第1症 青春は限られた者の為にある。(1/2)
うららかな春の日差し。桃色の花弁を穏やかな風が運ぶ。窓際の席ならば実にお昼寝日和だ。
しかしそんな事を考えるのは私くらいだろうという程には、教室内は話し声で溢れかえっている。
彼らの間で咲くのは桜ではなく、友達との会話だ。
そんな相手などいない私はなんとなく、昼休みには確実に快眠を貪れそうにない1番廊下ドア側の後ろの席から、気分と正反対の青空と先日入学したばかりだというのに、もうグループの出来上がっているクラスメイトの談笑する姿を眺めていた。
幼い頃の私は物語や漫画が好きだった。
だから漠然と、そして当然のように思っていた。
高校生になったら、カッコいい彼氏ができて。
優しい友達も沢山できて。
勉強は大変かもしれないけど。
ハッピーライフを満喫するのだと。
そんな幻想は中学生あたりから影を落としだし。
そして今、現実をつきつける。
私には無理ゲーでした。既に詰んでる。
中学で失敗していた私としては、薔薇色の高校生活に淡い期待をしたところもあったのだけれど……実際問題、人生とはそんな甘くはないのであった。
そりゃそうだ。
環境変わっても、私が変わったわけじゃない。
ここにいるのは紛れもなく、変わらぬ私。
誰も私を知らない学校を選べば、環境が変われば、変われると勝手に期待していた。
人見知りな上にツリ目で人を寄せ付けない、かつて黒魔女と呼ばれた私自身は、残念ながら生まれ変わったりしてなかった。
中学での出来事は、まだ昨日のことのように思い出せる。
自分の接し方に非があるのも、身に染みて分かっていたが、それでも正直、あの時は社交的に人付き合いをするには人間は怖すぎた。
けれどこのままいることが良いことではないなんて、私にだって分かってたのだ。
だから、すべてを変えようと思ったんだけど。
まるで自分までもが変われたかのような思い上がりを起こしていたことが恥ずかしい。穴があったら入りたいが、今まさに墓穴だった。
そんな訳で平々凡々少女な私、根本梗子は高校デビューを早々に諦め、1人で生きていく決心をし、本日のお昼を持って教室を後にした。
グッバイ青春。
天気がいいし、幸いまだ花粉症ではないことをいいことに、ピクニック気分でお昼を食べに屋上でも行こうか、と思案し廊下を歩き出したところで
「おい」
誰かの声がした。
まぁぼっち族の私には関係ないのでスルーする。
「おいってば!」
誰だかわからないけど、可哀想だから早く気づいてあげてほしいなぁ。
「根本ってば!」
ガッと肩を掴まれて、少し後ろへ引っ張られた。
驚いて視線をあげると、さらに驚いたことに。
「――え」
思わず変な声が出るほど意外な人――この世でクラスメイトだという他に、人生で何も接点が生まれないであろう人物。
鳳明学園の王子様こと、桜路隆貴が立っていた。
私は思い出す。高校生活の初日を。
まだ高校生活への淡い期待と、知らない人しかいないという不安感を持って臨んだ登校初日の入学式。
一応表面上は真面目にしようとしているものの、長い諸先生方や来賓の方々の口上は、もはや子守唄でしかなく。隙あらば瞼が営業終了を決め込み、そのシャッターを降ろそうとしていた頃。
空気が変わるのを感じた。
入学生代表で呼ばれた彼を見た時、世の中ほんと不公平だなぁと感じたのを、はっきりと思い出せる。
ここはライブ会場かというような、目覚まし時計よりも激しい女子生徒たちの黄色い歓声。
もはや誰か倒れるんじゃないかというかの熱い桃色の空気。桃って言うか炎です。
いきなりまわりが燃え盛る炎へと変化し、その場に放り投げられた私はイガのついた栗のごとく、弾きだされた気分だ。
本校の女子生徒は、もれなくハートマークが付いていたと断言できる。見なくても分かる。目が悪くてぼやっとしか見えなくても分かる。
高身長で圧倒的なイケメンオーラを放っていたのが彼ーー桜路隆貴であった。流石に目が覚めた。
代表ってことは頭もいいのだろう、髪が茶髪っぽいしワックス使ってそうで、割とチャラそうな見た目だけれど。
というか、この学校は学年主席が挨拶だった気がするので、つまり彼は少なくとも、素晴らしいルックスと頭脳をお持ちなのだ。
いやいやチートかな?
