血を裏切るもの
「シュルツマン家らがやったことは、大陸にある純血の家系だけで配偶者を優遇しあい、血脈を守るというものだった。
確かにこれは有効だ。そして実際、最初のうちはうまく行っていたのだ。しかしある時、転機が訪れる。
先ほど話した、『血を裏切るもの』の登場だ。さてシュルツマン、この言葉の意味するところはなんだね」
ハンナの問いかけに、エリナは少し戸惑いを見せた後、答えた。
「私たちの一族の定義では、それは血脈を偽り、混血であるにもかかわらず純血の一族と交わり、血脈を破壊するもの、を指します」
「その通り。しかし歴史的に、それは完璧に正しいわけでもない。私の考えでは、最初の裏切り者は、おそらく本当に自分が純血の家系だと信じていたのだ。たぶん、最初の数人はそうだっただろう。事実、現存する純血の家系の多くは、それら最初の数人を真の意味での裏切り者とは思っていない。
真の裏切り者は、その後に現れた。平等・博愛主義者たちだ。彼らは、血脈の違いが差別を生むと声高に叫び、自ら率先して純血の一族に潜入し、裏切り者となって行った」
そう言ったハンナは、「この考え方は魔法工学のそれとは根底から違うものだから、私は嫌いだがね」と小声で付け加えてから、ジークたちに向き直って言葉を続けた。
「とにかく、彼らの目論見は、悲しいかな成功した。度重なる裏切り者の侵入を許した純血の一族は、その数を大陸中で減らしていった。その数は、いまや三十にも満たない。
大陸最高の学び舎たる我が大学においても、その子弟の数は両手の指で数えられるほどだ。そこのシュルツマンを含めてね。
一方で、博愛主義者は全体の一割程度もいる。これで、純血の一族が綿々と受け継いできた戦いが、いかに厳しい局面にあるかわかっただろう」
そこまで聞いて、ジークは居ても立っても居られない気分になった。なにしろ、ジークの家であるコクシャローバ家は、三代前まで純血を保ってきた一族だったからだ。
コクシャローバ家は、どちらかというと排外思想が強い家であったが、何より魔法使いの血脈を守ることを第一に考えてきた。これまでハンナが話したことも、立場の違いや元にする解釈の違いはあれど、一族に伝わる教えと共通点が多かった。
それにだからこそ、ジークはこの大学を望んだのだ。裏切り者の侵入を許したと知った時。祖父は生まれたばかりの非魔法使いであるジークの妹を殺そうとした。そればかりか、一族郎党で自害すべきだと考えた。
だが、同時に祖父は聡明だった。この問題が、全魔法界的にみてものっぴきならない状況に陥っていることを直感的に知っていたのだ。だから、祖父はジークをここへ送った。
一族郎党で自害するのは容易い。だが、それはあまりに短慮。一族の名を汚したことは悔やみきれないが、知をもってその打開策を提示することで、汚名を濯ごうと考えた。そこで若いジークが一族の希望を背負ってここへ来たのだ。
そんな燃えるような決意を秘め、ジークはハンナに問いかけた。
「では!俺たち、いや、私たちには何ができるんですか!」
そして、それに答えるハンナの声は、どこまでも冷静だった。
「それを貴君らが考えるのだ。未解決の課題に挑むことこそ、我が校の門を叩いた、学徒の勤めである。我らは貴君らを導くためにここにいる。しからば、我らと貴君らで、この課題を解決するのだ」
その言葉を聞いた時。ジークは、決意を新たにしていた。
やってやる、一族の希望を、叶えてみせる、と。
その表情を満足げに見詰めたハンナは、最後にこう締めくくった。
「さて、話が長くなった。これで講義を終わろう。だが、その前に。
本学では、一年生から、一人の教官について学ぶ徒弟制度を重んじている。もちろん集合講義もあるが、卒業までの四年間を一人の教官に師事して過ごすのだ。決断までには、三カ月の時が与えられるが、その時までに大いに悩んで、後悔なく決めてほしい。
最初の数週間で、貴君らは多くの教官に会い、それぞれの専門性を知るだろう。私の場合は、先も話した通り、魔法使いの存続へ向けたアプローチの模索であるが、他の教員もそれぞれに興味深く、重要な課題に取り組んでいる。
そこで、貴君らの選択の一助となるよう、私の研究室を紹介し、見学する会を来月に設けようと思う。そこでは、もっと具体的な方向性や、私の研究室への選考基準なども話す予定だ。興味があったら、ぜひ来てくれたまえ。詳細は追って掲示する。以上」
そう言い残して講義室を出て行くハンナを見ながら、ジークはエリナに話しかけて見ようと考え、彼女の方へ顔を向けた。講義の様子から、彼女とは話が合いそうだと思ったのだ。
すると、エリナがちょうどジークの方へと歩いて来たところであった。
「やっぱり、話は合いそうだ」