺ちゃんを助けてもいいって言ったんだ」


 言い終わった僕は、お父さんの表情がどんどん変わっていくのが怖かった。


「陽民。こんな時に冗談を言うんじゃない」

「じょ、冗談じゃないよ。病院で寝ていたときに夢に出てきたんだ。お爺ちゃんの夢にだって、達磨大師は出てきたんだよ。そして家族に会いたいって願いを、」

「陽民!悪いけど、黙っていてくれないか。あいつの話は聞きたくない」


 怒鳴られはしなかったけど、お父さんの冷たい声で僕は泣きそうになった。お母さんがそろりと居間に入ってきて、僕の手を掴んでくれなかったら、きっと泣き叫んでいたはずだ。

 お父さんは、立ち上がるといなくなってしまった。


「お母さん」

「陽民」


 お母さんもどうしていいかわからないみたいで、僕をぎゅっと抱きしめるだけだった。


 夜は珍しくお母さんが作った。

 久々のお母さんのご飯だったけど、お母さんと僕だけが食卓について、さびしくてうれしさなんてまったくなかった。

 婆ちゃんは部屋にこもりっぱなし、お父さんは帰ってこなかった。


 ――明日、日が沈むまでに。


 達磨大師の言葉がずっと頭に残っていたけど、お父さんも帰ってこないし、お母さんに寝るように言われて、寝るしかなかった。

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