第2症 イケメンはゲシュタルト崩壊した。(2/2)
ガラッとクラスの扉を開けると、視線を一斉に浴びた。
「あ、桜路! どこいってんだよ?」
「あー隆貴くーん!」
クラスメイト達が声をかけてくる。
けどもう時間もねぇし、ちょっと話して別れる。
窓側から数えて2列目の後ろの方ーー自分の席になぜか座ってるやつがいた。
「あ、おかえり隆貴。今日も振られたの?」
嬉しそうにそんなことを話しかけてくるやつ――勝貫明聡がそこにいた。
「振られてねーよ! つかそんな毎日言うかよアホか!」
ほんっとこいつは見た目だけやたら爽やかそうなのに、真っ黒な狸ヤローだ。いい性格してる。
それに、フラれたんじゃない。
なかった事にされんだ。
だからまだフラれてねぇんだよ……個人的にはその方がショックだ。認めてももらってねぇってことだし。
つかこいつには言ったら絶対おちょくられるから、いわねぇけどな!
明聡は「それは残念」と言いながら、全然残念そうでもなく立ち上がった。何が残念だよ。ほんとイライラ加減はあいつといい勝負だ。
「あ、そだ明聡、今日暇か?」
忘れないうちに言っとかないとな、とさっきの話を思い出して振った。善は急げだ。あと装備揃えるにしても早い方がいい。
「ん? 別に予定はないかな」
「じゃ、放課後帰ったあとうち来い」
何か言いたげだったが、もう授業も始まるので「まぁいいや、あとでね」とだけ言うと廊下側の席に戻っていった。
これでうまくいったら、マジであいつを褒めてもいいな。……てかねみー。
窓側の席は日差しが丁度よくて、飯を食べたあとということもあって昼寝に最適すぎた。これはもう寝るしかない。
授業? そんなもの知るか。
隣の席のやつが何か言いたげに見てきた気がしたが、すぐに気にならなくなるくらいの眠りについた。
****
「だから言ったろ⁉︎ めっちゃ面白いって!!!」
「……すごい癪だけどまぁ面白かったよ」
朝からうるさい。テンション高すぎる……。
下駄箱で生徒たちが遠巻きに注目している方、先程声のした方向へ目をやると、学園のおーじサマとその従者くんがいた。
私たち1ーAと1ーBは普通のクラスとは違う、通称隔離クラス(別棟)なので下駄箱と出入口も別だ。
だから本来こんなに生徒がいるはずないのだが、きゃっきゃやってる周りを見るにまぁ理由は明らかだった。
そういえば従者くんも、人気あるんだったな。
人気者1人でも大変なのに、2倍効果は言うまでもない。さすが人気者、こわい。今行くといろんな意味で怖すぎる。
仕方がないので2人が去るまで、群衆に紛れていることにした。
しかしそれは同時に、申し訳ないが彼らの話を盗み聞きすることになった。
「でもまさかあのまま、買いに行ったうえに泊まることになるとはね……」
「だってお前、弱いんだから早く強くしねーとだし」
話的に、昨日の彼の相談内容の事のようだった。
まさかそんなすぐ実践するとは思わなかったが、まぁ上手くいったならなによりである。
「ほら早く行こうよ、朝のテスト前までやるんでしょ」
「やりたいのどっちだよ」
「どっちもでしょ」
従者くんがにやりと笑うと、満更でもなさそうにあいつも笑った。そして笑い合いながら、廊下へ消えて行くのを眺めていた。
なんか、従者くんあんな笑い方するんだな、意外。
あとあいつも、なんていうか、ほんと楽しそうに笑うなぁ……ただあの話の流れだとゲーム持ち込んでません? ……聞かなかったことにしよう。うん。
多少手助けになれたようだし、まぁ見た目だけは目の保養になるものも見られたので、ワタシ素直に良かったと、自然と頰が緩むのを感じた。
****
「つーわけで明聡も連れてきた」
「何がつーわけでなのかわからない……」
昼休み、いつもの場所でお昼を食べていたら、あろう事か王子サマ御一行がいらっしゃった。
昨日来たから、例に習えば今日は来ないはずなのに。
しかも従者くんがいる。人が少ないって言ってもいないわけじゃないし、注目を集めるには充分だった。頭を抱える事案発生である。
「こんにちは、根本さん。話すの初めてだね?」
にこやかに従者様が話しかけてきた。うっ眩しい!
何故か爽やかな風が吹くような、おーじとは違うタイプのイケメンだった。君付けで心の中で呼んでたことが、恐ろしくなるほど。恐れ多いことをした気分です。
「えっと……どうもこんにちは、勝貫さん?」
「かたいかたい。明聡でいいよ」
「それは無理なので勝貫君と呼ばせてくださいごめんなさい」
一息で言い切った。あーダメだ。緊張してくる。
人見知り、発動!
効果は初対面または慣れてない人に対して、挙動不審と大混乱を起こす! って感じ。
恥ずかしすぎてゆでダコになりそう。え? 冷静そうだって? 感情と考えって反比例するときあるよね。
そんなパニック状態でいたら。
「え、お前オレの時と態度違くね?」
少し驚いているリトルキングが話しかけてきた。リトルキングっていうと、経験値の高いザコモンスターっぽいね。従者く……勝貫君に斬られそう。
ザコモンスターだと思えば、落ち着いていつもの調子に戻る。
「それはそうでしょう、なに言ってんの」
「いやいや、オレのことももうちょっと敬ってもいいぜ⁉︎」
「どこを?」
「全部だろ」
「ちょっと言ってることがわからない」
「ひでぇ!」
間の抜けたやり取りで、少し気が楽になった。
そんな会話をしていたら、くっくっく、と笑い声が聞こえた。勝貫君がめっちゃうけていた。
「ふ……それが素なんだ?」
私に向かって言っているのだと気付いて、恥ずかしくなる。恐らく今私の赤さは赤リンゴ選手権で優勝レベルね。そもそもリンゴじゃないんだけどね!
