第3症 にゃんこフィバー! (1/3)
キャラクター紹介
根本 梗子
本作の主人公。暗くてわりとドライ。
高校デビュー失敗でぼっちライフを送っていたが、何故か学園の王子様に目をつけられてしまった。
好きなものは…
イメージはお伽話でいうなら黒魔女、動物でいうなら黒猫。
桜路 隆貴
通称、鳳鳴学園の王子様。見た目はちょいチャライケメン。
わりと強引なタイプ。女子に王子様争奪戦を勃発させるべく、梗子にちょっかいを出したがなかったことにされた。
好きなことはちやほやされること。最近一部まわりが冷たくて不満である。
イメージはお伽話でいうなら王子様、動物でいうならライオン。
勝貫 明聡
隆貴の一番の友達。見た目は爽やか系イケメン。中身は腹黒、とは隆貴談。梗子には心の中で従者だの側近だの言われている。
優しい性格だが、隆貴に対しては容赦がない。同じく容赦がない梗子を、面白いと思って興味を持っている。
好きなことは人を弄ること。今は隆貴のみに適応されるが、たまにその片鱗が覗ける。
イメージはお伽話でいうなら騎士や従者、動物でいうなら狸。
その日、根本梗子は苦悩していた。
今日は珍しく天気が悪い。空はどんよりとしていて、ワイシャツが肌に張り付くような感じがする。
少し強い風と思わず吸い込んだ空気に、少しばかりあの独特の匂いを感じた。完全に雨の気配である。
そうか、今までは運が良かったんだな……と思いながら。まだ降ってはいないのでいつもお昼を陣取る、入口の後ろ、左手奥側の席を目指した。
この高校に入ってまだ1ヶ月だが、幸運なことにお昼に雨に降られたことはなかった。だから油断していた。そしてぼんやり考える。
「雨の日どこで食べよう……」
こんな時ばかりは自分がぼっちなことを辛いなーと思ってしまう。普通に考えて教室で食べればいい。でも居場所がない。トイレは……ううん、あんまり個室を長時間独占するのは気が引ける。
うんうん唸らながらも箸を進めていたら。
「げ。お前マジでこんな日までなんでここにいんだよ……」
背後から声をかけられて、驚いてそちらを向くと。
もはや恒例になりつつある、学園の王子様がいらっしゃった。
鳳鳴学園の王子様こと桜路隆貴は頭脳明晰、文武両道、それに加えて容姿端麗という、噂ではなかなかハイスペックな人物だ。
さらに周りを引き込む(引っ張り回す)力に長けていた。そんなことから、その名前と周りを牽引する力(私にとってはただ横暴なだけだが)も合わさって、入学以来ゴージャスな通称が付いている訳だ。
こんなに口が悪いのに。世の中現金だ。
しかし。ぼっちの女子にちょっかいを出すことで餌にし女子を釣ろうとする、なかなか残念な思考の持ち主であることを知っている私には、なんのときめきもない。
……ぼっちの女子は言わずもがな私のことだ。
おまけに彼がここにいるのは、プライドのために私を落とすとかいう、なかなかにウィットに富んだジョークの為なので。
私の中で、彼はただの残念な人だった。
まぁ悪い人ってほどでもないから、1番困るんだけどね。
「なんでいるの? 多分雨降るから戻ったほうがいいと思うけど」
「それオレのセリフな?」
そう言ってナチュラルに向かいの席に座る。
最初こそ色々言ったが、その強引さにもはや根負けしてこの風景が日常化していた。彼はやると言ったらやる男らしい、良くも悪くも……いやまだ悪い方しか知らないのだが。
まぁそれにしても、ここにわざわざ来たのは少しだとしても、私を気に掛けたということなのだろう。そういう、些細だからこそ何も言わないということも、分かってしまうからたちが悪い。
流石は王子様ですわー……。
彼の失礼な告白からまだ1ヶ月くらいだというのに、あまり彼を憎めなくなってきていた。割と前から。根っからの悪ではないのだ。
まぁ、悪にも正義はあるって聞いたことあるし。
物事というのは捉え方次第だ。
しかも彼はそれにつけても、絆す能力に長けている。……これが王の器か! ていうか全てイケメンに限れば許されそうだよね、私じゃなくても。
これだからイケメンは、と悔しいのでイケメンのせいにしておくとして。
「食べたら帰るかもしれない」
「いーや嘘だろそれ! 大体、1人の時も休み時間外にいるだろ!」
お弁当箱を見つめながらそう言えば、そう吠えられる。何故か怒られているような気分になったが、咎められることは何もしてないと思う。
「あとまだ降ってないし」
「お前降りそうなのになんできたって言ったじゃん⁉︎」
「なんで来た、とは言ってない」
「うぜぇぇぇ」
そう言って彼はテーブルに伏せた。座るのかよ。
私も最初は気を遣った気がするが、ここ最近彼の友人で従者様の勝貫明聡と3人でお昼に交流することも増え、もう忘れてしまった。
従者様は王子様を、それはもういじり倒すのだ。
コントのようで面白いが、なんで彼までお昼に来るのかは、私は今だに謎だ。
どうも私にやり込められてる、王子様を見るのが好きらしいけど。そう考えるとなかなかに黒い気もする。
まぁでもそれにしたって。
今の返しは可愛げがなかったと、自分でも思った。
一応心配して来てくれたのだろうに。
「……じゃがるこ食べる?」
そう言って、少し気まずさを紛らわすためというのか、お弁当入れに一緒に入れていたお菓子を出してみた。
じゃがるこはジャガイモを揚げたスティック状のスナック菓子だ。味も豊富だし人気もある。女優さんが「じゃがるこ食べる子?」と言うと「はーい!」と子供達が寄っていくCMは有名で、しかも美味しい。
あまりスナックを食べる方ではない私も、じゃがるこは好きだ。
「そこは食べる子だろ!」
「言わないよ! 恥ずかしい……」
理不尽にキレられたので、眉を寄せて反論する。若干頬が熱いのは、羞恥のためだが気付かれまいと、とりあえず怒り顔になっておく。
これだからリア充は!
