第1症 青春は限られた者の為にある。(2/2)
そんな騒動があった翌日のお昼休み、私は昨日と同じ場所でお弁当を開こうとしていた。
この学校は屋上だけは素晴らしく凝っていて、テラスのようになっている。
しかしこちらの屋上に来るのは、通称隔離クラスと呼ばれる、何故か他クラスと校舎さえ違う我がクラスともうひとクラスのみだ。
校舎が遠いと足が遠のくというのは当たり前のこと。時間は有限だからね。
ぼっちでもなければ、みんな教室でご飯だよちくしょう!
だからこそ、豪華な割には人が少なかった。個人的には助かるのだけれど。
蓋に手をかけて気づいた。何か暗い。
パラソルなんてあったっけ。
「おい」
見上げれば件の主がいた。なんだか怖い顔をしている。
「えーと、御機嫌よう桜路君?」
ちょっと驚いて、そんなキャラでもないのにお嬢様口調になってしまった。
ていうか昨日の今日で、なんでここにいるんだろう。
「なんでここにいるか? そりゃ認めさせるためだろ」
ふん、と鼻を鳴らしてどかっと向かいに座った。
え、座るんだ。あとなんで心の声聞こえてるの。
流石に何を、とは聞かなくても分かるのけれども
「昨日の聞こえてなかったかしら? 私は何も、聞いていないのだけれど」
少し澄まして、冷静に、余裕があるように振る舞う。実際は、なんか久々の人との会話すぎて震えそうだ。
でも人付き合いというのは、舐められたら終わりだと思っている。そういうところで人の態度は変わるものだ。
失礼のないように。
余裕のある毅然とした対応がとれることが理想だ。
ま、昨日のはノーカン。あれは勢いだけだからね……。というかやっぱり、最後無視しちゃったのとか失礼だっただろうか。
そんなことを内心思いながらポーカーフェイスで涼しく、相手の目を見る。
こういうのは先に目を逸らしたほうが負けだと思っている。目つきがきつい自信はあるので、普段ならガン見すれば相手が折れる。
しかし彼はなかなか負けてくれなかった。人見知りには苦行なので、早く逸らしてはくれまいか。
「何が不満なんだよ、別に損なくね?」
「恋愛って損得勘定じゃないと思うけど?」
「ロマンチストかよ……」
「単に面倒だと思うだけ。好きなら別なんだろうけど」
いろいろ言ってみるが、いまいち共感を得られないようだ。
まぁ考え方が違う人間はどうしたっているから、仕方がないのかもしれない。私も彼の昨日の行動に共感とかできないし。
「いやなんつーか、恋愛ってステータス的なとこもあるじゃん?」
「はぁ」
思わず気の抜けた相槌になってしまった。
「俺と付き合えば、それだけお前の株も上がると思うけど?」
悪くはないだろう? と言いたげだ。
まぁわかる。どこに行ったとしてもここが学校である以上、くだらないがスクールカーストが存在する。
彼と付き合えば別れるにしても、スクールカーストが上がるというのは、学校で過ごす上で、過ごしやすい環境が整うことでもある、かもしれない。
しかし。
「それ気にするくらいなら私は友達作ってるわね」
お弁当を一口食べた。うん美味しい。
1人に慣れている私には関係なかった。その考えで言うなら、私は今ほぼ底辺なのだから。
「ランクだとかステータスだとか気にするなんて、それがないと、まるで自分に魅力がないみたいだと思うけど」
喜んで、彼を飾る宝石になる事を選ぶ人もいるのかもしれないし、それは否定しないが。私自身はあまり賛同はできない。
住む世界が違うんだろうな、と思うだけだ。
「……。」
あ、やばい。怒らせたかな。すごい真顔だ。
はぁ、昔っから思ったこと言っちゃうからな……。多少中学より後悔を重ねて成長したと思っていたが、人はなかなか変わらないなぁ。
「あー……なんていうか、勿体無いなと思っただけね。個人的に。別に必要ないくらい人気ありそうだし……」
露骨なまでのフォローだと自分でも思う。でも嘘は言ってない。
「……当たり前だろ」
「ん?」
表情を変えずに、けれど視線は左側に流しながら、ぼそりと彼が言った。