「根本さん面白いね」
「お、おま……大丈夫か? めっちゃ赤いぞ」
うるさい黙れ。それは私が1番わかってる!
勝貫君もそんな笑わなくてもいいと思う……。
盛大な溜息をつきながら、テーブルに突っ伏した。すごく避難訓練がしたい気分です。あぁでもおかしものうち2つが守れないね。全力で駆け出すし、教室に戻るわ。
「大丈夫じゃないけど大丈夫……。それで御用件はなんでしょうか……」
一応返事をしつつ、顔は半分突っ伏したまま2人に尋ねた。
「用件というか……」
そう言いかけて、勝貫君は王子サマと顔を見合わせた。
王子サマが目配せしたのでそのまま話し続ける。
「俺もご飯仲間に入れてもらおっかなって」
「⁉︎」
声に出せない声を出してしまった。
「えっと……私の言語理解能力が追いついているのだとしたら、ご飯を食べにくるって聞こえた気が……」
「あはは、それであってるよ」
そう笑って肯定される。
あってて欲しくなかったんですが。
「オレが話したらなんか一緒に食べたいって言い出したから、いいだろ?」
「なぜ許可取る前にいいことになってるのか分からないし、そもそもなにを話したんでしょうか? あと別にごはん一緒に食べてないでしょいい加減にして?」
にっこり笑って、言ってあげる。
圧力? ナンノハナシカナ?
なんだか不服そうな顔をしながら、彼が口を開く。そんな顔しててもイケメンとか、ほんと勘弁してほしい。私は多分、ものすごーくアレな顔なのにズルい。
「別に昨日こいつと話してたら、なんで誘ったのかって聞かれたから全部答えただけだろ」
「……。」
また主語がないぞおい。どうせゲームの話でしょうけども!
ということで、またまたとってもいい笑顔を向けてあげた。
「なんで怒ったんだよ、別に悪いこと話したわけじゃないだろ⁉︎」
そうだけど!
あんたと違って慎み深い私は!
隠しておきたかったんだよ‼︎
「あーごめんね? 隆貴があまりにらしくない手腕で俺を巻き込んだから、なんかあったのかなーって思って」
勝貫君は、申し訳なさそうに謝ってくれる。
いえいえ、それは気になりますよね。誘い方違ったら。迂闊でしたもうアドバイスしません。……けど。
「あ、勝貫君に怒ったわけではないから……」
「そっか、よかった」
訂正すれば、またにっこりしてくれた。なんでこちらが王子様じゃないのか不思議ですね。みんな目が腐ってるのでは?
そしてまた、「なんで態度違うんだよ……」とか呟いてる人を横目に、彼は話を続けた。
「それで話聞いてて、根本さんに興味が出たから混ぜてもらおうかなーって」
「本心は?」
あやしい。あやしすぎる。
だから間髪入れず聞き返した。
すると少し目を見開いたあとに、苦笑して彼は続けた。
「それも本心なんだけど……隆貴がやり込められるとこなんて、滅多に見られないから見物に?」
あ、納得しました。
「確かに他だと、権力振りかざしてる横暴政治の王子様ですもんね」
「ねー」
どうやらいい人な彼は、頷いて私の意見に賛同してくれる。そこに、王子は噛み付いた。
「おいこらお前らオレの事どんな風に見てやがる」
「いやいや、毎回振り回されるこちらとしては、なかなか大変なんだからね。尻拭いとか」
「んな失敗してねぇだろ!」
「ははは」
「笑うな!」
王子サマも臣下にいいようにあしらわれてるのね。意外だなー。
そんなことを思いながら、ご飯をもぐもぐした。
2人が食べてないのに、若干失礼な気もするが仕方ないのだ。思わぬ襲撃を受けたせいで全然箸は進まないのに、時間だけは平等に過ぎていくのだから。
あれ? というか――。
「2人ともお昼は?」
「前の休みに食った」
「体育ある日だと、お腹空いちゃうんだよね」
なるほど。それは食べない訳だ。じゃあやっぱり私はご飯を今食べてるのは失礼ではないな。
考えるのも面倒だし、目の前のお弁当に集中することにした。
2人はまだわーわーやっていた。イケメンってなんだっけな。2人とも話すとイメージが少し違うというか……当たり前だけど、普通に人間なんだなと思った。
彼らは別に物語の中の登場人物じゃない。
そして、別に芸能人でもない。
ただのクラスメイトだ。
ふと、もしかしたら勝貫君は、王子サマがいなくて寂しかったりしたのかもしれないと思った。
いや分かんないけど。というかそれなら引き取って欲しい……。けどこの様子だと多分、王子サマがここに来る理由も知ってるんだよね。その上で止めてないんだろう。
そして話が流れてるけど、もうお昼に来るの決定なんだろうか。そうなると話は別なんだけど……。
しかし見渡しても、私に友達などいないのだ。
味方がいない……。
残念な事実に気付きつつ、意図せぬ方向でさらに賑やかになるであろう今後のお昼に、平穏ぼっちライフ終了の予感を覚えたのだった。