そんな風にノれる人間なら、今頃ぼっちはやってないと思う。不覚にも感情的になってしまった。いかんいかん落ち着かなくては。
王子サマは、しばらく不思議そうにこちらを見ていたが、やがて「でもさっき飯食ったばっかなんだよなぁ」と呟いた。
何も食べずに頬杖を付いていたので、そんな気はしていたけど。
「お前食うの?」
「あなたが食べるならね」
「なんだそりゃ」
「だって、1人じゃ食べきれないし」
そこまでお菓子自体は大きくないが、今私は絶賛ランチタイム中だった。
「それに、1人だとお菓子食べれないんだよね」
「?」
意味わかんねぇという顔をされた。彼は顔に全部出してくれるから、そういう意味では楽だ。
「んー、なんていうか、抵抗感があるというか罪悪感があるというか」
「はぁ? なんだそりゃ。菓子なんかあったら食うだろ」
本日何回目かの、理解できないという顔をされる。言わんとしていることは分かるし、それはまぁ正しいと思う。
「多分、ずっと誰かとお菓子食べてたせいだと思うんだけど、1人だとなんか我慢しちゃうんだよね」
「はー、そういうもんか?」
「うん。それに、一緒に食べた方が楽しいというか、嬉しいというか、美味しいというか?」
「???」
あからさまに、彼の頭上にクエスチョンマークが見える。まぁ私個人の感覚的なものだから、理解し難いかな。
「……よくわかんねぇけど、とりあえず食う」
微妙な顔をしながらも、一本食べると続けて口へ運んでいった。その様子を見て思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
「なんだよ?」
と怪訝そうな顔で聞かれたので
「なんでもない」
とだけ答えて、お昼を食べ終わった私もお菓子に手をつけた。
やっぱり、1人で食べるより誰かと食べる方が美味しいよなぁとーー何だかんだ言っていたのに手の止まらない彼を見ながら、思った。
****
5限目が終わりのチャイムを迎えた。一日の最後に数学を持ってくるという、文系にとっては鬼畜な1日が終わりに差し掛かっていた。今にも降りだしそうな気配をずっと漂わせながらも、校舎を叩く音もせず、窓にはまだ水滴は見えなかった。
少しばかり憂いを帯びた表情で窓を見ている彼へ、ピンクの視線が送られていたが、いつものことなので気にしていない。
「隆貴が悩み事なんて、雹でも降りそうだね」
そういって近づいてきたのは、いつものあいつだ。
「別に悩んでないけど」
「じゃあなに考えてたの?」
「あんまり外、見ないのにそれこそ珍しいね」と言われたけど、雨が降りそうなら誰だって見るだろ、外。
まぁでもそれに紐付いて、もうひとつ考えていたことがあるのも事実だった。外の天気に釣られたのか、上がらないテンションのまま話す。
「普段ならもう終わってるのに、まだ終わんねぇんだよなぁ」
「ん? ゲームの攻略のこと?」
間違ってはいない。あれもゲームと言えばゲームだ。
ただこいつの言ってるのは流行りのモンバ(モンスターバスター)のことだろうな、と思ったが別に訂正はしない。
「思ったように進まないっていうか、手応えがないっていうか。」
いや、悪くはないと思う。最初ほど嫌われてないと……思うが。あの接触の仕方からにしては、最初から壁がなかった。だからあまり変わらないように思える。
とくにあいつ、表情にあんまでないんだよなぁ……。
とは思いつつも、さっきみたいに笑うことはあまりなかったのだから進んではいる。というか、ちゃんと笑ったのを見たのはあれが初めてかもしれない。微笑み程度だったけど。
いつも見るのは無表情か、怒っている顔くらいだ。
「よくわかんないけど、毎回同じことを同じ時間にやってるのがいけないんじゃないの?」
「クエストをか?」
「そうだね。ほら、違う時間にやると同じようなことでも、発生するイベントって違ったりするのもあるらしいし」
見当違いなのに、まぁまぁな返しをしてくる。
モンバの話だ。確かにそういうのもあった。
同じ人物に話しかけるのに、時間によってクエストか違ったり、その人物との特殊イベントが発生したりするのだ。
今の自分に置き換えるなら、違う時間……昼休み以外に話しかけるってことか?
そういえば昼休みしか話してないな、と思い至ったところで。
「この後とかいいんじゃない? 一緒に帰ったら?」
一緒に帰ろうではなく、帰ったら?
まさか……。
「お前……」
最初からモンバのこと話してなかったろ⁉︎
気付いて放心から戻り、キッと睨みつければ。
「あ、先生来ちゃったから戻るね」
そういって明聡はにやりと笑ってから席に戻った。
この食えない狸め……最初からオレの姿を見て楽しんでいたに違いない。だけどまぁ、参考にはなる意見だったから聞いてやろう。
今回は仕方なく誠に不本意だかーーこれをアドバイスと受け止めて、実行に移すことにした。
このHRが終わるまでに、どうするか考えよう。まぁ珍しく、いい事言ったし。
そんな風に考えて、先生の話と周りの女子の「流石明聡くん、一瞬で王子の愁いを祓うなんて」「憂いのある姿もいいけどね」という、ざわめきが耳を素通りしていくうちに、HRは終わりを告げた。