「オレ様は魅力が有り余ってる。けどその上を求めるのは当然だろ。」
うん? オレ様と来たかー。なかなかキャラが濃いなぁ。
イケメンだからなんか許される気がしてしまう。すごいなイケメン。傲慢なイケメンキャラ、漫画にいそう。まぁある意味、向上心があるとも言えるのかな。
私が現状維持の保守派なら、彼は頂を極める革新派というか。
残念ながら正反対すぎて共感できないが、その向上心はすごいなぁと思う。私なら頑張らない。
「当然かはわからないけれど、ある意味尊敬に値するとは思う。だけど、私は共感できないのでお断りします」
せっかく蓋開けたのに、失礼かなと思って結局進まないごはんを視界の端に、きっぱり断る。
「――あぁめんどくせぇ‼︎ 結局お前はどうしたら付き合うんだよ‼︎」
だからさっきから言っている。
「好きになったら、でしょ。ありえないけど」
私はあんな風に怒るわけいかないので、今度はハンバーグを口に運んで気分を紛らわした。もういっそ彼の口にも突っ込んでやろうか。糖分足りてないのかもしれない。あ。糖分だとハンバーグじゃだめだけど。
彼の要望は彼の要望でしかない。
私が彼に合わせる義理はないのだ。
だからいつまで経っても議論は平行線で、結論は変わらない。
「じゃあお前を惚れさせてやる‼︎」
「……は?」
一瞬、なにを言われたのか分からなさすぎて、時が止まった。
「そしたらお前付き合うんだろ⁉︎」
「いや極論はそうだけども」
何故そうなった!
「それは無理だと思うというか」
「無理じゃねぇ‼︎」
あ、だめだ、これダメなやつだ! 話聞いてない!
「待って落ち着こう! そもそもモテればいいなら、私じゃなくていいということに気付こう⁉︎」
「それは知ってる‼︎」
「さすが賢い我が校の王子様‼︎ じゃあ今行おうとしていることが、どれだけ非効率的で非生産的かもわかるじゃん⁉︎」
「だけどプライドが許さねぇ‼︎」
そんなプライド捨ててくれ!
眉を顰めて怒ってもイケメンな王子様は、頭がいいはずなのに考えが悪い。全然話聞いてくれないぞ⁉︎
「変わらないものを変えようとするほど不毛なことはないと思う!」
「うっせぇ! やってみなきゃわかんねぇだろ!」
「いやないない‼︎」
私の必死の訴えは、乱暴にテーブルをバンッと叩かれ凄まれて終わる。
お願いだから巻き込まないでほしいんですよね!
「ぜってー落としてやるから覚悟しろよな‼︎」
こちらに指を差し啖呵を切ると、彼はガタンと席を立って階段へズンズン進み、消えていった。嵐か。
私はただ呆然とその姿を見つめていた……えぇ……何が起きたの……ていうか一応、あれちゃんとした意味では私史上初告白か⁉︎
思い出すとだんだんなんとも言えない、こそばゆさがこみ上げて来たがーー気づいた。
いや、違う! あれは宣戦布告だ!
あの時はああいったが、私とて女子だ。
ころっとイケメンに惚れてしまう可能性は、残念なことに否定できないと思う。
だけど惚れたら最後、彼の言う変な策に嵌まったというだけでなく、それを肯定することになるんじゃないだろうか。
なんかそれは嫌だ。否定はしないが肯定はしたくなかった。女の子を弄ぼうとしたくず人間だし。
しかも! 策に嵌まってしまっても捨てられるしかないなんて、地獄しかないじゃないか!! 負けたらドヤ顔でほらな、みたいにするに決まっているし! それは絶対にムカつく!
それになんか、青春みたいじゃない⁉︎
そういうの私にはいらないんだよ! グッバイ青春してきたんだよ! めんどくさくなく生きるが今後の私の座右の銘なんだから!
「これは……絶対に負けられない……!」
落ちるわけないけど絶対に負けられない。
落ちるわけ、ないけど!!
活力をつけようとお弁当を掻き込む。
あいつのせいで時間もない。私のお昼を邪魔したのだ。食べ物の恨みは根深い事を知ってもらおうじゃないか。
昼休み終了5分前、私の平穏ぼっちライフが手をふっているような気がした。