妹のことが大好きだけど認めない兄が妹とイチャイチャするだけのお話
『兄の恋は始まらない』
「ねぇ兄さん」
本を読む手を止め。ソファの後ろの台所で作業をしている妹の方へ顔を向ける。今日の夕飯はシチューらしくコトコトと湯気を吹くおなべにシチューのルゥをポトポトと落としていた。
「なんだ。なんか買い忘れか?」
「兄さんって私の事好きだよね?」
一瞬だけ思考が止まる。
こいつはいきなり何を言ってるんだろうか。いや、言ってる意味は理解できるがこのタイミングでそれを聞いてくる理由がわからない。
「いきなりどうしたんだ。……頭でも打った?」
「ねぇ答えてよ……私の事好き?」
どうやら真面目に聞いているみたいなので真剣に考えてみることにする。
好きかどうかを単純に考えれば好きだ。勉強はできるし友達は多いし。料理も上手で家族思いで優しい控えめに言って自慢の妹だ。ちょっとブラコンが過ぎる節はあるが特別嫌いになる理由はない。
だがこのタイミングで家族としての愛を確認してきたわけでもあるまい。もっと他に理由があるはずなのだ。
まず思い付くのは言質としての確認。なにか後ろめたいことがあり、それを告白する際「兄さんは私の事好きだから許してくれるよね?」とやんわりと許しを求めれば被害を緩和させることができるかもしれない。まぁ怒りが緩和されるか倍増するかどうかは内容次第だが。
だが特に何かを壊されただの使っちゃっただのの心当たりはない。第一そんなことがあったとして。この真面目な妹がそれを言い淀むこともないだろう。となると本当に意味がわからない。
「ねぇってば……答えられないの?」
「い、いや……まぁ好きだぞ? 嫌いになる理由もないし……」
「誤魔化さないで。……そっちの好きじゃないのはアホの兄さんでもわかるでしょ?」
「……」
何も言えなくなる。いや、薄々は理解していた。……というより考えるのを避けていた。
そもそも、普段から家族としての好きじゃない好きを振りかざす妹なのだから、自分のことが好きかどうかと聞かれたらどっちの好きかを指すのかは明白だ。
それを考えないようにしたのは自分だ。だって当たり前だろう、妹の想いに応えられるわけないのだから。どうしたって考えたくなくなるに決まっている。いやしかし妹のことを異性として見ることができないのは紛れもない事実なわけで――――
「兄さん」
「はい」
いつの間にか妹の顔が目の前にあった。
「好きなんでしょ。私のこと」
「……はい」
あっけなかった。
「必死に自分に言い聞かせてたんでしょ。『妹のことを性的に好きになるわけない』って」
完全に見抜かれていた。妹の大きな瞳がそんな焦りも見透かすようにキラキラと光っていた。この目の前で嘘をつき続けることはできなかった。
昔からそうだった。自分にべったりで優しくて厳しくて可愛くて。自分のことをいつも気にかけてくれるできた妹が昔からたまらなく好きだった。
「兄さん……それで隠してるつもりだったんですか。バレバレですよ?」
「いやそんなこと……」
「お休みの日に友達と遊ぶ約束断ってまで妹の買い物に付き合ってくれる兄なんて異常です」
「それはだな……最近お前のこと構ってやれてなかったしたまにはと思って……」
しどろもどろになりながら答えると妹がまたズズっと近づいてくる。この距離で直視し続けることができずにふっと顔をそらす。
「そもそも距離をあけたのは兄さんからじゃないですか……それに百歩譲って妹のことを気にかけただけだとしても。先約を断ってまで付き合ってくれるのはやっぱり変です」
「せやな……」
「兄さん。人と話すときはちゃんと目を見て話すべき。って兄さん、言ってましたよね」
言われて顔だけ向き直す。しかし妹の整った顔を見ると胸の高鳴りが抑えられずに目をそらしてしまう。つくづくどうしようもない兄だった。
「兄さん……ちゃんと目を見て。そしてちゃんと言って。……私のこと、好き?」
「……答えられるわけないだろ」
「それもう答えてるのと一緒でしょ? ほら、言っちゃいなよ……言って?」
言って? 言って? と妹が何度も囁く。その声だけで頭がとろけて思考能力が奪われていくような気がした。そもそもなんで俺は拒んでるんだっけ。ボーっとする頭でそんなことを思ってしまい自分の気持も吐いてしまおうと口を開き――
「あ゛ーーーーっつっかれたーー!!!」
かけた瞬間。玄関の開く音と母親の声で我に返ることができた。びっくりして二人して勢いよく離れ。妹は急いで台所へと戻っていった。
「お、おおおおおおかえりなさいお母さん! ご飯作ってるよ!」
「ありがとねーおっ今日はシチューかー外めちゃ寒だったし嬉しいわあ」
未だにぼーっと突っ立っていた自分をよそに母親がソファーに腰掛ける。そのままテレビのチャンネルを弄り始めたところでようやく自分がぼけっと突っ立っていることに気がつく。
「……部屋戻るか」
リビングから出て二階の自分の部屋に戻る階段を上がっている辺りで『あ、兄さん!』と追いかけてきた妹から声をかけられた。さっきのこともあり、やはり少し身構えてしまうが。
「シチューもすぐできるしご飯ももう少しで炊けるから寝ちゃったりしないでよね? 冷凍だけど兄さんの好きなハンバーグもあるんだから」
なんてことはない内容で少し拍子抜けしてしまう。決して期待していたわけではないが。そのまま適当に返事を返して階段を上がろうとしたらぎゅっ腕を掴まれた。突然過ぎてびっくりする暇もなく後ろへ振り返ると少しだけ顔を赤くした妹がまっすぐこちらを見上げていた
「……夜また部屋に行くから。寝ないで待っててよね」
兄の恋の終わる気配は、まだない。
『妹の恋は終わらない』