第3症 にゃんこフィバー! (2/3)
降りそうなのに、最後まで降らなかった空を少し見上げながら、駅までの通学路を少し早歩きで進んでいく。
急いでいるのではない。
現にいつもの、早く帰れる道ではなく少し奥まった道を歩いている。
今日も一日が滞りなく終了した。休み時間以外は変化もないものだが、少し遠回りができる日の帰り道には最近楽しみがあるのだ。
あるお店の前で止まる。
「あぁ……可愛い……‼︎」
思わず口から漏れてしまうほどの楽園がそこにはあった。
ころころと丸い体。ふわふわの毛並み。元気いっぱいな子もおとなしい子も、どの子もとにかく可愛い。
愛らしい顔と、ガラス越しに沢山出会えるそこは、アニマルショップだ。
なんというか、ここの子達は多分素晴らしい血統なんだろうというほど整っていて、お人形みたいな子ばかり揃っている。だからこそ入れ替わりも激しく、いくたびに違う顔ぶれが並んでいる。
犬も猫もどちらも可愛いが、ここは猫が多く、どちらかというと猫が好みである自分には本当に天国だった。
にゃんこ最高。思わずしゃがんでじっくり見てしまう。
指を動かすと追いかけてくる子、ひたすら寝ている子、色々な子がいるがみんな可愛い。可愛い以外の語彙を忘れてしまう。
こういうところでは、年甲斐もなくテンションが上がって頰が緩んでしまうので、誰にも会いたくないが、どうせ会わないだろうと思っていた。ちょっと奥まった通りなので、そんなに本校の学生も通らない。
そもそも友達いないから、心配ないだろうと。
人はこれを、フラグという。
そう思い当たった時には。
「お前……何やってんの?」
もう声をかけられていた。
思わず悪いことをした時のように、ビクッとしてしまった。
いや何も悪くない、うん。
寄り道のうちにも入らないって私は信じてる。
お店入ってないからセーフだし。
表情筋が固まったまま、人形のようにゆっくり首を声の方に向けるとーー案の定例のあいつがいた。
そこにはやたら背の高くてスラリとした手足に、モデルかな? というくらいのイケメン。今日もこだわりの髪型は、ワックスによってカッコよく保たれている。
なんでここにいるの……?
あちらも若干驚いているように見える。そんなに私がここにいるのが、不思議だったのだろうか。
私もあなたがここにいるのが、不思議なんですけど。
「……見ての通りですけど?」
ひどい顔をしていただろうし正直今すぐ逃げ出したいが、今更なので開き直って質問に答えてあげた。
そしてさらに開き直って鑑賞を再開する。
声の主? 知りませんね私は。猫の方が可愛いくて、邪魔者と話すより有意義に過ごせるし。
「なんかさっきめっちゃ笑ってなかったか……?」
「どうですかね」
「すげぇ塩対応……」
うるさい。私が猫見てにやついてようがどうでもいいじゃないか。ほっといてほしい。楽しい気分だったのに台無しだ。もうこんなやつ無視だ無視!
せっかく甘い夢に浸っていたのに、しょっぱい現実見せんなばか!
そう決心してにゃんこを凝視していたら、かわいすぎてまた頰が緩みだした。あわてて戻す。いかんいかん、まだいるんだった。
「猫好きなのか?」
また声をかけられて仕方なくそちらに顔を向ける。……あ、向いちゃったよ、無視するって決めたのに。ほんとに仕方ないな……。
尋ねた彼は悪い顔をしていた。まるで弱みを握ったみたいな。なんだその顔は。
「好きですけどなにか?」
もうヤケだ。だいたい好みがバレるのなんて弱みではないはず……多分……。それこそ「オレんちに猫沢山いるけど来ないか」とか言われない限り、言うこと聞くつもりないし!
「ふーん?」
あーもう何⁉︎ なんでにやついてんの!
不愉快で睨みを効かせたのに、何故か隣にしゃがんで来た。やたら近い。
ていうかここ誰か通ったら、私殺されるのでは? 一応学園の1番人気だったはず……などと困惑していると。
「ま、可愛いよな」
ガラスケースを眺める彼から、共感の言葉が聞こえた。その顔は笑みを浮かべている。
驚きで、目を見開く。さっきよりマシだけど。
「……あんたも可愛いとか、思うことあるんだ?」
「お前オレをなんだと思ってるんだよ」
「いやだって……」
怒られて、言葉に詰まる。
なんか不思議だったのだ。
結構横暴(だと私は思ってる)し、強引なタイプだからというなんというか。
なんとなくバツが悪くて、ガラスケースに目を向けて話を続ける。
「下手したら動物苦手かなと思って……」
「ふーんなんで?」
「動物って思い通りにならないから」
「あーまぁ……ムカつく時もめんどくさい時もあるけどな、近寄って来るとやっぱり可愛いし」
その言い方はどこか引っかかりがある。もしかして。
「何か飼ってるか、飼ってたの?」
「昔犬がいたな。あとばあちゃんちに猫もいたし」
なるほど、それでね。すごく実感篭ってたし。どこか懐かしむ声や、昔というところからは今はいないのだろうと思われた。
犬は躾けられてれば、横暴王子でも言うこと聞いてくれそうだから、まだわかったけど。猫も触れ合う機会があったわけだ。
うらやま……あ、違う脱線した。
「あなたに懐いてたってところ? その感じからすると」
苦手意識がないのは、それを持つ必要がなかったからかなと思った。
「あーめっちゃ懐いてたなー。毛並みが綺麗で撫でるとめっちゃ気持ちよくてさ」
そっと横に視線を移すと、優しそうに猫を見つめる彼がいた。
……不覚にも、少しばかりときめいた気がしないでもない。
私も乙女だったのか……。イケメンすごい。
いや、イケメンと猫のツーショットがすごい。
だめだ他のこと考えよう。ていうかおばあちゃんちでねこちゃん撫で放題とかうらや……は! ダメだ羨ましがってる場合じゃない。それこそまた脱線する。
「お前は?」
うわびっくりした! 急にこっち向かないでほしい。そのちょっと優しそうな顔で見られるのは、とても心臓に悪い。
「な、何が?」
おかげで返答が、若干裏返ってしまった。
顔だけは一丁前に、警戒心剥き出しだが。
「なんか飼ったことあるか?」
「あー……うちは弟がアレルギーだから」
「弟いんのか」
「意外?」
何故この距離で、しかも話す内容がこれなのか。
目を背けながら、どうでも良さそうに話す。ポーズだけ。いやだって、なんかカッコ悪いし。
「いやまぁなんか下いそうだなとは思ったけど、妹かなと思ってた」
「え、いそうに見えたの?」
どうしてだろう。だいたい動物は苦手そうに見られるし、下はいなさそうだと言われる時もあるのに。だから動物好きなことも、いつも少し悪いことのような気がしてしまうのに。
そのせいで、逸らしていた視線はすぐに彼の元へ戻ってしまった。……思いの外、その表情は普通だった。




