ハンナ・ウォータールー講師の提案
「で、いきなり金が欲しいとは」
私、ハンナ・ウォータールーは呆れていた。せっかく見込みのある学生を見つけたと思ったら、いきなり金が必要だとは。
「学徒たるもの、常に清貧であれと思うのだがね」
「しかしですね、先生。俺みたいに金がないのではそんな心の余裕は生まれませんよ、、、勉強しつつ、金の工面ができる方法、ありませんかね」
溜息をついてしまいそうだった。そもそもの始まりは、私の開いたこの説明会に現れた新入生がわずか三人であったことだ。
目の前のジークとエリナ。この2人は講義でも覚えがある。そしてもう一人は、アネット・リウだ。彼女は魔法使いの家系ではあるが、違う大陸出身の魔女を母に持つ。母方の故郷にも最近この大陸から血を裏切るものが流入しているようで、この研究室に入りたいという。
正直なところ、私としては三人の受け入れは賛成だ。全員が一定以上の成績を上げて入学しているし、背景にはこのテーマに関わる強いモチベーションがある。むしろこんな学生が三人も一度に手に入るとは僥倖と言える。
問題は、資金不足に喘ぐジーク青年のことだ。私は、そこで少し悪知恵を働かせることにした。
「さて、ジーク。うちには今学生が少なくてね。大学の上の大学院生が2人だけだ。正直なところ、手は足りていない。
そこでだ。もし君が研究助手としてうちの研究室に所属してくれるなら、最初の四年間、毎月1,200パルス支給しよう。もちろん、研究費や調査旅費は別途支給する」
この申し出に、ジークは顔を輝かせている。そうだろう、願っても無い好条件のはずだ。
「そうだ、ジークだけというのは不公平だな。エリナとアネット、君たちにも同じ待遇をオファーしよう」
エリナもいい反応だ。それはそうだろう。これて、翻訳にかかる時間を全て勉強に回せる。
だが、アネットは一筋縄では行かないようだ。
「先生、条件が良すぎて逆に怪しいです。なにか隠してませんか?」
だが。それも想定内。
「ばれては仕方ないね。もちろん、条件はある。最低限、大学院の基礎課程までは続けてもらう。大学卒業後、二年間の研究生活だ。
まあ、当たり前だろう。私の研究費をはたいて四年間も勉強させてやるんだ。正直、その間貴君らが最先端研究の大きな助けになるとは期待していない。ただ、その下地は作ってもらう。その上で、その後二年間、頭脳労働力として還元してもらおうというのだ。当然、その間の給与は払うし、1,500パルスに昇給しよう」
この金額は、全体の平均には届かないが、若者の平均は超えており、見返りとしては妥当なラインだ。
案の定、疑っていたアネットも納得しかけている。ここで、もうひとおし。
「もちろん、その後大学院の高等課程まで来てくれるなら大歓迎だ。三年間、給与は2,000パルス払おう」
満面の笑みで伝えてやる。さすがに九年契約は長いと感じたのか、顔が引きつっている。
しかし、これこそ狙い通り。少し無理目な要求を見せたことで、彼らは大学院基礎課程までの六年契約を飲むことになる。
いまは目の前の小銭で喜ぶだろう。それでいい。
うちの大学を出て、まともに官僚でもやれば、月に3,500パルスは貰えるという事を知った時どういう反応になるかまでは、私の関知するところではない。
いずれにせよ、彼らはいままさに契約書にサインしたのだから。
「まあ、その時が見ものではあるな」