レベルが違いすぎてもはや嫉妬など、起こす気も起きない。当然、入学式が終わった後は彼の話で持ちきりだった。
ていうかいつのまに仲良くなったんでしょうか皆さん。
まだ教室に荷物置いて、講堂で入学式を終えただけですよね。
押し流されるように教室に漂流してから、彼が私と同じ1年A組だと知った時は、芸能人が同じクラスにいるみたいな気分で少しそわそわしたものだ。
その端正なルックスとちょっと生意気そうな雰囲気、名前も相まって。
ついたあだ名は"王子様"。
まぁぼっちの私には関係ないんだけど。
めっちゃどうでもいいんだけど。
そのぼっちにも知られるくらいの中心人物ってことね。ぼっちに情報くれる人なんていないのにってことだよ! ……今自分で自分にとどめ刺したな。
それからというもの、クラスの中心で休み時間には、いろんな人に囲まれている彼が目の端に映りつつ。特に接点もなく平穏に過ごしていた。
流石に最近は、本校のクラスメイト以外の女子生徒が、クラスに押しかけてくるのが少し落ち着いた。
本日は入学式から二週間目である。
最初に思ったのは。
この人私の名前覚えてるんだすごいな、だ。
正直私、クラスメイトの名前ほぼ覚えてないからね。
そして言うべきことはそうじゃないな、と気を取り直して。石像のごとく彼の顔をガン見したまま、固まっていた体に力を入れ直して口を開いた。
「桜路君、何かあったの?」
特に入学してから問題は起こしてないはずだが、考えられるとしたらひとつしかない。
先生からの呼び出しだ。
お使いだろうか。面倒くさくないといいけど。
若干イケメンオーラに当てられつつも、先生からの呼び出しに怯える生徒オーラが出すぎないように、普通にしようとしていたところ……予期せぬ質問が降ってきた。
「……なぁお前、彼氏いるか?」
失敬な。彼氏いるだけのコミュ力あったらぼっちじゃないわ。
そう思いつつも、失礼に当たらない程度の愛想笑いで返す。
「いないけど? なんだそれだけ? もういいかな」
だんだん廊下も人が多くなってくる。
学園の王子様なんかと喋ってると、好奇の視線が痛すぎるし、お腹空いてるし、席無くなっちゃうし早く移動したい。
ぶっきらぼうすぎたかなと思ったが、もうほぼ関わらないのだどうでもいい。
私は花より団子タイプだ。イケメンで腹は膨れぬ。
食欲でイケメンオーラに抗っていたところ……。
「ふーん。じゃあ俺と付き合わね?」
ちょっと何を言ってるか、分からないことを言われた。
時間をかけて言葉を咀嚼する。
こんなことより、ごはん食べたい。
私の耳が聞き間違えていないのだとしたら、今まさに告白されたことになる。
そんなバカな。どこにそんな要素が。
私でさえそう思うのだから、周りも当然そういう反応だ。人が少なくてよかった。
今の周りの状況を表すならエサに群がる魚だ。当然餌は私。私自身はサメににらまれた小魚だけどね! 小魚をいじめないでください。雑魚なので。
こちらはストレスで食欲減退です。
エサにありつくの険しすぎない?
突拍子もなさすぎて意図が読めない……こういう意図の読めないことを言われる時は、大抵裏がある。
というか、今回は間違いないだろう。
私は自慢できるほどには、平凡さに自信がある。
悲しいことに告白なんて一度もされたことがない。
しかも桃色の夢を抱こうにも、彼とは話したこともない。
彼は恋愛に、自信があるのだろう。
なんというか、断られると思ってなさそうな気配だ。
イケメンが凡人に告白する理由を思案して。
全然関係ないようだけれど、釣った魚で魚を釣る漁法があったなーと思った。
分かりやすく説明すると、わらしべ長者みたいな感じ。少ない元手で少しずつ交換していくことで、大物を手にする。
漁法的には小魚で釣った魚を使って、またそれで釣るという感じで、どんどん大物釣っていくやつね。
つまり。
「……私レベルなら断らないし、逆にもっと可愛い子が告白してくる、というのが狙いかしら」
その瞬間ちょっと目が見開いた。図星。
「…めんどくさ」
別に、私が軽く扱われようがどうでもいい。
だけど女の子を弄んでる感がでている、その発想は腹が立つ。
彼にその気はなくても、彼に告白してくる子は真剣だろう。きっとその子さえも踏み台にするやつだ。
それでもいい人はいるんだろうけど、私はそういう考えは大嫌いだ。
だから言ってやった。
「私なら、簡単に落とせると思った? お生憎様、好きでもない人と付き合う趣味なんかないんだよね――聞かなかったことにするから、他当たって」
冷たく突き放して、言い放つ。くだらなさすぎる。
もう話はないだろうし、その場を後にしようとすると。
「は⁉︎ お前断んの⁉︎」
予想だにしなかった告白失敗に、素っ頓狂な声が上がった。
だけど絶対振り返らない。
大体これでも、オブラートに包んで断ったほうだろう。これ以上いたらさしもの私でも、ちょっと怒りそうだ。
だから今は、お弁当のことだけ考えて屋上へ上がる。
これで席取れなかったら、本当に恨もうと思いながら。